溺愛彼氏と溺愛彼女
晴朗高校、普通の街にある普通の高校、というには少し大きな高等学校。少しばかり近隣では有名な進学校であることから、隣町や少し遠くからも通う生徒がいる学校。
先日、入学式を終えてクラス分け、授業の説明などと行われ、本格的に授業が始まる頃。
彼らは偶然にも、自分たちとそっくりな存在を、同じクラスに見つけることとなる。
「んじゃ、適当に組んで今あげた出来事について纏める事。最低五人以上でやれよー」
世界史担当、厚切幸助先生。晴朗高校一年二組の担任教師であり、一年の世界史担当の教師でもある。
その厚切先生の言葉に生徒たちは筆記用具を手に席を立つと、各々適当に集まりだす。
高校に入学したばかりとはいえ、すでに入学から三日以上が経過している。多少なりとも交友関係は生まれ、また、同じ中学出身の友人がいれば自然とその繋がりで集まりだし、五分も経つ頃には教室のあちこちに五、六人の集まりが出来ていた。
そんな中、二人で固まったまま動かない生徒がいた。
「最低五人、困ったね」
「うん……どうしよ」
廊下側の席に座る女子生徒、そしてその机に軽く寄りかかる男子生徒。誰かと組め、そう言われてすぐに席を立った男子生徒は女子生徒と合流したが、そのあとは誰かと組むこともなくぼんやりと立つだけ。
既にほとんどがそれぞれで集まっている状態。これだと、どこか他の組みに混ぜてもらわないと作業が出来ない。
「今から言うのも面倒だけど、それだと評価がなぁ。怒られるかな、やっぱり」
「……黙っていれば、ばれないかな?」
「いや、先生目の前だしね。ばれるでしょ」
考える男子生徒をよそに女子生徒は大して気にした様子もなく、教科書を広げている。どうしようかと考えつつも男子生徒が前の席に座ったところで、声がかかった。
「私たちも入れてもらっていい?」
二人がそろって顔をあげる。男子生徒と女子生徒が立っていた。
「えっと、いいよ。川木君に、天音さん」
「よろしく。坂木さんと、須藤君?」
「うん。あ、智樹でもいいから」
「ならこっちも名前でいいわ。龍に、志奈で」
席に座って簡単に名乗りあう。不意に声をかけてきた相手に、智樹たちは驚いていた。
というのも、二人は彼らと面識がない。出席番号としては近いのだが、出身中学も何も違うし、席も斜め前だったり後ろだったりと互いに顔を合わせるような場所じゃない。一番最初に行われた自己紹介の時に、名前を聞いたくらいだった。
「二人で集まったのはいいけど、友達とかまだいなくて。気づいたらほとんどもう決まってるし、どうしようかなって思っていたの」
「僕たちも同じだよ。とりあえず理子と一緒に組めれば、それでいいやって思ってたら……いつの間にか」
「ああ、そっか。坂木、理子ちゃんだっけ?」
「……うん。志奈ちゃんって、呼んでも?」
「いいわ。理子に、須藤君」
「僕は名前で呼ばないんだ?」
「ええ、龍以外の男子を名前で呼ぶ気にはならないから」
「それは分かるなぁ。ってことで、僕も天音さんに、龍君って呼ばせてもらうかな」
おかしそうに笑って智樹が志奈の言葉にうなずく。それに意外そうな顔をしたのは、志奈と龍の方だった。
「そうやってあっさり返したの、須藤君が初めて」
「……珍しい」
「んー、だって、やっぱり名前は大事だし。同じ男はともかく、女の子はね……好きな子の名前だけが、いいかなって。ねー、理子」
「……龍君って、呼んでも?」
「………いいよ」
呼びかけた智樹の向こうで、理子が龍に名前で呼ぶ許可を得ている。静かな沈黙の後、意地悪気に志奈が笑った。
「理子はそうじゃないみたいね」
「いいの。僕が勝手にそうしているだけだから」
言いつつも、智樹はあからさまに拗ねた顔をしている。顔に出てしまうタイプのようだ。
「とも?」
「ん、なーに?」
「……私が好きなのは、ともだけだよ」
「もちろん。僕も理子が好きだよ」
首を傾げた理子の発した一言に、一気に機嫌が持ち直したようで。
智樹の表情が明るくなり、にへらとだらしなく唇が緩んだ笑みを浮かべた。その笑みに理子が小さく微笑んで、お互いに幸せそうに見つめあう。
それを見ていた志奈と龍は、これまた楽しそうに顔を見合わせる。
「驚いた。目の前でこうもイチャつかれるとは思わなかった」
「……志奈も、イチャつきたい?」
「んー、後にするわ。今は、これで我慢」
志奈がなんとなしに机に置かれていた龍の手を取る。それを両手で包み、自分の頬に当てて軽く頬ずりをした。それに龍も嬉しそうに笑い、目を細める。
