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ハジマリの福音  作者:
4/4

第二話    『私が護るから』

「おいおい、氷介、お前どうしたんだ?」


昼休み。

体育が終わったクラスメートが昼御飯を食べる頃に、氷介は戻ってきた。

その姿はボロボロの一言である。


「どうしたのよ? 誰かにイジめられたの?」


「何でもないって。

       至って健康心配ご無用!」


言いながら席に着き、弁当を取り出す氷介。

涼と憂映は顔を見合わせ、納得がいかない様子だ。

だが氷介が口を割ることはないと判断したのか、いそいそと机同士を繋げ始める。



  

「しかしお前、鼻血の処理だけで随分とかかってたな」


箸を咥えながら、涼が口を開く。


「え、えーっと、それは……」


「今日、保健室の先生がいないんでしょ?

      素人の先生に治療されれば、そりゃ遅くもなるわよ」


「そ、そういうこと」


「保健室……魅惑の女医……」


「アンタ、10mくらい机離してくれない?」


「……ひでぇ」


いつも通りの昼だ。

氷介は、そのいつも通りの日常に戻れたことを素直に喜ぶ。

先ほどの非現実的な戦いは、出来るだけ頭の隅に放っておくことにした。


  

何故、彼女はあの男に狙われていたのか。

何故、あの指輪が光り、グローブへ変化したのか。

何故、グローブを装着したら、己の身体が軽くなったのか。

そして、あのヴァルキリーという男は何者なのか。

疑問は尽きない。


ちなみにあのグローブは、戦闘が終わると指輪に戻ってしまった。

一応ポケットに入れてはいるが、後で彼女に返そうと思っている。


「……ぇ、……氷介!」


「えっえっ? どうかした?」


「ちゃんと話くらい聞きなさいよ」


「今日の放課後、どーすんだって」


「うーん、今日は部活は休んで早く帰ることにする」


無論、嘘だが。


「いいなぁ、俺も陸上サボりてぇ」


「アンタは一応、陸上のエースなんだから、ちゃんと頑張っとかないと後で後悔するわよ?」


「うーい……めんどくせぇ」









☆★☆







  

放課後。

ある者は帰り、部活へ行き、生徒会へ行き、更には会議に出席するため、学校の各地へ散らばる。


今、氷介が歩く廊下は人気が無い。

保健室がある廊下は、部活や生徒会とは無縁な校舎にあるので、たまに教師が歩いている程度だ。

赤い夕日に照らされた廊下を、一人氷介は歩く。


「なんか厄介なことになってしまったな……」


自分が戦ってしまったことにより、ヴァルキリーという男の恨みを買ってしまった。

そして得体の知れない怪しい女性とも関係を持ってしまう結果となってしまった。

それらを繋ぐのが、今ポケットに入っている白い指輪。


「さっさと返して、家に帰ろう」


保健室の前で立ち止まる。

深呼吸を一つ。

ドアに手を掛け開いた。


保健室特有の薬品の匂いが鼻を刺激する。

その奥の方のベッドに女性が座っていた。

黒いコート姿の彼女は、氷介の姿を見つけると


「来ると思っていたよ」


と、微笑で出迎えた。


氷介はあまり異性(憂映は男勝りな性格なので付き合い易い)と接した経験が無いので、ついその綺麗な顔に見とれてしまう。

慌てて首を振り


「も、もう起きて大丈夫なの?」


彼女の元に近付いていく。


「あぁ、外傷は元々あまり無かったしな。

     少し休んだら疲れがとれたよ」


「先生とかには見付からなかった?

      ベッドに寝せて放置してた僕が言うのもアレだけど」


「首までしっかりシーツをかけていてくれたからな。

       生徒だと間違えて、放っておいたのだろう」


「そう……」


沈黙。

お互い口を開くことなく、目を合わせることなく、片方は座り、片方は立ちすくむ。

  

それが数秒ほど続いた頃だ。


「……聞きたいのは、そういうことではないのだろう?」


「…………」


「私は何者か? 指輪の正体は? あの男は何だ?

      このくらいが、君の疑問だろうか」


「……そうだけど」


でも、と付け足す。


「そういう説明はいらないよ。

    僕には学校があって、友達がいて、それなりに楽しくやってる」


だから


「この指輪……返すね」


ポケットから指輪を取り出し、彼女に差し出す。


これで、夢物語のような事とは縁切りだ。

己の身体が思う通り以上に動くことには心底驚いたが。そんなものを用いてまで強くなろうとは思わなかった。


「…………」


「ん?」


しかし彼女は手を出すことはない。


「悪いが……それは受け取れない」


「どういうこと?」


「いや、厳密に言えば受け取っても、私にとっては意味が無い」


「?」


「その指輪は、君を主と認めてしまった。

     君以外の人間がその指輪をはめても、あの力が出るようなことは無い」


「え……」


「正直、すまないと思っている」

  

氷介は混乱した。

指輪が、自分を主と認めた?

