最後の言葉
いつまで生きれば俺の人生は始まるのか。この街で何人の人間が自分の人生を始めているのか…。
ほとんどの人間は同じように答えるだろう。
『この世に産まれた時から』だと。何も持たない人間だからこそ言える言葉だ。満月が夜の街照らしている。ビルの屋上から俺はそれを眺め考えていた。
アイツは、俺がこの道を選ぶと予測していたのか…。
そこに大きく寝転がり、付けていたサングラスを外し目を閉じた。
冷たい夜風が寂しく通り抜けていく。
『いつまでそこに居るつもりじゃ?』
聞き慣れた声が俺の背後から聞こえてきた。目を開けると俺を覗き込む顔があった。
『顔…近いちゃぁ。。俺はそんな趣味は無いがよ』
冷たい眼差しで、俺はその顔を見た。
『ワシもじゃ』
頭をかきながら、それは笑って俺に手を差し伸べた。
俺は溜息を付いた後、それを掴みながら起き上がった。
『気がすんだじゃろ?』
俺を見る顔は、冷たかった。此処には何も残っていないと…教えるかの様に。
自分でも分かってるのに、認めたくなかった。
『何も見えんじゃろ?』
花束を壁に立てかけ手を合わせる男。
この男の名は山本龍馬。俺の幼なじみでもあり、親友でもある。そして、俺達が今居る場所は、俺の大切な人が死んだ場所。誰かに殺された…俺は今でも、そう思っている。
『由梨華は何も残しちょらんのかの…』冬の夜空に浮かぶ月を見上げながら俺は呟いた。息が白くなり寒さを物語る。由梨華が死んだ時もこんな夜だった。
『いつまでも死んだ人間を思っても、此処には帰ってこんがよ。おんしも分かっちょるはずじゃ』
龍馬の言葉通り、自分でも分かっていた。でも、納得がいかない事が多すぎて、少しでも手がかりが欲しかっのた。
『冬の夜は冷えるき。宜振そろそろ帰るかの…』
手に息を吐き、擦り合わせながら龍馬が言った。
『そうじゃの』
返事をしたものの、俺はなかなかその場から離れられなかった。
自分には人には無い力がある…。
俺の左手は、その場所で何があったかを読み取る力がある。なのに、何も見えない。
無力感だけが強くなっていった。
『また来たらええ。今度は、昼間にでも来るがよ』
そう言って龍馬は俺を促した。
俺の名前は野田宜振。年齢は25歳。
五年前とある事件で両目の視力を失った。ドナーが現れたおかげで両目の視力は回復したものの…。見えてはいけない物まで見えるようになった。