誰も使わない古井戸
ノックをしてドアを開けると、モーリスは何をしにきたの? と言いたげに不機嫌な顔をした。
モーリスは最新のエスプレッソマシンと格闘しているところで、松葉杖のせいか、カートリッジを機械に収めるのに苦労していた。
わたしは、モーリスからカートリッジを受け取った。ギブスには少し血が滲んでいて、動くたびにモーリスは顔を歪めて悪態をついた。
「もう、怖がって近寄らないと思っていたよ」
「怪我は大丈夫なの?」
「歩くのにも苦労するよ。でも、まあいいさ。その分の報酬はきっちりいただくからね」
ベージュの漆喰と、茶色い煉瓦で出来た古めかしい部屋で、その一角だけが、カーボンとアルミの現代的な色調になっている。
モーリスは、マホガニーで出来たレターディスクの上に、エスプレッソマシンを置いていた。デスクは、鏡のように磨き込まれた、歴史と伝統を体現しているような逸品だ。
アンチークなんて、きっと、モーリスにはまったく価値がないのだ。
カートリッジはアルミシートで蓋をしたカップになっていて、定位置に収めてスイッチを押せば、すぐに抽出が始まった。
こういうところが、モーリスみたいな人種の理解できない所だ。魔法使いのようにネットに接続されたあらゆる物を操るのに、誰にでも扱えるように設計された家電製品を使いこなすことができない。
コーヒー豆のかぐわしい香りが、マシンから立ち上った。
「で、どうしたの。察するにメリッサのこと?」
モーリスは、編んだロープのテンションで体を支える、快適そうなリクライニングチェアに身を投げ出した。
わたしは、クリームで表面に葉っぱの絵が描かれたエスプレッソを、モーリスの手に渡した。最近のマシンは、カフェアートを描けるらしい。
「教えて、モーリス。わたしはなにも知らなかった」
「教えるって、なにを?」
「メリッサが、なにをしようとしているのか。なにを望んでいるのか」
「きみ、あの魔女がなにかを望んだりするって、本気で思ってんの? 誰も使わない古井戸がなにか望むと思う? 暗い穴に聞いてみればいい。あなたの望みはなにって? 返事が返ってきたら腰を抜かすね」
モーリスは自分のジョークがおかしかったのか、おなかを抱えて笑っていた。
エスプレッソがこぼれて熱かったのか、こぼれた場所のシャツをつまんで、じたばたと暴れた。しばらく笑ってから、モーリスは目じりの涙を拭いながら、言葉を続けた。
「まあ、なにをしようとしているのかは知ってる。でも、なんでぼくが教えないといけないの?」
わたしは、モーリスの手からマグカップを取って、机の上に置いた。
そして、下着から足首を抜き、人差し指でモーリスに見せてから、床に落とした。
リクライニングチェアに横たわっているモーリスにまたがりながら、わたしは思った。
なにをやっているんだろう、わたし。きっと知らない人がみたら、これって、子供を虐待していると思われるわね。だって、モーリスはわたしの胸くらいまでしか背丈がないんだもの。
「モーリス、取引よ。ただで教えてとは言わない。なにか、して欲しい事ないの?」
モーリスは目を細めて、わたしを見た。にやっと笑っていたけれど、わたしを軽蔑しているのがわかった。
「なるほど、君は変わったね。正直、お馬鹿さんだと思っていたんだけど。いいよ、教えてあげる。きみはもう部外者じゃないからね。契約にも抵触しないよ」
モーリスは乱暴にわたしの乳房をつかんだ。あごを掴んで乱暴に引き寄せた。
これは、契約で、ビジネスだ。
わたしは、契約で約束した通りに、母がそうしていたように、モーリスの体の下で、悦んでいるふりをした。




