第十三話 曲がらねば世が渡られぬ
「ったく。ロマンの欠片もない所にいるな」
ミスズを見つけたのは神殿のような場所だった。
「……和巳?どうしてここが?」
「悪いけど、以心伝心っていうわけじゃないよ。捜査は足で稼がなくちゃね」
街を走り回った。もちろん魔法も使って。
大幅な時間の短縮はできるけど、どうも疲れる。
「……お前こそロマンの欠片もないじゃないか」
「うるさい。余計なお世話だよ」
ミスズの方へ歩み寄る。
「とにかく、見つけられて良かったよ」
ミスズは神殿の石段に腰かけていた。
「私も。お前に見つけられて良かった」
「…………へ?」
僕の主観において空気が固まった。
けど、僕もそんなことを観察する以前にしどろもどろだ。
「いや……!違うからな!自分から帰るなんてカッコ悪いことにならなくて良かったって言ってるだけで、 決してお前で良かったとか、そんなんでもなくて!」
……びっくりした。
と、同時にドキッともした。
……違う!これはロリコンへの目覚めとかじゃなくて!
「……はあ。……隣、いいか?」
「ど、どうぞ」
馬鹿らし。
ミスズは同年代だから、ロリコンだけは絶対にない。
「…………」
ポン
ミスズの頭の上に手を乗せる。 理由なんてない。なんとなく、普段柚花にやっていたように。
ナデナデ
「すやすや」
次の瞬間にはミスズは僕の膝の上で寝ていた。
「即寝落ち!?」
「ん、ん〜〜。…………っは!私は何を!」
ミスズが起き上がろうとする。
ナデナデ
「……や、め…………」
また、膝の上に崩れ落ちた。
「……お前のせいで起き上がれなくなったじゃないか。……責任とってそのまま膝を貸せ!」
「はいはい」
ナデナデナデナデ
頭をなでつづける。
「……お加減はいかがですか?」
「……むむ。……まあ、よろしい」
口を尖らせながらミスズが呟く。 顔は緩みきっている。
そんな顔に一抹の懐かしさを覚えた。 原因は大体分かっている。
「……ミスズさ。僕の妹に似てるよ」
「……ん?和巳には妹がいるのか?」
そういや、ミスズには言っていなかった。
僕は柚花の全体像を思い浮かべる。数日会っていないが、すぐに思い出すことができた。
「うん。ホント、ミスズとそっくり。違うのは背丈くらい」
「どっちが高い?」
「妹が……、っいて!」
「……余計な一言だったな」
ミスズに太ももをつねられた。 太ももをつねられるのは予想外に痛い。
「……そうか。……妹は可愛いか?」
「ん?まあ、それなりに」
「…………私と妹はそっくりなんだよな」
「うん」
「……そうか……」
……今の質問に何の意味があったんだろうか。
「って、ミスズ!顔、熱いよ!」
しかしミスズは何らかの意味を見いだしたのか、顔を赤く上気させていた。
「……平気だ」
でも、どんどん熱くなっている。なでつづけている手からも温度が伝わってくる。熱でもあるんじゃ、てくら いに。
「……和巳。もういいぞ」
「?なにが?」
「……なでなでだ」
もう落ち着いたのだろうか。 ミスズが起き上がる。
火照っていた顔も、いつもの透き通るような白い肌に戻っていた。
はあ、と細いため息をミスズはつく。それは諦めとか憂鬱とかではなく、一種の覚悟を連想させた。
夕陽の中にため息をつくミスズはなかなかアンニュイな雰囲気を醸し出している。
「……お前には話しておこうと思う」
ミスズの視線は下がっていた。
特に地面に何かがあるわけでもなく、その行動は暗鬱な気分の現れと見える。
「なにを?」
「……それを今から話すんだ」
やがてミスズは視線を前に向けると、話し始めた。
「私は、捨て子だった」
「私がそれを知ったのは物心つくまえだった。 先代の王、お父さんはあるいはその真実を隠し通したかったのかもしれない。けど、それは叶わなかっ た。 国民の目があったから」
ミスズが神殿の祭壇に目を向ける。
祭壇はどこか遺跡めいていて、それなのに単に古いという感じはしない。
夕日を白い柱が反射させていた。
「ここは神と交信のできる唯一の場所だ。私はここに捨てられていた。 だからかもしれない。 信神深いお父さんが私を拾ったのは。 けど、それは当の本人である私から見ても愚行としか言えなかった」
