まるで少女のように
ピアノの音が聞こえていた。塔の上の展望室には、温室のように大きな窓があって、グランドピアノが置いてあった。
そこは渓谷と街を同時に見渡せる場所で、その窓際に立てば、屋敷がこの平野の一番奥に建てられていることが分かる。
母がピアノを演奏しているのを聞くのは、久しぶりだった。
幼い頃は、よく手ほどきをしてくれたけれど、わたしのピアノは上達しなかった。腕前は分からないけれど、母のピアノ演奏は、透き通った音で、とても綺麗だった。
窓の下に砂利を踏む音が聞こえた。時々、息継ぎをするエンジン音は、コンラートのフィアットだ。
ヘッドライトが、窓の下の噴水を照らした。
乱暴にドアを叩く音がした。
わたしはパジャマの上に、ニットのカーディガンを羽織った。母がよく似合うと選んでくれたピンク色の物だ。長い袖から指が少し覗いているのが、とても可愛らしいと言ってくれた。
おかしな所がないか鏡で確認をして、わたしは部屋を出た。
ドアを開けると、コンラートはわたしに微笑んだ。
「こんばんはレティシア。メリッサはどこだい」
微笑んだけれど、目は笑っていなかった。
嫌な予感がした。
ピアノの音は続いている。
コンラートにも、母がどこにいるのかは、分かるに違いない。
「展望室よ。案内するわ」
玄関ホールから左の階段を上がり、その突き当りの螺旋階段を上がったところが、展望室だった。
絵画やキルトが飾られた階段を上がりきると、そこは温室のような光景だった。
観葉植物や、名前も知らないユリのような花が、ピアノのまわりを取り巻いていた。
窓は現代風のアルミサッシではなく、鉄とパテでガラスを嵌め殺した重量感のある意匠だった。床はテラコッタの破片をモルタルで固めたタイルだ。
澄ました顔でピアノを弾くメリッサは、 肩が露出した、真っ白いドレスを着ていた。控えめに体のラインを見せる、簡素なデザインだった。
穏やかに目を閉じている様子は、まるで少女のように見えた。




