もしも、この世の中に
すでにアップしております『バルバロイ』のスピンアウト作品です。
『バルバロイ』で登場したSNS『ハルシオン』創生時のエピソード、という位置づけです。
「人の原罪」に触れられたような気がして、短い作品ですが、筆者としては本編より気に入っております。
よろしくお願い致します。
もしも、この世の中に、完璧な容姿などというおぞましいものが存在するとしたら、それはきっと、母のような姿をしているに違いない。
母、メリッサは、流れるような金髪と、すらりとした手足の持ち主だった。整った顔立ちは映画女優でも見られないような数学的な調和を醸し出しているし、指先は、それ自体がまるで芸術作品でもあるかのような、非の打ち所のない存在感を持っていた。
碧い瞳は、深く、底知れず、なにも映していないようだけれど、視線にやどる知性の光は、なにもかもを見抜いているようにも見えた。
それに比べると、わたしの容姿は、まるで醜いアヒルの子を思わせるように、不釣り合いでいびつだった。女の子なのに鼻はすこしあぐらをかいているし、肌は黒くてつやがなく、髪の毛は縮れていて油断すると雀の巣みたいになってしまう。
それでも、母はわたしの髪を整えながら、いつも、可愛くて食べちゃいたい、と言ってくれた。わたしが、もっと幼い子供の頃の話だ。
「ねぇ、みてごらんなさいレティシア。世界にはこんなにもたくさんの優しい人達がいるのよ。なにも怖くなんかない。いつでも誰かが助けてくれるわ。レティシアのように可愛い女の子なら、なおさらのことよ」
わたしが退屈してしまわないように、母が見せてくれていたのは、ノート型パソコンのモニターだ。
母はそのページのことを、世界の優しい人たちが集まる場所で、まだ名前はないの、と教えてくれた。
画面の中の参加者は、飽きもせずにわたしとおしゃべりをしてくれた。
花の名前を教えてくれたり、遠い異国の『アヤトリ』とかいうスリングを使った手遊びを教えてくれたりした。
わたしの髪は固くてごわごわしているので、母はピックという先のとがった道具を使って、細かく丁寧に分けて、三つ編みにしてくれた。
そうやってまとめると、髪は背中の方に流れて、今どきの普通の女の子になったようで、わたしは少しだけ気分が良かった。
その瞬間だけは、自分が戦争孤児で、病気の犬みたいに道端でえずきながら、目ヤニで見えない目から涙を流して、だれかわたしを殺してくださいと、道行く人に懇願していたことを、忘れることができた。