もちろん、わたしは後悔をした
やって来た店員に、コンラートは、お勧めのものを、と言った。
そういうコンラートの飾らない所が、わたしは好きだった。知ったかぶりで人を不愉快にしたりしない。知らないことは知らないと言って、間違ったことは、間違っていると言う。
「あなたの教えてくれる『アヤトリ』が楽しみだった。どうして日本の遊びを知っているの?」
「学生時代を日本で過ごしてね」
「ガールフレンドに教わったの?」
「……その頃、日本では大地震があってね。この話はやめよう」
食事の間、コンラートは飼っているドジなドーベルマンの話をして、わたしを笑わせた。デザートが終わって一息をついた頃、わたしは、長い間、聞けなかった質問を口にした。
「教えてコンラート。古い友人のお願いよ。母に何が起こったの?」
明らかに、コンラートは動揺していた。もともと嘘がつけない人間だ。コンラートは、母の秘密を知っている。
「ずっと、昔、なにかが起こった。そうでなければ母のように魅力的な女性が、独り身で寂しく孤児を引き取って育てるなんて、そんなことになるわけがない。言い寄る男はたくさんいた筈よ」
「……聞いても、面白い話じゃないよ。知らない方がいい。メリッサは、たくさんの人に尊敬されていて、優しくて、美しい君の母親だ。それでいいじゃないか。生活に困るようないかれた数学者の昔話を聞いてなんになるんだい?」
「わたしは母を支えたい。わたしにだってわかる。母は、メリッサは坂を落ちる石みたいに、まっさかさまに転げて落ちている。わたしは馬鹿じゃない。地面に落ちて砕けるのは時間の問題よ。わたしにはなにも出来ないの?」
コンラートは苦しげに、こめかみを押えていた。自分でワインを溢れるほど注いで、一息で飲み干した。
「コンラート」
「おそらく、話を聞いても、きみに出来ることはないよレティシア。もう過ぎてしまったことだし、なにか慰めが見つかるような出来事でもない」
「わたしは、母を理解したいの。無神経に昔話を蒸し返すつもりはないわ」
「……後悔するんじゃないよ。君が望んだことだ」
コンラートは、そう言った。
わかっていたことだけれど、もちろん、わたしは後悔をした。