ちゃんと明日が来ると思っている
モーリスは、部屋にこもって姿を見せなくなった。
平和な日常が戻った。
学校で退屈な授業を聞き流してはいたけれど、あまりにも無意味な気がして、わたしは、午後からはエスケープをした。
同級生たちは、みんな無邪気だった。優しくて、満ち足りていて、なにも努力をしなくても、ちゃんと明日が来ると思っている。
少なくとも、目が見えないまま、おなかをすかせて、泥の中を這いずった経験はない筈だ。
バーモント州はとても広いので、通学にはマウンテンバイクを使う。白い雲が映る湖のほとりを走り、風に揺れる牧草地の真ん中を横切って、わたしは家を目指した。
釣りをするおじいさんが、わたしに手を振った。
わたしは大きく手を振り返して、先を急いだ。隣家とはずいぶん距離があるけれど、みんなとてもいい人たちだった。あのおじいさんの奥さんは、鱒の切り身でパイをつくり、時々、おすそ分けをしてくれた。
パイ生地の編み方は、それぞれが家の紋章になっている。みんなが同じカマドで調理をしていた頃の名残だ。
家に戻ると、噴水になったロータリーのところにコンラートの車が止まっていた。汚れた中古のフィアットだ。
コンラートは、クマさんみたいな外見なので、可愛らしい車が、とても似合っていた。
巨人が使うようなドアを、わたしは全身の力でこじ開けた。この家はなにもかもが大げさで、家に入るという日常の行為だけでも、無駄にエネルギーを使う仕組みになっている。
以前、メリッサは料理に薪を使おうとしていたので、それだけは反対してなんとか止めた。煤けた料理なんて食べたくないと言ったのだけれど、本当は、そんな馬鹿げたことで、メリッサの貴重な時間を無駄にして欲しくなかったのだ。
ドアをくぐっても人の気配がないので、わたしは大きな声で、コンラートを呼んだ。
「クマさーん。どこなの? いるんでしょ」
返事はない。
コンラートは、留守の家をぶらぶら歩くような不躾な真似はしない。どこかで、母と一緒の筈だった。
あまり光が差さない家の中を探して歩くと、地下へ続く通路のドアが、薄く開いているのが見えた。
この城壁みたいな家は、半分ほどが岡の斜面に埋まっている。
地下には、トラックが収まりそうなガレージがあるけれど、わたしには用がないので、あまり近寄ったことはない。
地下への通路は、自然石と錆びた鉄板で出来ていて、どこまでも続くように深かった。
石段を下りて、ガレージのドアをあけると、話し声が聞こえた。
わたしはは思わず、物置の扉に身をひそめた。
母と、コンラートの声だった。
「メリッサ、なんの真似だい、これは。市民の重武装は犯罪だぞ。バーモント州では拳銃の所持すら許可されない」
「これが拳銃に見える? コンラート」




