第十二話 牛鬼蛇神
「いやー。おいしかったね」
「そうだな。適度な辛さだった。」
「……ああ。人を痺れ薬なしでここまで痺れさせることができるとは思わなかったよ」
「……そうだな。辛さも毒になりえるんだな」
既に京二と晋也はダウン寸前だった。 まだ昼食を食べただけなのに、疲れるとは。
「そのうちあの店、捕まるぞ。殺人罪で」
「ちげぇねぇ……。食中毒と何が違うんだ?」
さすがに僕も誓約書を書かされた時はビビったが、味としてはおいしかったと思うんだけど……。
そうもしている内に、今回行こうと思っていた雑貨屋にたどり着く。
「おい」
京二に呼び止められる。
「なに?」
「お前、ミスズと一緒に先に行ってこいよ」
「どうして?」
「……この腫れた唇を見て、状況を理解しろ。休みたいんだよ」
見ると、京二と晋也の唇は立派にタラコのように腫れていた。
「……分かったけど、ホントにそれだけ?」
もし今朝のような考え方が動機なら改めておきたいところだけど。
「まあ、なきにしもあらずだ」
「……ったく。別にそんなじゃないって」
京二はこんなところでいらぬ世話を焼くから、困る。
「まあ、お前がロリコンかどうかはどうだっていいけど」
断じて否。というか、ミスズは一応同年代だ。
「もうお姫様は中に入ったぜ」
お姫様?
店内を見るとミスズは並べられた商品を興味深そうに見ていた。
「……はぁ。もう分かったから二人とも休んどいていいよ……」
「物わかりがいいな。通報されたときもそんな態度だと、もしかして情状酌量がもらえるかもだぞ」
嫌だ。そんな状況。
からかってくる京二を無視してミスズに駆け寄る。 彼女が手にもっているのは、ピアスだった。
「……なんだ、これは。雑貨屋には暗殺道具も売っているのか……」
でも、どうやら勘違いをしている様子。
「……それはピアスと言って耳に刺すものだよ」
「こうか?」
グサッ
あれ?急に聴力が……?
「こ、鼓膜がぁぁぁぁ!?」
騒ぐ声も自分では聞き取れない。
僕の説明が悪かったのだろうか。
「ヘイ!カモン、晋也!」
「あ?どうし……」
「耳にヒーリング!鼓膜にピアスがッ!」
「えー、うらやましいなぁ」
「いいから、速く治せ!!」
「ほい」
晋也は僕の耳に手をかざすと入り口まで帰っていった。
治されてもまだ痛む。
やつが治すのは傷だけで、痛みまでは治さないのか!?痛みは快楽ってか!?
「す、すまん。耳にちょうど体の良い穴があったもんで」
「せめてやりたかったら自分でやってくれ!」
晋也のヒーリングがなければ今頃、僕の耳はトンネルになっていたかもしれない。
「とりあえず、使い方が分からないなら一旦僕に聞いてよ……」
ピアスの使い方を分からないのもどうかと思うけど。
「じゃあ、これは?」
ミスズが手にもっているのは、硬くて黒光りしている、銃。
「って銃!?」
なんでここにそんなものが!?
「あ、これ見たことがある。確か……」
ミスズがスチャ、と音を鳴らしながらこちらに銃を向ける。
「筋を通すためのものだな」
「違うよ!なに、その偏った知識!」
「……遺言はそれだけか?」
「役に入りきってらっしゃる!?」
なんでここにそんなものが!きっとおもちゃだよね。そうだよね!
