第九話 九死に一生を得る
「儀式といっても大変なものじゃないわ」
こういうのはラミの専門なのか、ラミを中心に屋外で儀式は執り行われた。
今、気づいたけどこっちの世界の空もあっちの世界の空も見た目は変わらないようだ。 蒼穹という言葉がふさわしい日本晴れだった。
日本ではないが。
「あなたたちはただ欲しい力を心から望むだけ。あとは潜在的な魔力に応じて魔法が発生するんだけ ど……」
ラミが僕らを一瞥する。
「その点は大丈夫そうね」
一介の男子高校生でも潜在的な魔力はとことんあるらしいからこれはクリアだろう。
「じゃあ、誰からやる?」
そんなのは決まっている。もちろん、
「「「俺(僕)が!!!」」」
三人同時に名乗りを上げる。
「おい!和巳!お前は後で良いだろ!いつも学校で俺らより順番早かっただろうが!名簿十二番!!」
「関係ないだろ!むしろ晋也!今度“背、痛いマシーン”あげるから譲ってよ!」
「整体なぞに興味ねぇよ!それよか京二!お前さっき乱闘に巻き込んだだろ!責任とって最後にしろ!」
各々が我先に主張を始める。
結局できるのに順番にこだわるなんて大人げない奴らだ。大人しく一番を寄越してくれたら解決すると いうことに気づけないのだろうか。
「ま、まあ。最後も悪くないと思いますよ。最後って主役っぽいし……」
サラさんが仲裁に入る。
最後……?主役……!?
「「「どうぞどうぞ」」」
某倶楽部のように苛烈な譲り合いが始まった。
「そうだよな、晋也。乱闘に巻き込んで悪かった。俺、責任とって最後になるよ」
「いや、俺も悪かったし。……そうだ。整体ロボだったよな、和巳。俺、実はそれに興味があるんだ。先は 譲ってやるよ」
「お前が“背、痛いロボ”に興味あるとか知ってたよ、晋也。そんなことより、京二。今まですまなかった。い つも名簿で先にやっていた僕はやっぱ最後に行くべきだよね」
互いの言い分を認めあって表面上は穏やかでも水面下では押し付けあいが行われていた。
「……あんたらね。じゃんけんで決めなさい。公平に、ね」
ラミに諭される。
まあ、じゃんけんなら良いか。動体視力高いし。
みんなもそのつもりなのか、もう構えをとっている。
狙うは、後だし。
「「「じゃんけん、」」」
見極めろ!相手の手を!そして出すべきは……!
「「「ぽん!」」」
京二と晋也はパー。僕はチョキ。
……危なかった。特に京二。 最初のパーの残像で他の手を眩ませて、更に裏をかいてまたパーをだすなんて……。
「……私には和巳はパーを出したように見えたんだけど」
「私は京二さんはグーを出したように見えました……」
「……呆れた。まさか一瞬の間に何回も手を変えるなんて」
みんなは驚いているけど僕らには日常茶飯事だ。
「いやー。やっぱ和巳はじゃんけん強いな」
「ほんっと勝てねぇよ」
「うん!じゃんけんはやっぱ動体視力と反射神経だよね!」
みんなも真似してみてね。
その後、晋也と京二も残像を残しながらじゃんけんをして順番を決めた。
一番には京二が行くことになった。
「まあ楽しみが先にくるという面では悪くないな」
そう言って遮蔽物のない場所まで歩いていく京二。
「で、どうするんだ?」
「どうするもなにも頭の中で思い浮かべるのよ。……眼は閉じた方が良いかもね。想像しやすくなるから 」
「そんなもんか」
京二はおもむろに眼を閉じて、 少し経つと眼を開けた。
「これで良いのか?」
「……京二。何も起こってないよ。そんなに早く……」
「良いわ」
「良いの!?」
驚く程に地味だった。
「……和巳。これでも結構な葛藤があったんだからな。で、その末に手に入れたのが、これだ」
京二が地面に向かってデコピンをする。一体何を……?
ガコンッ!
