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十三の段
『数年で忘れられる程の男だったのですか?』
塵の言葉が忘れかけていた傷の痛みを抉り出す。
頭に血がのぼっていくのが自分でも分かった。
「違う...忘れてなんかいない!忘れられないからこんなにも辛いんじゃないですか!貴方に何が分かるの」
見上げた先には、もう塵の姿はどこにもなかった。
通り行く町人達は、一人喚く葉紅を不審げに眺めては通り過ぎて行った。
人々の目線に気付き、葉紅はようやく我に返った。
洗濯籠を手に持つと、逃げる様に家の中へ入り戸口を閉めた。
錠を掛けようと手を伸ばした時...
『何故忘れる必要があるのですか?』
自分に向けられたあの男の目が忘れられない。
あの目は確かに、自分を責めていた。
葉紅は崩れる様にして座り込んだ。
あれだけ愛した土久里をどうして忘れたいのか...
「早く忘れなければ、泣いてしまうからよ。一度泣いてしまうと…私、多分一生笑えないから」
誰もいない部屋に葉紅の声がぽつりと響いた。