安息の日々
わたしは体力を温存する為に、落ち葉を集めてその中に潜り込んだ。明け方はもう、命に関わるほど冷える筈だった。
朝を待って、遠くへ行くつもりだった。
もう、ここにはなにもない。
子供を育てるなら、もっと暖かい場所がいいと思った。
わたしはまどろみの中で、メリッサとの思い出に溺れた。
わたしの二つ目の子供時代は、確かに、幸せだった。優しく完璧で、メリッサは決してわたしを不安にさせはしなかった。
メリッサが創り上げたこの『仕組み』を、わたしは見守り続ける。
それを、わたしの生涯の仕事にしよう。
コンラートは言っていた。
『アーキタイプ』は人類の深層を引き出すシステムだ。システムが何を行うかは予見できない。結果はわたしたち次第ということになる。
『アーキタイプ』システムはわたしたち人類が望むことを、明らかにして見せるだけだ。
それは母が確信していたように、殺戮のための機械になるのかもしれないし、あるいは、わたしたちとは異質な価値観のもとに機能する、まるで人間には理解ができない機械になるのかもしれない。
『アーキタイプ』がなにを行うかが、本当の母の姿を教えてくれるような気がした。
母は、天使だったのだろうか、それとも悪魔だったのだろうか。わたしは残りの生涯をかけて、それを解き明かす。
『名無しの手』では味気なさすぎるので、システムには、名前をつけることにしよう。
いつか子供の頃、母が教えてくれた言葉がいい。
ギリシャ神話の悲劇、カワセミになって永久に仲睦まじく暮した夫婦の物語。
それは母が渇望し、とうとう手にすることのできなかった、たったひとつのささやかな願い。
わたしは、このシステムをこう名付ける。
安息の日々、と。
終わり