地面が、割れた。
「まあ、こんなもんか」
事も無げに京二が呟く。
筋力の増強と言ったところだろう。本気を出したら地球割りできるんじゃないだろうか。 ここ、地球じゃないけど。
「じゃあ、次。晋也ー」
「体力テストかなんかじゃあるまいし、もう少し真剣味を持っていただけませんかね……」
儀式なんて名ばかりで、思ったよりずっと簡単なものだった。 初詣みたいな感じだろうか。 目を閉じて、願ってそれで終わり。
硬貨を入れない分、下手をすれば初詣より簡単だ。
「じゃあ、棚月晋也。行きまーす」
こちらもまんま体力測定気分だった。
晋也が片手を前に付きだし、もう片手をそれに添えた。
「……そういうの。いらないわよ」
「ふいんきだよ、ふいんき」
正しくは雰囲気。
晋也は冷たい目で見られながらも、そのまま眼を閉じた。
………………。
…………。
……。
「よし、魔法GET!」
やはり地味。 珍しい限定商品を手に入れた、みたいなノリだ。
「で、何の魔法なの?」
僕もそれには慣れてきた。
人間、ある程度の環境には適応するのだから恐ろしい。
「見たいか?」
「いや、いいよ」
「仕方ないな。見せてやろう」
人の話を聞け。
すると晋也は先ほど京二によって割られた地面に手をかざす。 するとそこに光が降り注ぎ、みるみる内に修復されていった。
「回復系なのか。お前にしては意外だな」
京二が茶々を入れる。
「でも、無機物も治せるんだよね。だったら時を遡らせるみたいな?」
以前、マンガか何かで読んだことがある。
「いや、無理だ」
晋也がきっぱりと断言。即答だった。
「この力は殴られても、治してまた殴ってもらえるための力だからな」
動機が不純にも程がある。
「ほら、次は和巳の番だぞ」
晋也に急かされる。
けど、まだ僕には欲しい力の具体的なイメージなどない。むしろ一介の男子高校生に欲しい力の具体 的なイメージがあろうものならそいつは俗に中二病といわれる種類だろう。
「じゃんけんで勝ってまで最後を譲らなかったんだ。良いのとってこないと承知しねぇぞ」
京二に背中を叩かれて、そう言われた。
「……いや、やっぱ俺の次に良いヤツとってこい。俺が霞むからな」
どっちだよ。
けど、こう言われては仕方ない。 僕はみんなと同じく、遮蔽物のない場所まで歩みでた。
眼を閉じてみる。
肌に感じる風も徐々に凪いでいき、僕は全くの無音の中、意識を落ち着かせていった。
肌の感覚もだんだんなくなり、ある種のトランス状態に陥った僕は自分の内面に向き合うのに没頭していった。
僕の欲しい力はなんだろう。
……すぐに思いつくのは人を護る力だ。 けどそれは僕の欲しい力なんだろうか。
それは、僕の欲しかった力のように思える。
“そうだね。それは君の欲しかった力だ”
君は、誰?
“君の一番近いところにいて、一番遠いところにいる存在さ”
“君は僕のことを知らないかもしれないけど、僕は君のことを一番よく知っている。だから、こう言えるん だ”
“その力は君の欲しかった力だ”
“今、その力を望んだところで君は彼を救えない”
“だってもう手遅れだもんね”
けど、その力で今から護れるものもあるはずだ。
“けど、君は一生護れなかったもののことを考えるだろう。現に一回忘れさせてあげたのに、君は愚劣に も思いだしてしまった”
だから、僕は誰よりも速くに護りにいける力が欲しい。
“だから、君は誰よりも遅くに護りにいける力が欲しい”
僕が欲しいのは、
“君が欲しいのは、”
人を護る力だ”
その瞬間、僕と“彼”はそれぞれの魔法を手に入れた。 そんな実感があった。
眼を開ける。
そこにはいつもの風景。
さっきまで何を考えていたんだっけ。気づいたら魔法を手に入れた実感だけが残った。
「魔法、取ってきたよ」
「で、どんな魔法なんだ?」
京二が一番に聞いてきた。
「……その前にラミ」 「なによ?」
ちょっとした違和感について聞いてみる。
「魔法って一人に一つなんだよね」
「そうよ。その人が一番に欲しい力が体現するんだから」
やっぱりそうなんだ。
僕はさっきの違和感を振り払った。ただの気のせいだろう。
「そんなことより、どんな魔法なんだ?やってみろよ」
京二はすっかり魔法に興味深々だ。
「そうだな……」
良い標的はないだろうか、と思っていると、京二のポケットからはみ出ている財布に気づく。
そうだ。あれを……。
ヒュンッ
そう思って走り出した時、周りがスローに見えた。 僕以外の動きが極端に遅いのに気づく。
……いや、僕が速いんだけどね。
京二のポケットから財布を抜き取ると、数歩先で止まる。
「ほら」
その財布を京二に見せびらかす。
「は?……うおっ!」
京二の驚く顔が滑稽だ。
「財布をスる魔法か!?」
「……加速する魔法だよ」
あまりの京二の短絡的な思考に呆れる。 そんな魔法、あってたまるか。
「それでは、みなさんも魔法を手に入れた訳ですし……」
ガッ!
