免疫機構
コンラートは、音楽に耳を傾ける母に、詰め寄った。
「メリッサ、国防総省の友人が教えてくれた――」
「まあ、あなたは軍隊にも顔が効くのね」
「重大な安全保障上の理由で君は国家安全保障局から注目をされている」
「あら、光栄ね。わたしの研究が本物だったという証と、受け止めていいのかしら」
「メリッサ。君の『専攻』は人間だ。理解してもらえる筈だが……人間がつくる組織は、人体と同じように生き物としてふるまう……自分を保ち、自分のコピーを世界に増やそうとするし、自分の中の異物を、免疫機構で排除する」
「わたしを異物と判定したのなら、エイズの心配はないわね」
「笑いごとじゃないんだ、メリッサ。特殊作戦群が動いている。デルタだかシールだか知らないが、人殺しを生業としている連中だよ」
メリッサは演奏をやめて、コンラートに向き直った。真剣な顔ではないけれど、笑ってもいなかった。
「コンラート。わたしが、それを知らないとでも?」
「メリッサ。まだやり直せる。すべて、なかったことにできる。まだ、『アーキタイプ』は世に放たれていない。ぜんぶ忘れるんだよ。死んだ人間はもう戻らない」
「……その通りね。死人は戻らないわ」
「ぜんぶ叩き壊して、レティシアと一緒にキャンプに行こう。やつらは君の創造物を恐れているだけで、君に関心はない。鱒を釣って串焼きにしたり、マシュマロを焼いたりしよう。星を眺めて、命があることだけを感謝しよう。きっと、できるさ。きみだってもとは人間の子供として生まれたんだ」
メリッサは、口元を手で隠して笑った。幼馴染に口説かれているティーンエイジャーみたいだった。
「おかしな人ね。自分では火を起こすこともできないくせに」
メリッサは、暗い窓の外に鋭い視線を送った。わたしは混乱した。ここは建物の一番高い場所で、窓の外になにかがいる筈がないのだ。
突然、窓であることを諦めたかのように、ガラスが砕けて降り注いだ。
足元に、円筒形の何かが転がってきた。
メリッサが、ピアノの下に手を伸ばすのが見えた。
ピアノの下に姿が消えて、次に見た時は、もう銃を肩につけて構えていた。
大きな音がして、耳鳴りで音が聞こえなくなった。
真っ白な閃光で、目も見えなくなった。
呆然と立っているわたしを、誰かが乱暴に、床へ引き倒した。
「動いては駄目よ」
貝殻を耳に押し当てたような耳鳴りの中で、かすかに聞こえたのは、メリッサの声だった。