彼女はそれを受け取ることは出来ない?

それはつまり――


「僕は……逃げられないってことか……!?」


「……すまない」


「ふ、ふざけるなよ!

      なんで僕が認められなきゃならないんだ!」


「その指輪には擬似的な意思があってな……。

     指輪が望む心を偶然、君が持っていたんだ」


「擬似的な意思? 望む心? 偶然?」


ワケが解らない。

混乱のあまり氷介は激昂する。


「そんな、僕はそんなこと知らない!」


対する彼女は冷たく言い放った。


「だが、それが現実なんだ……」

  

「そんな……!

   僕は、あんな凶暴な男と戦わなきゃならないのか……!?」


「残念ながら、それだけではないだろう」


「え?」


「あの男は、ある組織の一員だ。

     君が指輪を所持していることが知れたら、更なる刺客が君を襲う」


「そ、そんな……!

    ぼ、僕は普通の高校生だよ!?

          なんでそんなことに……!」


己の突然狂い始めた人生に、頭が、意識がついていかない。


その様子を見ながら彼女は口を開く。


「大丈夫だ」


「え……?」

  

彼女は、氷介の目を見据えて宣言した。




「君は、私が護るから」












☆★☆










  

廃工場と思える場所がある。

ここは都市の外れにあり、現在使われていない。

夕日は工場の中にまでは通らず、内部は薄暗い。

その中で、声という音を発する者がいた。


「くそっ、くそっ、くそっ……!」


怒りを露わにし、壁を何度も殴る。


己がたった二人に対して退いてしまったのが悔しいのではない。

もちろんそれもあるが、それ以上に失敗作はおろか

ただのガキにまで押されたという事実が許せなかった。


「俺様は優秀作だぞ!?

      なんで、なんであんなガキに……!」


「随分と、荒れておるようじゃの」


ヴァルキリーとは違う、老いた声が響く。

しかし暗がりの中から声を発しているのか、その姿は確認出来ない。

  

「クソジジイ、テメェか……」


「相変わらず威勢だけは一人前じゃな」


「あぁ? このクソ老いぼれが!

     味方じゃなけりゃ、瞬殺だぜ!? 死ね! くたばれ!」


「一応、お前達のリーダーなんじゃがなぁ……」


まぁよい、と老人は諦める。


「それで…… 『8th』 の方は?」


「……どうせ解ってんだろ、わざわざ言うつもりねぇよ」


「ふぅむ……優秀作のお前が、一体どうしたのかね?

      失敗作の始末など、比較的楽に遂行できように?」


「邪魔が入ったんだよ。 しかも、 『8th』 の適合者だ」


「 『8th』 の……?

   あの擬似精神は気高いプライドを持っておるはずじゃが……。

                  それほどの者が、この都市にいると?」


「そうなんじゃねぇのか? ちなみに高校生のガキだぜ」

「そのガキとやらにお前は撤退してしまった、と?」


「うっせぇよ! 運が悪かったんだ、運が!」


「運も実力の内……」


「ボソっと言っても聞こえてんだよ、クソジジイ!」


ヴァルキリーの怒号を無視し、影の中の老人は思考するような声を発する。


「さて、しかし…… 『8th』 が適合してしまったとなると、こちらに残るは6、9、11か……」


ふむ、と唸る。


「まだまだ数を増やさんと、まずいかもしれんのぅ」


「悪いが俺様は、ちょいと休むぜ。

     最近 『牙狼ガロウ』 が動いてるって話も聞いてるしな」


「なんじゃ、 『牙狼』 を恐れて隠れるつもりか?」


「誰でも命は惜しいだろが。

   それに、まだ俺様は 『9th』 を完璧に扱いきれてねぇ。

                  休息ついでに訓練でもしてくらぁ」


「ほっほ、それは頼もしい」


「っつーわけで、次は 『6th』 でも向かわせておけよ。

     アイツなら、 『牙狼』 が出てきても何とかなるんじゃねぇか?」


「随分と過大評価しておるのぅ。

    もしくは、己を過小評価か?」


「アイツの 『ウェポン』 はとんでもねぇからな。

     まぁ、邪魔者の始末はアイツに任せて、俺は失敗作を殺すことに専念するぜ」


「ふむ……まぁ、それもよかろうて。

         では、次にまた会おう」


「はっ、さっさと消えやがれ」


老いた声の主が消える。


「あのジジイが……アイツもいつかぜってぇ殺してやんぜ」


残されたヴァルキリーは、廃材を蹴飛ばしながら呟いた。











☆★☆









  

