魂をどうか救ってください
母、メリッサは、犯罪学の権威で、FBIの捜査にもプロファイラーとして手助けをしたりする有名人だ。
たとえば最近のフィラデルフィアの爆殺魔事件では、犯人の年齢、職業、家族構成などを全て予測してみせた。
完璧な容姿と、知性を鼻にかけない柔らかなトークで視聴者を魅了する母は、熱心な人権活動家としても知られている。
母の運営するソーシャルネットワークサービスは少しずつユーザーを増やしていた。
それは、世界に溢れる不幸を一掃するために、少しずつお金を出し合って、世界をマシなものにしようとする優しい人たちのSNSだった。
集まった善意に溢れる人たちは、病気で死ぬ赤ちゃんを気にかけ、商品として売られてゆく少女たちの未来を案じる。
気味が悪いくらいに優しくて、見ているこちらが気恥ずかしいほどに、心の闇を知らない人々。
そういった人たちに、母は、情報交換のサロンと、世界に貢献する機会を与えた。
匿名で寄付されるお金の総額について、母は説明を避けて微笑んだ。
――金額は問題じゃないのよ、レティシア。大事なのはなにかをしたいという気持ちだけ。
母のSNSはまだ名前がなくて、『名無しの手』という愛称で呼ばれていた。
あしながおじさん、みたいな感じだ。
誰のものかはわからないけれど、困った人をたすける優しい両手。
母はどんなに忙しくても、わたしの食事を、必ず、自分自身で準備した。買い物をし、下ごしらえをして、時間を費やして手のかかった料理を作る。
母の財力であれば、家政婦さんを雇うこともできるのに、そうはしないでわたしの世話を焼く。
実際には血がつながっていないわたしに、どうしてそんなによくしてくれるのかと聞くと、母は完璧な笑顔で、わたしを抱きしめた。
「あなたはわたしの娘よ、レティシア。わたしの半身。わたしの魂を受け継ぐ者。あなただけがわたしを、本当のわたしにしてくれるの」
幼い頃、母のその言葉を聞くと、わたしは天にも昇るような気分で、神に感謝をしたものだった。
そしてお願いをした。どうかメリッサが永久に美しく、幸せでありますようにと。
今、わたしは神様に別のお願いをする。
どうか、神様、母を止めて下さいと。
メリッサの魂をどうか救ってくださいと。