そこに因果なんてない
わたしは母の『仕組み』を理解するために、図書館にこもり、ネット技術に関する本を読み漁った。プロトコルを学び、Webの構造を理解した。
分からない部分は、モーリスが手助けをしてくれた。モーリスは利己的な人間だけれど、自分の知識をひけらかすのは大好きなので、聞けばどんなことでも教えてくれた。
ネット上の公開データバンクにアクセスして、あらゆる仕様に目を通した。
それは人類の壮大なコミュニケーションの歴史だった。「仕様」はネット上の共通言語を模索する試みだ。わたしは人類の英知に魅了された。
暗号化技術の基本となる数学のある分野については、コンラートが理解の手助けをしてくれた。
「いいかい、自然現象に意図などない。忘れてはいけないよ。意味を与えるのはいつでも人間だ。たとえばジンクスというものがある。人は突然襲った不幸に理由をつけたがる。朝のお祈りをさぼったからだとか、友人の不幸を願った罰が当たったとか、あるいは魔女に触れたせいだ、とか」
コンラートは画像つきのネット通話サービスで、わたしのレッスンをつけてくれていた。画面の中のコンラートは、神妙な顔をしていた。
なにか頭の中で考え事をしている時に、コンラートはこういう顔つきになる。
「でも、実際にはそこに因果なんてない。雷はどこかに落ちる。人がいようと、いなかろうと」
まるで自分に言い聞かせているように見えた。これから何が起こるか、コンラートは知っているのだ。
わたしが自分のせいにしてしまわないように、傷ついて自分の殻に閉じこもってしまわないように、コンラートはそんな話をした。わたしには責任はない、とそう言ってくれた。
それでも、わたしは雷を止めてみようと思う。もちろん、雷を止める方法なんて、知りはしないけれど。