夜の闇がある。

都市の郊外に、一つの寂れたバー。

その前に、一組の男女の影があった。

扉を開く。

内部は外見通り寂れており、客の姿は一人も見当たらない。

その暗がりの奥のカウンターから


「やぁ、ようこそ、『J.J』へ」


バーの主にしてはやけに若い男が出迎える。


「……何でもいい、酒を頼む」


「私も」


「じゃあ、何か適当に用意するよ」


客も適当なら、主も適当だった。

カウンターに並べられた椅子に座る二人。


片方は茶色のロングコートをきた男で、歳は20代だろうか。

その目つきは鋭く、濁っている。


片方はどこにでもいそうな、ごく普通な服装で、やや童顔な女だ。

やけに楽しそうな表情をしており、男に寄り添って座っている。

  

「はい、どうぞ」


若い主が二人に酒の入ったグラスを出す。

女がすぐさまグラスを手に取り、飲む。

男は置かれたグラスを見つめている。


「飲まないの?」


「……いや、飲むさ」


男がグラスを手に取り、一口飲む。

その様子を見ていた主が口を開いた。


「わざわざこんな寂れたバーに来るってことは……もしかして、アレかな?」


「あぁ、そうだ」


即答する男に、主は 『慣れ』 を感じる。

このような情報を得ることが日常茶飯事の、裏の人間だ。


「で、どの情報が欲しいんだい?」


「…………」


男が、右手を主に見せるように掲げる。

その中指には、青い指輪がはまっていた。

  

「……なるほどね。

    君も 『奴』 の被害者というわけだ」


「……被害者、というのは語弊があるな。

        俺は望んでこの力を手にした」


「慧君は私のために指輪をつけてくれたんだよ」


女が頬を染め、嬉しそうに口を挟む。


「それは良かったね。

      お二人とも、恋人的な関係なのかな?」


「うん!」


喜んで頷く女を横目に、 『慧』 と呼ばれた男は主を睨みながら


「……アンタのナンバーは?」


「ナンバー? 話がよく解らないね」

  

「言う気はないか」


「共鳴がないってことは、離れてる証拠だよ」


「……そうだな」


しかし、と慧は付け足す。


「もし共鳴があれば、俺はアンタに命を狙われることになる」


「ははは、そんな物騒なことはしないよ……うん」


主が、自分の分のグラスに酒を注ぐ。

慧の怪訝そうな視線に気付き、グラスを少し掲げて見せ


「客がまったく来ないからねぇ……自分で飲んで消費させるってのもありだろ?」


「勝手にしろ。

     ところで話を戻すが――」


「何かな?」

  

「アンタが知ってる 『ウェポン』 の所在を教えて欲しい」


「それは、何故かな?」


「決まっている。

     回収するために、だ」


「意味ない質問するけど、悪意は?」


「その悪意を潰すためだ」


数秒の沈黙。

二人の男は視線を絡み合わせ、真意を探ろうとする。

隣では女が2杯目の酒をゴクゴクと飲んでいる。

ふと、主が諦めたように目を伏せた。


「ふぅ……まぁ、いいよ。

       僕の知る限りのことを教えよう。

           それが僕のビジネスだからね」


「報酬は弾む……そして礼を言おう」

  

「ついでに、このバーを行きつけにしてくれると嬉しいな」


「うん、いいよ」


女が軽く返事をする。

慧はその晴れやかな笑顔を半目で睨むが、女は気付かない。


「それで所在なんだけど……どのナンバーが欲しいんだい?」


「とりあえず2だ」


「悪いね、2は解らない。

      おそらくは誰の手にも渡っていないんだと思うよ」


「なら安心だ。

   しばらく命を狙われる心配はない」


「僕が知ってるナンバーは、4、6、8、9、11くらいだ」


主は、指を一本ずつ上げながら喋る。

対する慧は、三本の指を上げた。


「6、9、11は知っている……4と8を教えろ」

  

「8はつい昨日、適合者が見つかったみたいだよ。

      今はこの都市の中心付近……学校にいるみたい。

       4は、この街の……詳しい場所はわからないけど山中にあると思う」


「……そうか」


情報を頭に叩き込んだ男に、女が問う。


「どうする、慧君?

     まずは4の回収から向かう?」


「……いや、8から行こう。

     4の捜索に時間が掛かると、後々まずい」


「うん、解った」


そう言い、二人が同時に席を立つ。

  

出口へ歩いていく男女に、主は声をかけた。


「ちょっと、いいかな?」


「……何だ?」


「8の適合者……出来れば、殺すようなことはして欲しくないんだ」


一瞬、怪訝そうな顔をする男。

しかしその直後には、口元に少しばかりの笑み。


「……相手次第だな。

     狩られれば、それだけの者だったということだ」


静かに扉が開けられる。


鈴の音が、 『上狼塚慧かみおいづかけい』 の、狩りの始まりを告げた。


扉が閉まる。

鈴の音が収まる頃には静寂。

冷えるような空気が満ちる空間の中、主はポツリと呟いた。


「8の適合者が彼だとは驚きだよ……。

       出来れば、生き残って欲しいものだ……相手は残念ながら最悪だけど」


ふぅ、と一息つく音。




          「僕にはどうすることも出来ないし、するつもりもないけど、ね」

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