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祝福の地 簒奪者と列柱の迷宮  作者: 西東行
第1章 イース
5/20

 トゥーレは顔をあげ、目を見開いた。

 問題をだしてみよ。

 知恵試しでどんな問題がだされるか、あれこれと予想し想像していたが、これは思いつかなかった。問題を解くのではなく、だしてみよ、とは。

「……どんな問題でもいいんですか?」

「好きな問題をだすがいい」

(——問題をだして)

 鮮明によみがえったのは、幼いころの自分の声だった。

 まだ家があり、家族もいたころのことだ。トゥーレはよく父にねだったものだった。

 お父さん、問題をだして。なんでもいいから。お父さんの好きな問題でいいから。

 父のあとをついてまわるトゥーレを、母が笑って見ていた。母の腕のなかでは、妹がぐっすりと眠っていた。

 父はいつも、笑って問題をだしてくれた。次から次へと楽しい問題を。トゥーレには、父の頭のなかには無尽蔵に問題が詰まっているように思われたものだ。

(さあ、ここで問題だ、トゥーレ)

 あれはどんな問題だったか。そして自分はどう答えたのだったか。

(考えてごらん、トゥーレ。お前ならきっと解けるよ)

「……じゃあ、問題と言うより謎々ですが。手くせの悪い人たちの国のお話をします」

 老人はうなずいた。イースは聞いているのかいないのか、頬杖をついている。

「ある国があります。その国の人たちは皆、手くせが悪くて、手紙をそのままだすと勝手に中身を読まれてしまうし、品物はくすねられてしまいます。そこで絶対に壊れない箱に入れて、絶対に破れない錠をつけ、鍵をかけて送ります。無理に箱や錠前を壊そうとすれば、中身ごと壊れてしまいます」

 この前提を了解してもらえたかどうか、ちらりと前をうかがうと、キーンだけがうなずいた。イースは表情を変えない。見ていると、むこう気がわいてきた。

「さて、イース様がその国から、大切な手紙をキーン様に送るとします」

「……俺がか」

 イースは眉をひそめトゥーレを見やった。関心はなさそうだったが、話はちゃんと聞いていたらしい。トゥーレはひるみかけたが、こらえた。

「そう言うことにしてください。まわりは皆、手くせの悪い人たちです。イース様はどうすれば、途中で誰にも盗み読みされずに、大事な秘密の手紙をキーン様に送ることができるでしょうか? もちろん互いに直接接触しませんし、錠前や鍵をあらかじめ準備していません」

 キーンは笑みを浮かべて、うながすようにイースを見た。イースは頬杖をやめて腕を組む。

「手紙を、絶対に壊れないとかいう箱に入れて、錠に鍵をかけて送るんだろう?」

「もちろん、そうです。それから次にどうなさいますか?」

「キーンが受けとって、箱の錠を——」

 言いかけて、イースは口をつぐんだ。かわりにトゥーレがあとを継いだ。

「キーン様は錠の合鍵をもってらっしゃいません。あらかじめ準備もなにもしていませんから」

「わかってる。俺から別便で鍵を——いや」

「その別便にも錠をかけていないと、なかの鍵は取られてしまいますな」

 キーンは楽しんでいるような口調で言った。イースは逆に不機嫌そうに眉をひそめた。

「わかってると言っただろう。ちょっと黙っていてくれ」

 むきになって言い返し、ふたたび頬杖を突いて考えだした。

 イースのおちいった状況はトゥーレにもたやすく想像できた。

 まず手紙を入れた箱1に錠1をつけ送る。そして鍵1を別便(箱2)で送るとすると、当然、その箱2にも錠2をかけなければならない。でないと中身の鍵1が盗まれてしまうからだ。

 鍵2をさらなる別便(箱3)で送って、さらにそこにも錠3をかけ、そしてその鍵3をまたまた別便(箱4)で送り——そうなると、ひたすら鍵を別便で送り続けなければならない。

