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神の手  作者: 七刻 眞
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プロローグ

去年の暮れ。町田京子は、加奈こと木村加奈に誘われて、中央美術館の展覧会に出かけた。晴れた、北風の吹く日だった。

「これが、高橋栄一、あれが、真島博の作品よ」

「ふーん。詳しいね…」京子は感心してみせる。

「こっちが、彼に影響を受けた作品よ」

「ほー」

「あなたって、本当に芸術に興味がないわねぇ」「はあ」

京子の相槌に加奈は呆れ顔を見せた。

「そういう訳じゃないんだけど」京子にとって芸術は説明されるものじゃなく、気に入るか、気に入らないか、ただそれだけだった。さしずめ、京子が気に入るような作品はないように思えた。

呆れた加奈がため息交じりの説明さえしなくなった時、京子はある作品の前で足を止めた。丁度、美術館の天井の切れ目から差し込む光が作品に後光を指すように演出されている気がした。一瞬、作品自体が光輝いている気がしたからだ。しかし、京子は演出だけでなく、その作品の細かな、それでいて壮美で綺麗な曲線に目が釘付けになった。

『天使の宴』と題される石の彫刻だった。

天使の文字通り、十人の子供天使が戯れていて、石とは思えない暖かさがあった。近づいて、その作品の大きさと現実感に改めて胸の奥のほうが興奮しているのが分かった。背丈ほどの大きさに、3歳ぐらいだろうか、本物の子供が無邪気に笑ったかのような笑顔に囲まれている感情。楽しそうな天使たちが、空へといざなうように昇っている。楽しそうな様子が見てとてる。

すぐにその作品の魅力に引き込まれた。加奈は、松浦康生の作品だと説明した。

いつまで見ていても飽きない気がした。加奈が何度も腕を引っ張ってようやく、次の展示品をみるに至った。しかし、それだけにはとどまらなかった。

なんと、松浦康生は、その会場にいたのである。

美術館の展示の最後で、自分自身の工房を展覧会に再現していた。『大阪国際芸術大学学生、松浦康生による石彫直彫り』と銘打って、ノミの音が響いていた。芸術家というのは、何か少々可笑しな人種をイメージしていたが、その目の前にいる青年は、工事現場の設計技師のようだった。作業着に、ゴーグル、防塵マスクをつけて、全体を少し眺めては近づいて削る。また離れて眺めては削る、そうした技術者のようだった。

姿の彼自身が展示物となり、その場にいる人々の視線を集めていたのだった。

彼の作品にこめる真剣な姿勢、振るうノミの音、削るタガネの音、彫刻刃の音、その姿全てに興味をもった。何か幼いころに自分が置いてきた芸術の才能を開花させた人物がここにいる。そんな感傷に浸った。気付くと、京子は仕切のロープをまたいで彼に近づいていた。

「ちょっと、京子やめなって」加奈の制止を振り切って、京子は松浦康正に声を掛けた。

「凄いね。その石って簡単に削れるの?」京子は、松浦康正に近づいた。

マスクとゴーグルをはずして彼が振り返った。「簡単じゃないよ」

「それ普通の石?」

「これは、珪素が成分の火成岩だ、まだ掘りやすいかな、水成岩の方は割れやすいから難しいんだけど、そっちの方が好きだ。模様が綺麗だからね」

「へぇ、いろいろあるんだ。面白そう。もっと、話を聞かせて」京子はの積極性はすぐに発揮され、その後、彼の休憩時間を共に一緒に過ごした。京子は一番気に入る作品をみつけたのだった。

松浦康生を見つけた。松浦康正は大阪国際芸術大学の学生で、一つ年下だった。京子はその時のことを思い出しながら、懐かしく思っていた。あの時、加奈に薦められなかったら、彼に声を掛けなかったら、彼の大学への道を歩いていなかった。

そう、今日は初めて、彼の大学の工房を見せてもらえる日なのだ。


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