授業そっちのけで触れ合う四人。異様な光景に幸いにも気づく生徒はおらず、けれどそこに一人乗り込む生徒がいた。
「ごめん、いいかな?」
声をかけられ、自分たちの世界に閉じこもっていた彼らが出てくる。
男子制服を着た長身の生徒が、笑みを浮かべていた。
「よかったら同じ組にいれてもらいたいんだけど」
「あ、いいよ。えーっと……」
「長瀬詩音。自己紹介の時、いなかったんだ」
「……そういえば、二人くらい飛ばされた生徒がいたわね。貴方だったんだ」
「うん。で、よければいれてくれない?僕と、もう一人」
携帯で時間を確認しつつ、詩音が言う。志奈と智樹が頷くと、ありがとうと言いながら自分も席に座った。
「これで人数がそろったわね。ちょうどよかった」
「でもだいぶ時間経ってるし、早くやっちゃわないと。長瀬の友達は?」
「ああ、遅刻してる。もうすぐ来ると思うんだけど……まだみたいだ」
詩音が呆れたように言って、教科書を広げる。同じように智樹と志奈も教科書を広げ、さて、と頭を悩ませる。
「調べるのって四つよね。それぞれ別々に調べましょうか」
「二人で一つ調べて、残った一つは終わった人が、でいいんじゃない?」
「……私、今これを調べてる」
「あ、ごめんね理子。先に始めてたんだ。じゃあ、僕たちはこれについて」
「私と龍がこっち。勝手に決めてるけど、長瀬このどっちかでいい?」
「問題ない。じゃあ、僕はこっちを」
てきぱきと各々が調べることを確認し、作業に取り掛かる。さほど難しい調べものでは無く、五人の手が止まることは無い。
それは他のグループも同じらしく、教室は静まることなく騒がしさを維持したままだった。
そんな中、ガラリと教室の後ろの扉が開く。明るい茶髪の男子生徒が一人、悪びれた様子も無く教室に入ってきた。
「戸上!遅刻だぞ」
「すんません」
厚切先生が入ってきた生徒にそう言葉を投げると、何とも反省の見えない謝罪だけが帰ってくる。先生が溜息を吐きながら、それでももういいと言うように手を振った。存外、適当な先生だった。
戸上と呼ばれた生徒は、鞄を持ったまま適当に教室を見回すと、前の扉付近で集まるグループに近づく。智樹、理子、志奈、龍、詩音のグループだった。
「詩音」
「あ、裕馬。遅かったじゃないか」
声をかけられた詩音は、今気づいたとばかりに顔をあげて男子生徒に言った。隣の席に座って、男子生徒がガシガシと頭を掻いて詩音を睨む。
「バスが遅れたんだよ」
「それ以前に、寝坊するから悪いんだろう」
「俺、お前に起こせって言ったよな?」
「起こしたさ。そのまままた寝たのは裕馬だ」
「俺がわりぃのかよ」
「悪いんじゃないかな」
ポンポンと掛け合いが続いて、密かに顔をあげて様子を見ていた智樹たちが不思議そうな顔をした。
それに気づいた男子生徒の顔が、不機嫌に歪む。睨むような視線を受けて、それでも不思議そうな顔をしたまま、代表するように志奈が聞いた。
「長瀬、貴方の言ってた友達って、その人の事?」
「ああ、そうさ。戸上裕馬、見た目は不良だけど、根は良い奴だよ」
「一言余計だ」
「あははっ、怒るなよ」
可笑しそうに詩音が笑うと、裕馬はフンッと鼻を鳴らして顔を背けた。そんな二人の間から、特に嫌な空気は感じない。どうやら、これは二人にとって日常的な事らしかった。
志奈はシャーペンをノートの上に置いて、裕馬を見る。それから少しだけ会釈した。
「天音志奈よ、よろしく。彼は、川木龍」
「……ん、よろしく」
紹介されて、龍もまた少しだけ会釈する。面食らった顔をして、裕馬はその表情のままで自分もまた頭を下げた。
「僕は須藤智樹。智樹で良いよ」
「坂木、理子」
習うように智樹と理子が名乗り、裕馬を交えた二度目の自己紹介が終わる。
裕馬はそんな四人に、ガシガシと頭を掻いて首を捻った。
「変な奴らだな」
「いきなり失礼ね。とりあえず、戸上も早く作業をして」
「おお……で、何やってんだよ」
「説明するから、とりあえず教科書出して」
詩音がそう指示すると、裕馬は床に置きっぱなしにしていた鞄を漁り、奥まで手を突っ込んでから、
「無い」
悪びれもせずに言って、また鞄を床に置いた。
呆れたように詩音が裕馬を見て、広げていた自分の教科書を指で示す。見ろ、という事だった。
「これについて調べてる。とりあえず、読んでろ」
「おう」
素直に頷き返して、詩音はまたノートにシャーペンで文字を綴った。集中し始めた六人の間に、沈黙が続く。