 イースは眉根を寄せたまま考えこんでいる。その表情がどこか幼く見えて、トゥーレはおかしくなったが、なんとか笑いをこらえた。

 アシュリンが主人を気づかうようにちらと目をあげる。キーンは楽しげに肩をゆらしていた。

「謎々と言うが、どうしてどうして、おもしろい問題だ。各地の間諜と実際に信書をやりとりするときにも応用できそうですな」

「そう思ったからこの問題にしたんです」

「ほう?」

「もし知恵試しに合格できなくても、この案に興味を持っていただければ、その分くらいはパンを恵んでもらえるかなって」

 イースが眉をあげ、キーンは苦笑した。

「これは欲のないことだ。盗み読みされずに手紙を送る方法があれば、皆がどれだけ助かるか。なにしろまつりごとの世界は、手くせの悪い者ばかりだ」

 信書は人づてに送る。急ぎの信書ならば訓練した鳥を使った。さらにはやく、しかも確実に送るなら精霊の出番だが、これはきわめて数が少ない。

 問題は、どの方法でも途中で敵に奪われ、内容を読まれる怖れがあることだった。

 そのため、重要な信書は暗号にするか、封印の呪文をかけることが多かった。呪文であれば、敵が無理に内容を暴こうとしたときに手紙ごと消滅させるよう細工をすることもできた。いずれにしても、相手が無事に信書を読むためには、暗号を解くための鍵か、封印を解くための呪文が必須だ。

 その暗号の鍵もしくは呪文を、どうやって相手にわたすかがまた大問題なのである。相手に知られてしまえば、秘密の信書も解かれて盗み読みされてしまうからだ。あらかじめ打ちあわせておくことができればいいが、いつでも可能とは限らない。状況により、暗号を変えなければならないことも多かった。

 トゥーレがだした問題は、イースやキーンがつねに直面している問題に深くかかわっていたのだ。

 キーンがイースに対して身をのりだした。

「こういうのはどうでしょうか。先に鍵をかけた手紙を送り、そのあと鍵の作成図を紙に描いて送るのです。品物ならば盗まれますが、紙に描いたものなら盗み見されるだけということですからな。ですが盗み見されたところで、肝心の手紙はすでに相手にわたっているのですから、問題はないでしょう」

「なるほどな。少し時間はかかるが」

 イースもキーンのほうへ身をのりだす。そしてふたりそろって、トゥーレを期待をこめた目で見た。アシュリンまでがトゥーレを見て、トゥーレは少し緊張した。

「たしかに、うまくいきますね。ただし作成図だけで合い鍵を作れる腕のいい鍛冶屋が必要です。またその鍵は、作成図が敵に知られたあとは二度と使えないでしょう」

 キーンは目を大きく見ひらいた。

「つまり、ほかにもっといい方法があるのかね?」

「どちらがいいか悪いかの判断は俺にはしかねますけど、べつの答えはあります」

「ほう。ぜひ教えてもらえまいか」

 トゥーレは答えはじめる前に、小さく息を吸いこんだ。

「まず、イース様が錠に鍵をかけて、キーン様に手紙を送ります。キーン様は手紙の入った箱を受け取ったら、ご自分が用意した錠をつけて、鍵をかけます」

「なんだって?」

 イースとキーンが同時に声をあげて、アシュリンが驚いたようにぴんと耳を立てた。トゥーレはかまわず続けた。

「つまりこのとき、錠はふたつ、箱にかかっていることになります。そしてキーン様はふたつの錠がついた箱を、イース様に送り返します」

「俺に? 二度手間をかけるってことか?」

「——ああ! なるほど」

 はやくもキーンが納得したか、うなずいた。

「なるほど……これはすばらしい!」

 くりかえしつぶやき、うなずく。トゥーレもうなずき返した。

「箱を送り返されたイース様は、ご自分の鍵で、ご自分がつけた錠だけをはずします。ここで箱には、キーン様がつけた錠だけが残っていることになります」

 そこでイースも気づいたらしい。

「……そうか、わかったぞ。俺はその箱を、もういちどキーンに送るわけだ!」

 キーンがあとを継ぐ。

「そして私は自分の鍵で、自分がつけた錠をはずす。そうしてなかの手紙を取りだすというわけですな」

「はい。重要な点は、この方法では鍵そのものや鍵の情報を相手に送る必要がないことです。そして鍵も錠も、何度でも誰に対しても使うことができますし、自分の都合で勝手に変更することもできます」