突然、音が鳴り響く。 鈍い、嫌な予感を伴わせる音だった。
「……ガハッ!?」
次に聞こえたのは苦しそうな声。 目に入った景色は赤く染まっていた。
その中で、一本の矢が刺さっている。
「京二ッ!?」
魔法を使って、京二に高速で駆け寄る。 けど、僕が振り向いたころには矢は既に京二に刺さっていて、スローモーションの景色は僕の視覚にも うどうしようもないことを見せつけるかのように京二の心臓を貫通していく矢を写した。
そして、血が吹き出した。
プシャァァァァァァァァ
「……きっょ……う…………じ……」
助けられなかった者の名前を呼ぶ。 地に臥した京二の目から一滴の涙が零れ、落ちる。
まるでそれが魂だったかのように、京二は動かなくなった。
「い、いやああああああああああああ!!!!」
最初に叫んだのはサラさんだった。
ポテッ、とミスズは尻餅をついて現実を否定するかのように首を振っている。
「ッッッ!!!晋也!!魔法!!!」
ラミが晋也に魔法を促した。
「ッんなこと!もうやってる!!」
晋也は願うように京二に手をかざしている。
じきに、泣き出した。
「ッなんで!なんで!せっかく夢が叶ったのにッ!なんで!なんでだよッ!……神、様ァ」
何を言ってるのだろう。そう思ってもそのことについて考えられない。
僕はただ突っ立っていた。
無感動に、いやに眩しい空を見つめていた。
「……なんだよ。これ」
晴れ晴れとした空。何もできない僕。泣く人、叫ぶ人、冷たくなって動かなくなった人。
強烈な既視感を最後に、意識が途絶えた。
「財布をスる魔法か!?」
京二が叫んだ。
あれ?だって、京二は。
さっきまでのは白昼夢?それともこれが白昼夢?
「おい……。なんとか言えよ。それとも図星か?」
そんな光景にみんなが笑っている。
見覚えのある展開。
もしかして……!
「それでは、皆さんも魔法を手に入れた訳ですし……」
ガッ!
鈍い、嫌な予感のする聞いたことのある音。
「……ガハッ!?」
次に聞こえたのは聞いたことのある苦しそうな声。
「……京二?」
僕はあまりに予想通りの展開で、その場から動けない。
「いやああああああああああああ!!!!」
聞いたことのある声が響き、見たことのある光景が繰り返す。
理解してからやることは決まっていた。
そして、僕は望んだ。
戻れッッッ!!!
“これが、僕の望んだ力だよ。存分に使うと良い。いや、”
“使わざるを得ないか”
「財布をスる魔法か!?」
「加速する魔法だよ」
即答する。 どう言えばいいか知ってるし。
「それでは、皆さんも魔法を手に入れたわけですし……」
その台詞と同時に走り出す。
全員は話し出したサラさんの方を向いてるが、僕は京二の方へと向かった。
全てがスローに見える。風に舞う木の葉も、空を飛ぶ小鳥も、 光のような速さで向かってくる矢も。
掴むのは実に容易だった。
そして、矢は京二の胸の前で止まった。
「…………は?」
京二はその光景に動けない。
「危なかったね、京二。矢に刺されそうだったよ」
蚊に刺されそうだったよ、とでも言いそうな語調で言う。
僕が矢を地面に置いた。
「さて、サラさん。続きを」
「え、えええええええええええええ!!」
サラさんがすっとんきょうな声をあげていた。
いや、サラさんだけでなく、全員が。
「どっから飛んできたのよ!そんな矢!」
ラミが最初に状況を理解する。 いつだって状況判断力はラミが高いようだ。
「さあ?どこからか」
その質問に正直に答える。
そういえばどこから飛んできたのだろう。簡単に狙えるものではないと思うんだけど。
「……か、和巳」
「なに?京二」
「あ……りがとな」
震える声で京二が僕に陳謝する。
いつもなら気持ち悪いと切り捨てていたが、今日のは安堵の気持ちしか覚えない。
とりあえず外は危険だから、というラミの提案で話は室内で行うことになった。
向かう途中。
「ねえ、和巳」
ミスズが話しかけてきた。
「あなた、矢が来るのを分かってたでしょ」
図星だった。
「?なんで?」
それでもとぼけてみせる。
「気づけるわけない。サラ姉がミスディレクションのような役割を果たしてしまってたのだから」
確かに最初は僕も気づけなかったし。彼女の疑問は尤もと言えるだろう。
「あなたがやった、とは思ってない。やったなら止める必要はないもの。でも、」
ドキッ、とするほどに近寄られる。
「あなた、一体何者?」
端正な顔立ちが息がかかるほどに近くにある。 瞳は僕の心の奥底まで見透かしているように思えた。
動悸を押さえてから言う。
「ただの、異世界の高校生だよ」
僕はこの魔法のことは当分秘密にしておくだろう。
規格外な魔法だ、というのもあるけど。
……絶対に使わなければならない状況にはなりたくないから。
それは淡い願いかもしれないが、偽らざる僕の本心だった。