「…………と、遊びはこれくらいにして」
ミスズが銃を下ろす。
「待って!それ、おもちゃだよね!ねえ!?」
「試してみるか?」
スチャ
「いえ、遠慮しときます……」
大人しく従う。
この雑貨屋、明らかにおかしい……。
「というか、この世界に銃ってあったんだね」
「いや、神がたまに向こうの世界の文明のレプリカを持ってくるんだ。私はこれを銃と呼ぶのも初めて知っ た」
それにしても銃なんて。ないことに越したことはないと思うけど。
「けど、ミスズも案外アクセサリーとか知らないんだね」
銃のことは早く忘れよう。 平和な世界にはいらないものだ。
「ああ。なかなか街には出ないもんでな」
女の子の割には世俗に疎いのだろうか。 それともこちらの世界の女の子はこんなもんなのだろうか。
ゴツッ
「おっとすまん」
ミスズが商品を見ていると、大柄の男性にぶつかる。
「……あれ?お前、どっかで見たことが……」
ミスズがその男に顔を覗き込まれる。
「確か、おめぇ……」
ミスズは必死に顔を反らせているようだ。
まずい。このままじゃ大名行列みたくなるんじゃ……。
そう危惧していた事態は悪い意味で裏切られた。
「……チッ!第二皇女かよ……!」
男が忌々しそうに小声で呟いた。 決して小さくはない小声。 こちらに聞こえることを考慮しているような。
「………………」
ミスズは居心地悪く突っ立っている。
「……今日は人の金で豪遊ってか……!国の金は一銭たりともお前の金じゃねえっての」
また男が呟く。
小声だが、僕に聞こえているならミスズにも聞こえているんだろう。
なんだこれ?ミスズは皇女で、皇女はこの国で敬われているんじゃないのか?
「けっ!俺も国に拾われていればなぁ!」
男はそう吐き捨てると、僕たちの目の前を通りすぎていった。
「…………ミスズ?」
ミスズはなお、その場に立ち尽くしている。
「なあ、ミス……」
パチンッ
手を伸ばすとその手を叩かれた。 他の誰でもない、ミスズの小さな手で。
「……!!」
「おい!ミスズ!どこに行くの!?」
そしてミスズは走り去っていってしまった。
「おい!和巳!ミスズが今、走っていったけど、どういうことだ?」
僕の肩を揺らしながら京二が尋ねてくる。
「悪い。説明してるひまはないけど、今追いかける!」
そう言って僕も店を飛び出した。
「待てっ……!ミスズっ……!」
追いかけたのは、いいけど。
「あいつ、速すぎだろ……!」
ミスズは案外すばしっこかった。
魔法でも使っているんじゃ……?
「そうだ!魔法!」
僕にはちょうど最適な魔法があったんだっけ。
思いつくと、同時に魔法をイメージし……。
カチャカチャ
手にふと冷たい感触。硬くて金属みたいな。
「おい、貴様。公前で幼女を追いかけまわすとはいい度胸だな……」
手錠だった。
「ち、違います!あの子は僕と同い年で……!」
「話は署で聞こうじゃないか。Yesロリータ!Noタッチ!」
嫌だ。
こんな警察官に捕まるのは二重の意味で嫌だ。
「きびきび歩け!お前をどこに出しても恥ずかしくないロリコンに鍛え上げてやる!
「ロリコンはどこに出しても恥ずかしいだろ、な!ちょ!いや、嫌だぁぁぁぁぁぁ!!」
僕はこんなことしている場合じゃないのに!
「分かったか?分かったなら復唱。YesロリータNoタッチ」
「……YesロリータNoタッチ」
「よし、釈放だ。最後に一つ。ロリコンは変態に非ず。変態紳士であるべきだ!君も目指そう、変態紳士!間違 っても変態神になるなよ!」
「……ならないので安心してください」
変態神にも、変態紳士にも。
僕が釈放されたのは夕方になってからだった。
晋也に連絡をとる。
先日、もらった携帯電話がもう役立つとは。
「……もしもし。晋也か?」
『おう。出所したか。ロリコン』
「見てたなら止めろよ……」
『いや、俺も捕まっていた。ミスズを捕まえようとしたら殴られてな。気づけば取調室だ』
もうやだこの変態。
「お互いに大変だったんだな」
『だけど、取り調べがドS女警官が相手だったんだ!おかげで新たな道が開け たよ!』
俺が大変にしていた頃にも、奴は変態していたのか……。
「じゃあ、ミスズが家に帰ってるかどうかは分からないのか……」
『いや、釈放されたのはずっと前だ。ドS女警官の言うことに従い続けていたらいつの間にか釈放だった』
こいつは一体何に従ったんだろうか。想像したくない。
「で、どうなんだ?ミスズは?」
『……帰って来ていないそうだ』
電話を切る。
まだってことは、どっかにいる。当てもないけど。
「……しらみ潰しにいくしかないか」
そして僕は走り出した。