「いや、これは実におもしろい!」

 キーンは幾度もうなずいた。

「これはそなたが考えだしたものか?」

「いえ。昔、父に教わったものです。父は読書家で、俺によくこういった謎々をだしてくれました」

「ほう。それで、そなたはその問題を解いたのかね?」

「はい。父の考えた謎々を解くのは好きでした」

(トゥーレ、お前なら解けると思っていたよ)

 そう言って抱きしめてくれた父の声を、トゥーレは思いだした。

 もうずっとずっと昔のことのような気がする。なのにどうして、今もはっきりと覚えているのだろう。

 そのときキーンが立ちあがり、トゥーレはもの思いから覚めた。

 キーンはにこやかにトゥーレに手をさしのべた。

「すばらしい問題だった。アルティマのトゥーレ、どうか父上から教わったことを、イース殿のために役立ててはくれまいか」

「それは——」

 知恵試しに合格したと言うことだろうか。

 半信半疑でイースを見ると、彼はうなずいた。

「おもしろかった。俺は頭を使うことはすべてキーンにまかせているが、そんな俺でも興味深いと思える問題だった」

「もちろん、私にとってもそうでしたよ。今日の知恵試しでいちばんでしたな」

「で、でも。本当に俺なんかでいいんですか?」

 声をあげると、イースは目をすがめてトゥーレを見た。

「なんだ。知恵試しに受かるつもりできたんじゃないのか」

 イースに軽く揶揄するように言われて、トゥーレは思わず首をすくめた。

「それは——そうですけど。でも今日は、ほかにも人がいっぱい来ていたから……」

 イースはうるさそうに手をふる。

「ほかの奴らはひどいもんだった。どいつもこいつも、問題をだせと言われたとたん、こむずかしい講義をはじめやがったんだ。即、打ちきらせたがな」

 キーンはイースをなだめるように微苦笑した。

「神話や法律、歴史などの講義をね。いや、いずれもおもしろそうな講義でしたし、そのような学問も国にとっては必要なものですが」

「かもしれん。だが、俺たちが今必要としている知恵は、そんな知識じゃない」

 イースは立ちあがって、トゥーレを見おろした。

「——俺がまだ戴冠式をしていないと言ったのを覚えているか」

 トゥーレはうなずいた。

「神殿の神官たちが、俺の戴冠式はできないと言いはっているんだ。俺がトリスケルにある迷宮を解いて、ウルガゾンテの権標を手に入れていないというのがその理由だ」

「迷宮……」

 トゥーレは、いつも麓の貧民街から見あげていたトリスケルの三つ目の丘——迷宮の丘を思いだした。

 かつてこの世界は、神々によって支配されていた。神々から支配権を託された証、つまり神々の遺物を権標としてたてまつることが、人の王としての条件だ。権標を手に入れれば、誰でも王となることができた。

 とは言え、本当に『誰でも』となると、争いが避けられない。戦が頻発し、国土は荒れてしまうだろう。

 そこで多くの国々では迷宮をもうけ、権標をその最奥に封じた。そして迷宮には数々の仕掛けや謎、そして結界をほどこして、容易に権標に近づけないようにした。また複雑になりすぎた迷宮は、専門家によって保全や管理を行うようにした。

 やがて迷宮は、権標を守ると同時に、王の資質を問うものとなった。迷宮の謎を解き、神々の遺物に対面してはじめて、王は王としてその権威を認められるのだ。

「——このトリスケルの城を落としたとき、前王は迷宮に封じた権標を俺にわたさないよう、迷宮を管理していた奴らを全員殺してしまったんだ」

 トゥーレは思わず後ずさった。

「王が自分の臣下を……殺したんですか?」

 イースとキーンはうなずいた。

「だから迷宮には、今も結界がかかったままだ。ほかにも迷宮の見取り図や設計図、覚書、手がかりとなるようなものはいっさい残っていない。燃やすなりして処分したらしいな」

「そのため、イース殿はウルガゾンテの権標といまだに対面していないのだ。神殿はイース殿が迷宮を解かぬかぎり、戴冠式は行わぬと言いはっている」

 権標を手に入れていないということは、神々から王国の支配権を託されていないということだ。神々をあがめる神殿が、戴冠式を許さないのも道理だった。

 神々やそれをまつる神殿は、神々がいなくなった今でも大きな影響力を持っている。神殿の要求を無理にはねつければ、たとえイースが即位しても、大陸全土の神殿や他の国々は、イースを正当な王だと認めないだろう。そしてそれは、周辺国にとっては、ウルガゾンテに介入する絶好の大義名分となる。

