すべてを焼き尽くしても
わたしは、二人の様子がよく見える位置に、移動した。
二人が見ているのは、わたしには使い方のよく分からない機械だ。いつかモーリスがシミュレーターで操作していた戦車に、形が似ていた。
その機械には、花火の筒のような物と、銃が取り付けられていた。
たぶん、あれはミサイルだ。
武器に関する知識はなかったけれど、ニュースクリップで似たような形のミサイルを見た。
その映像では、人がミサイルを使って、戦車を攻撃していた。鉄の塊みたいな戦車が、そのミサイルを受けると、電池が切れたみたいに動かなくなっていた。
「君はなにをしようとしているんだ」
「ねぇ、わたしの創造物を見てくれた? 善人たちのサロン。友愛と平和の集い」
「『名無しの手』のことかい?」
「そうよ、集まった人たちと、たくさん話をしたわ。優しくて、純粋で、献身的。世界はこんなにも素敵な人たちで溢れているの」
「……君は心が痛まないのかい、メリッサ」
「わたしが、どうして心を痛めるの? 」
メリッサは、コンラートとの会話を楽しんでいるように見えた。
「君には扱いやすい連中だ。もし君が卑劣な誘拐殺人犯に思い知らせろ、と言えば、彼らは犯人を木に吊るすだろう。強姦殺人の犯人に痛みを教えてやれと言えば、彼らは木の杭で犯人を串刺しにするに違いない。彼らはそれを恥じないし、ためらいもしない。だって正義の為だからね。それが善人と呼ばれる人たちの姿だ。彼らは心に闇を持たないがゆえに、自分を疑わない」
「面白い見解だわ、コンラート。あなたがそういう見方をできる人間だとは、知らなかった」
「だから、心が痛まないのかと聞いた。きみは人の善意を弄んでいる」
メリッサは、口元を隠して笑った。すこし酔っているようだった。手にはシャンペンのボトルと、華奢なデザインのグラスを持っていた。
テレビの仕事から帰ったばかりなのだろうか。ニュースキャスターのようなスーツを身に着けていた。
「メリッサ。君は疲れている。休養が必要だよ。わたしが一緒にいる。レティシアと一緒に旅行へ出掛けるんだ。きっと彼女は喜ぶよ」
「わたしは充実しているわよ。もう少しでパズルのピースがそろう。わたしに必要なのはアルゴリズム。人類が自分の望むオーダーを聞けるようにするアルゴリズム。バスチーユ広場で皆殺しにしろ、と最初に叫んだ誰かの肩代わりをしてくれるアルゴリズム」
「メリッサ……君は病気だ」
「……あなたにはできるでしょう?」
メリッサは、コンラートの瞳をのぞき込んだ。例えようもなく、吐き気がするほど完璧な美しさで。
コンラートが怯えているのがわかった。わたしには、彼の気持ちが理解できた。こうべを垂れて、爪先にキスしてしまいそうになる衝動を押えているのだ。
母は、生まれついての支配者で、すべてを焼き尽くしても足を止めることのない強靭な意志の持ち主で、哀れなくらいに、孤独だった。




