ぼくの遺伝子増やしたいの?
「東京地下鉄のサイバーテロ、憶えてるかい? 列車のダイヤが滅茶苦茶になって、八百人死んだ。ひしゃげたアルミに挟まれてツナフレークになった。八百人だ! 三つのホームが半壊して、火災でも六十人死んだ」
モーリスは、いったいなにを言っているんだろう?
事件のことはわたしも知っているけれど、そんなの誰だって知ってる。だって、世界中でニュースになったんだから。
「あれ、ぼくだ」
モーリスは柔らかいくせ毛をいじりながら、悪戯を告白するように言った。すこし恥ずかしげにしていた。人に言えない変わった癖を打ち明けるように。
「ニュースみて、興奮したろ? もっと殺すつもりだった。公共のサーバーは守りが固くて簡単じゃないんだぜ。軌道上の量子コンピューターの能力を横取りするとこから始めた。下ごしらえが大事なんだ」
「……モーリス、やめて」
「もちろん、ぼくは気違いじゃない。金をもらってやったことだ。隣のある国は、自分達がしているオイタから日本の目を逸らしたかったんだ。効果はばつぐんで、ボーナスをもらったよ。ぼくのことを、今まで見た中で一番優秀な哺乳類だってさ」
その人は、たぶんモーリスのことを一番優秀な人類と言いたくなかったのだ。その気持ちがなんとなくわかる。
「脱げよ」
「……体を大事にしたいの。あなたには心配をかけたくなかったので言わなかったけど――」
「おまえ、馬鹿? ぼくの遺伝子増やしたいの? ぼくでもそんなイカレタ真似しないぜ?」
モーリスは完全におかしかった。罪の意識がないわけじゃない。罪の意識に押しつぶされるわけでもない。たぶん愉しんでいるのだ。自分が壊れるという現象、そのものを。
「手伝ってやろうか? そんな子供いらないだろ? 乱暴にすれば手間が省けるかもしれない」
モーリスは、暖炉の火掻き棒を手に取った。




