人の願いに値段をつける存在があるとしたら
「だが、忘れてはいけないよ。それは本来、値段をつけることが許されるものではない。人の痛みに、人の悲しみに、人の願いに値段をつける存在があるとしたら、その存在をぼくは悪魔と呼ぶ。その存在に自分自身の感情はない。ただ秤にかけるだけだ。そのシステムは、どの痛みが、他のどの痛みより重要なのかを計量する。ソートプログラムで並べ替える」
コンラートはグラスにお酒を注いで、一息に飲み干した。
「この子の死に比べれば、この子の死はそれほど重要じゃありませんね。だって値段が違います……それがこのシステムが行う価値判断の本質だ」
グローブみたいに大きな手で、コンラートは自分の顔を覆った。テーブルに肘をついて、神に祈るような姿で。
「だが、痛みは量の大小に関わらず、その当事者にとっては、すべてだ」
コンラートは、すすり泣いていた。
日本酒のグラスが床に落ちて割れ、他の客が振り返った。異変に気付いた店員がやってきたけれど、わたしは大丈夫、すこし酔っただけよ、と言って追い払った。
席を立って、すすり泣くコンラートの頭を胸に抱いた。彼は震えていた。コンラートは強い力で、わたしの胸にすがって泣いた。
ただ抱いているだけしか、出来ることはなかったけれど、わたしは誇らしい気分だった。
わたしはコンラートを慰めることが出来ていると思っていた。大人の女の人が、男の人に力を与えるように、わたしは彼の力になれていると、思っていた。
震えながら、コンラートが言った。
「わたしは悪魔に魂を売ったよ、レティシア。アルゴリズムを作り、メリッサに引き渡した。拒むことが出来なかった……わたしは彼女を地獄に落としたのと同じだ」
コンラートの頭には、メリッサしか住んでいないのがわかった。
わたしなんて居ないのも同じ人間だった。代用品ですらない。代用品であれば求められる筈だから。
道行く人に、わたしを殺して、なにもかも終わりにして、と懇願していた、幼い頃を思い出した。
なにも望まない死人のくせに、母は、なにもかも、わたしから奪ってゆく。
それは殺意だったかもしれない。
わたしは、母が、わたしに注ぐ優しさを憎んだ。慈愛に満ちた笑みを憎悪した。ときおり見せる孤独な横顔を、その記憶を、頭から抉り出して、地面に叩きつけてしまいたかった。
それさえなければ、わたしは人類の為に、母を殺せるような気がした。