「迷宮の結界は、術をかけた管理者がいなくなれば数十年から百年で効果は失せるという。しかし、当然だが、それまで待つことなどできぬ」

「だから知恵試しをして、迷宮を解ける知恵者を探していたんですね。でも、イース様以外の者が迷宮を解いてもかまわないのでしょうか」

 トゥーレが迷宮を解いてしまったら、トゥーレが国王になってしまわないだろうか。そう考えて問うと、キーンが問題ないというように軽く首をふった。

「迷宮は、王ご自身が解いてもよいし、王に忠誠を誓った者が解いてもよい。才ある者を奉公させるのも王の資質だ。現にほとんどの王国では、即位の際には迷宮の管理者が新しい王を至宝のもとに案内するだけで、実際に新しい王が迷宮を解くことはない」

「では、学問所は? トリスケルには立派な王立学問所があって、この国でも有数の知恵者が集まっているはずです」

 キーンはこまって眉をひそめ、イースは冷笑した。

「奴らは頼りにできない。知恵をもって迷宮を解くまでは俺は王ではなく、王立学問所としては協力はできかねるそうだ。——正論だな。前王への忠誠心が強いというわけでもなかろうが」

「そ、そうですか……」

「だが王立学問所の奴らを脅せば、迷宮の管理者を殺した前王と同じになってしまう。俺はそんなつもりはない」

 キーンはトゥーレを見すえ、言った。

「トゥーレ。どうかイース殿のために、トリスケルの迷宮を解いてくれぬか。そして迷宮を解いたあとも、国王以外の者が迷宮に近づけぬよう、迷宮の管理をしてほしい」

「それは、俺がこのウルガゾンテの権標を守るということですか?」

 その重責を思って、ただでさえ細い声がかすれそうになった。イースが王になれるかどうかの命運を、トゥーレが握るというだけでも大役であるのに、まして素性の知れない宿なしに王国の権標をまかせるなど、どう考えても分不相応だ。

 それなのにイースは、無造作に手をふった。

「難しく考える必要はない。要は、俺のために働くつもりはあるかどうかだ」

「で、でも」

 キーンはもう少し気遣いを見せて、やわらかな口調で励ましてくれた。

「ひとりでやれとは言わぬよ。迷宮の管理には専門的な知識や能力が必要だし、なにより重責だ。もしものことがあったときのためにも、複数の人間で行うのがつねだ。今後も知恵者は探し、これはと思う者がいれば取り立てる」

 そう言われても、トゥーレはまだ逡巡していた。

(……迷宮——)

 迷宮は、大地と知恵の神によってつくられたと神話では謳われている。大地の神は持てる知恵をすべて駆使して、神々の宝を守るための迷宮をつくりだした。

 今も人々は、その国でもっともすぐれた頭脳の持ち主を集め、もっともすすんだ技術を使い、莫大な金をかけて迷宮を建てている。いわば迷宮はその国の知恵と文化の指標を示すとも言われていた。

 それを宿なしの自分が解くのか。おまけに王国の権標を守るというのか。あまりにも身に過ぎたことではないかだろうか——。


 トゥーレ。お前ならきっとできるよ。


 父の声がよみがえった。

 父はいつもそう言ってくれた。問題を解くと、抱きしめてほめてくれた。

 子供をおだてているのではなかった。父はトゥーレには解けると本気で信じていたし、解けたときには心から誇らしく思ってくれていたのだ。

(お父さん)

 トゥーレが思わず顔をあげると、トゥーレを見ていたイースと目があった。

 強い視線はこちらを萎縮させるかのようだったが、今度はトゥーレもその視線を正面から受けとめた。

「——お受けします」

 その言葉は、自然にこぼれるように口からでた。

「俺にどれだけのことができるかわかりませんが、力を尽くします」

 迷宮を解く自信はない。いまだ怖じ気づいてもいた。

 けれど自分は正しい選択をしたと、トゥーレは確信していた。

 イースは笑った。強く厳しいが、同時に優しい笑みだった。

 それはトゥーレの決断を肯定してくれているかのように感じられた。



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