参八の段
「……ゲホ、ゴホッゴホッゴホッ!!ゴホッ!!」
(まただ…)
消したばかりの蝋燭に灯りをともすと隣で咳込む月の背中をさすってやった。服の上から触る背中はゴツゴツと骨ばっている。
ここ数日、月の病状は増悪していた。熱も引かず、食事も口にしなかった。それでも床に伏せっていようが病弱になろうがその妖艶な香りと美貌が失われる事はなかった。この女の持つ天性の賜物なのだろうか……
「苦しいか?」
翡翠の問いに月は苦し紛れの笑みを見せる。
「はい……ちょっとだけ…」
ゼぃぜぃと息を荒げ、襲ってくる発作に口を押さえて耐える姿に翡翠は感じた事ない痛烈な憐れみをおぼえる。椀に水を注ぎ、月の口元まで運んだのだが…
「いらないです」
首を横に振って拒否された。
無理には飲まさなかった。椀を置くと倒れ込むように横になる月の姿に溜息を1つ吐く。
「お前さ、いつから病持ちになったのか知らねぇが、毎日飲んでた薬かなんかあったんじゃねぇか?」
すると月はコックリ頷いた。乾いた唇からか細い声が漏れる。
「才様………」
「は?」
「才様がくれる薬を、毎日飲んでました」
(…………才?)
才とは誰なのか…その事が翡翠の頭をよぎるも今はそれどころではないとすぐに切り換えた。
「その才って奴が薬を?」
「月に一度、薬を買って私に会いに来られるお方です。見た目はとっても怖いのにすごくお優しい男なんですよ」
「そうか」
才とはどうやら月を贔屓にしていた客らしい。これだけの容姿だ。群がる男はごまんといるだろう。
その男の話をし始めると、月の発作は徐々に落ち着いてきた。その顔にもほんの僅かだが笑みがこぼれていた。
翡翠は少し安堵した。
「明日にでも薬を買いに行こう。その方がお前も落ち着くだろ」
「あ、はい………あのぅ、翡翠様?」
何か言いにくそうな声色に翡翠は閉じていた目を少し開けた。
「何?」
「私は…いつまでここに居られるのですか?」
不安と怯えが混じった声が―言葉が―翡翠の心を激しく揺さぶる。
月は怖かった。自分はいつまた遊廓へ戻らなければならないのか。男達に弄ばれ、平安も心の拠り所もないあの場所へ戻らなければならないのか…
金ズルの男達から救われ、この村に来てから月は生まれてはじめて安心感というものを知った。堕落した男女のおどろおどろしい汚くて吐き気のする様な遊廓とは真逆だ。女の嫉妬も男の束縛もない。自由で本当の己で居られる場所。全てを包み込んでくれる場所。何より―守ってくれる人が傍にいる幸せがここにはあった。
「私、ここにいたい。ずっと…ずっと」
背を向けたままの翡翠に月はそっと言った。
「……………」
「………………翡翠様?」
反応が返ってこない。
熱で重い身体を起こし、隣の男の顔をのぞき込む。そして、ふっと笑みを漏らす。
「翡翠様の寝顔、可愛い…」




