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ハルシオン  作者: ずかみん
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悲しみはなにで計ろうか?

 今夜コンラートが見つけて来たのは、日本食のレストランだ。


 生魚を食べるなんて、考えただけでぞっとする。わたしは荒野の野獣じゃないので、生き物はちゃんと料理して食べる。そうは思っていたけれど、コンラートをがっかりさせたくないので、一応、出された物は食べる覚悟を決めてきた。


 でも、料理が出てくるとすぐに、わたしは生魚への抵抗感なんか忘れてしまった。これは芸術だ。わたしはこんな繊細な料理を他に知らない。


 わたしが会話も忘れて箸と格闘しているので、コンラートはこの店が当りとわかって嬉しかったようだ。上機嫌で日本酒を口に運んでいた。

 清冽でいて、ふくよかだ。

 コンラートは、日本のお酒を、そう表現した。


 日本酒の酔いは後からくる、と聞いたことがあるので、わたしは少し心配になった。いくらわたしの体格が恵まれていても、クマを担いで家に帰るのは無理だ。


 店の内装は、竹や和紙をたくみに使っていて、涼しげで清潔だった。店員も客も、物静かで礼儀正しかった。

 紙で貼られた扉の向こうには、小さな庭が整えられていて、石と水、そして古い木々やシダで構成された世界には、月の光が降り注いでいて、まさに小さな宇宙だった。


「人の感情を数値化できると思うかい?」


 すでに酔っているので、コンラートは悪戯っ子の顔で聞いた。わたしを試す気なのだ。


 わたしは数学を学びながら何度も『アーキタイプ』について質問をしたけれど、コンラートははぐらかしてばかりで、メリッサの『仕組み(アーキタイプ)』についてはなにも教えてくれなかった。


「たとえば悲しみはなにで計ろうか?」

コンラートは眉を吊り上げて考えるふりをした。子供番組に出てくるマッドサイエンティストの真似だ。


 すこしイラっとした。わたしはプライマリースクールの子供じゃない。


「涙の量で計ることができる? だが、心が張り裂けてしまっても、涙を流すことができない人だっている」

「そうね、コンラートなんか嬉しくても悲しくても泣いてばかりだし」

「じゃあ、涙は指標として適切じゃないという事になる」


 当り前じゃない。涙の量で悲しみを計れるのなら、人類の最大の悲劇はスギ花粉だわ。


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