ミスズは祭壇から視線を外す。
その代わりに目を移したのはオレンジ色の空。 かつてのものを懐かしむ目だった。
「どこの子とも知れぬ私は王家にはもちろん相応しくなかった。 なのにお父さんは私を溺愛した。その愛は国民を通して、私への剣となった。 国民からして見れば、私は何の苦労もなしに玉の輿に乗った、生意気なガキに他ならなかったから」
ミスズが自嘲気味に話した。
ふとミスズがそこらの石を足蹴にする。 居どころの悪さをぶつけられた石は、何を起こすことなく路傍の石以上のことはできずに転がっていっ た。
「国民のそんな視線に晒されながらも、私はせめてお父さんの期待に答えようとたくさん勉強した。たく さん本を読んだ。いろんな賞もとって……! ……けど、私が目立つと目立つほど、お父さんへの国民の不満は高まった」
徐々に語気が荒立つ。
既に手の届かない過去にイライラしているかのように。
「それでも、お父さんは私に優しかった!いくら私に優しくして、後ろ指さされようと! ……お父さんは晩年、病床にありながらも、私に微笑んでくれた。 けど、私は喜べなかった。 私への微笑みが、お父さんを傷つけたんだから。 ……お父さんが亡くなった今でも、私を良く思う人は少ない。 今日だって……」
昼間のことを思い出す。
柄の悪そうにしていたあの大男はそれでミスズに絡んでいたのか。
「……ミスズが街についてよく知らないのも……?」
「外に出られるわけない。罵られるだけなのに」
だとすると、僕のもちろん知っているだろうなんて態度は無神経だったな。 今さら反省する。
ミスズはそれを察したのか、さして気にしていない、と態度で表した。
「サラ姉に外出許可をもらったときは本当に嬉しかった。久しぶりに外で買い物ができるって。だから、 早起きして張りきって準備した、のに」
今朝のミスズの浮かれようはだからだったのか。
「こんなんじゃ、買い物に出掛けたのは間違いだった。まだ私は許されていないんだ」
ミスズの目から冷たい水の粒が零れ落ちる。それは夕日の光を反射させる暇もなく、呆気なく地面に 落ちて消えた。
生まれたことを罪とされて、永遠に許されない少女。
これも一体、神の書いた一つの運命とでも言うのだろうか。
そして、ミスズはこれを受容しなければいけないのか。
違う。
僕は既に京二の死の運命を変えたんだ。あんな簡単に変えられたんだ。
運命は決して受容するものではないはずだ。
「なあ、ミスズ」
「なん……、っむみゅ!?」
ミスズを抱き締めて、あやすように頭を撫でる。
「僕が変えるよ。ミスズが泣かなくてもいい。自由に買い物に行けるような世界に」
少なくとも僕にはその力がある。
僕なら変えられるはずだ。ミスズが女の子らしく街へ繰り出せるような世界に。
「だから、それまで待っていてくれると、嬉しいな」
「え、あ!その……!……は、はい……」
ミスズは詰まりながらも答えてくれた。
体全体にミスズの体温を感じる。とても心地よい。 それはもちろん、ミスズがくっついているからで……。
……あれ?僕、今何してるんだっけ?
確か女の子を抱き締め……。
自分でも分かるほどに顔が真っ赤になっていく。心は真っ青。
なにか取り返しのつかないことをしてしまった、という心情。
「ご、ごめん!そ、その!なんか気づいたら抱きついていて!……いや!好きとか、そうじゃなくて……護りた いみたいな感じで!」
「……う、うん。その……、ありがとう。…………抱き締めてきたことに対してじゃないぞ!護るって言ってくれ たことにだからな!」
今さらながら、日が落ちてきたのに気づく。
カラスがカー、と鳴いた。 聞きようによってはアホー、と鳴いている。
「……とりあえず、帰るか」
「……そうだな」
二人で歩き出す。
「なあ、和巳?」
「どうした?」
「…………ありがとう」
ちょっと照れ臭くて、顔を背ける。
地平線を臨む夕日は、僕らを照らす。後ろに伸びた影同士の手は重なっていた。
願わずにはいられなかった。
こんな日がずっと続けばいいのに。
「あ、あと言い忘れていましたが、明日から学校です!」
「「「えええええええええええええ!!」」」