それは楽園じゃないの
立ち上がって、壁際の大きな鏡の前に立ち、メリッサはドレスをひるがえして一回りしてみせた。
ドレスの半分は、自分の流した血で染まっていて、もう半分には射殺した男たちの肉片がこびりついていた。手の片方は棒切れみたいな切り株になっていて、もう片方は、最初からその姿で生まれたかのように銃を握っていた。
「……死人にはふさわしい姿ね。正視に耐えないって、こういうことを言うのかしら」
メリッサは、部屋の隅にあるパソコンに歩み寄った。すぐそばの花瓶は粉々だったけれど、どういうわけかパソコンは無事だった。
わたしは転がった死体を探って銃を探した。太ももに固定したホルダーに銃が挟まっていた。わたしはベルクロを外し、スプリングの力に逆らって銃を引き抜いた。メリッサがしていたように、マガジンの残弾を確認し、スライドを浅く引いて装弾を確認した。
わたしは鏡に向けて、銃を撃った。
大きな鏡は、自重を支えられなくなって崩壊した。
「メリッサ。だめよ。キーボードに近寄らないで」
「……あなたはわたしの期待通りの娘ね。そうよ、それしかないの。『アーキタイプ』はピアトゥピアのサーバーに依存しないシステムよ。世界に解き放てば、誰も止めることはできない。何百万人も死ぬわ。わたしのシステムが殺戮を引き起こす。止められるのはあなただけ」
メリッサは、コンラートの死体を見下ろした。
「この男には、とうとうできなかった」
「どうしてよ、メリッサ。世界は、そんなにもくだらない場所なの? けっして楽園じゃないのはわたしだって知っている。でも、みんな一生懸命生きてるじゃない!」
わたしは、身をよじって叫んだ。
そうだ、みんな生きている。恵まれた場所に生まれなくても、祝福されなくても、泥の中を這いずっても、みんな一生懸命生きている。
誰にも、それを終わりにする権利なんてない。
「楽園をわたしに語るの? レティシア、楽園ってどんな場所なのか想像できる? 泉には美酒が湧き、木々には不老不死の果実が実る場所のことだと思う? 誰もが永遠の若さを保ち、ただ愛し合うことだけで暮してゆける場所のこと?」
メリッサは優しい笑みのまま、ゆっくりと首を振った。
「レティシア。それは楽園じゃないの。それは地獄よ。だってその世界には望みも、願いも、喜びもない。あるのは果てしなく続く退屈だけ」
わたしの母は、狂人なんかじゃなかった。寒気がするくらい論理的で、吐き気がするくらい愛に溢れていた。メリッサを突き動かしていたのは、憎悪でも絶望でもない。
メリッサは未来の為に働いていた。それがたとえ、わたしには理解できない未来だったとしても。
「わたしは本当の楽園を見たわ。レティシア。それは誰の命も一様に等しく価値がない場所のこと。そこで、人はもがき、苦しみながら光を探すの。疑いを知らず、迷いもなく、希望だけを胸にして、まだ見ぬ光を探し続ける。それこそが楽園の本当の姿」
メリッサは両手を広げて、胸をわたしに差し出した。
ここを撃ちなさいというように、心臓に、残った方の指をあてた。
「このできそこないの世界を愛するのなら、殺しなさい。それですべてが白紙に戻る」