そして、一足先に一つを終わらせた智樹と理子が二つ目も調べ終えたことで、課題が終わった。授業終了まで時間があり、六人は席に座ったままで互いに顔を見合わせる。
「思ったより早く終われたけど、どうしよっか」
「………のんびり、すればいいと思う」
「わざわざ騒ぐのも面倒だしね。それでいいんじゃない?」
志奈が背もたれに背中を預けて、腕を頭上に伸ばして伸びをしながら言った。その隣で、龍も頷いている。
「僕たちもゆっくりしようか」
「だな」
だらしなく足を投げ出した裕馬に、詩音が苦笑いを浮かべて手を伸ばし、髪についたゴミを摘まむ。サンキュ、と裕馬が笑った。
そんな二人を、志奈と智樹は興味深そうに見ていた。視線に気づいて、詩音は笑いながら首を傾げる。
「どうかした?」
「んー、仲良いなぁって思っただけだよ」
「そうかな?」
「ええ。友達同士にしては、距離が近すぎる気がするけど」
言われて、詩音は裕馬の位置を確認する。ゴミを取るのに少し手を伸ばして、そのまま椅子を近づけた。そのため、他にスペースはあるのに、裕馬の手と詩音の手はすぐに触れ合える位置にあって、詩音は楽しそうに笑ってその手を取った。
「友達じゃ無いからね」
「あ?」
「……友達と、違うの?」
理子が首を傾げる。プラプラと話しを聞いていなかったらしい裕馬の手を振って、詩音は頷いた。
「友達じゃ無くて、恋人さ」
続いた言葉に、志奈たち四人が目を丸くし、裕馬は面倒くさそうに溜息を吐く。詩音だけが、変わらず笑ったまま、握った裕馬の手を両手で持ち直して遊んでいた。
いち早く復活したのは志奈で、少しばかり考える様にしながら口を開く。
「同性愛は、否定しないけど……」
「生を見たのは初めてだね。吃驚した~」
志奈に続いて、智樹が言う。理子と龍の表情からも驚きが消え、特に目立った感情は見えない。
「……ぷっ、あはははっ!」
けれど、詩音だけが表情を変え、噴き出したように笑い始める。
「あー、ったく、お前は……」
続いたのは、裕馬の呆れたような言葉。詩音を見る瞳は半眼となり、笑っているのに離されない手でそのまま、ゴスッと額に軽く拳を打った。
いたっ、という声と共に笑いが治まる。片手で額を押さえながら顔をあげた詩音の眼尻に、涙が光った。
「痛いな、裕馬」
「お前が悪いだろうが」
「いいだろう。別に、隠すつもりは無いんだし」
「……?」
二人の会話に、四人は首を傾げる。詩音が四人を見回して言った。
「こんな恰好してるから、紛らわしいけど……僕、女だから」
「………おんな?」
問うように呟かれた言葉に、頷く。まじまじと、座ったままの詩音に視線が向けられた。
そのうちに理子が立ち上がり、椅子の後ろに立ち詩音と裕馬の間から腕を伸ばした彼女は、首を傾げながら詩音の胸に躊躇いも無く手を這わせた。
それに一瞬、呆気にとられた詩音が、次いでどう?とばかりに首を傾げ返す。小さな頷きが返った。
「……女の子。胸、あったよ」
「へ~。そうなんだ。んじゃ、長瀬だね」
「私は、詩音って呼んでもいいかしら?」
「別に好きに呼んでいいけど……何か、意味でもあるの?」
隣に戻ってきた理子の頭を撫でながら智樹が笑って、志奈もまた確認する。その言葉に、意味が分からず詩音が聞くと、なんてことない様に智樹から答えが返った。
「女の子は理子しか名前で呼ばないから」
「付き合ってるの?」
「うん。なぁ、理子」
「ん……ともは、私の恋人」
「理子も僕の恋人だ!」
感極まった笑みを浮かべる智樹と、小さく笑う理子からは幸せオーラしか出ておらず、それが全力で二人の言葉を肯定していた。
「志奈ちゃんは……川木君と付き合ってるの?」
「ええ。ちなみに、私は男子を龍以外名前で呼ぶつもりは無いから」
「かまわねぇよ。好きにしろ」
最後は裕馬に向けられた言葉で、ぶっきらぼうに答えが返る。手は詩音から離され、だらりと下げられていた。
答えに満足したらしい志奈が、龍の手を取り頬を寄せる。二人揃って心底嬉しそうに笑っていた。
「……面白い子たちだね」
「そうか?」
それぞれの様子に呟かれた詩音の言葉を拾った裕馬が、椅子に座りなおして彼らを眺める。
そうして手を伸ばし、サラリとした詩音の髪に指先を通して言った。
「俺たちも似たようなもんだろ」
「………だね」
相思相愛、互いが互いを愛する彼ら。
そんな彼らは偶然にも、同じ学校で、同じ教室で―――出会った。
これは、そんな彼らの、溺れるほどの愛に溢れた日常の話。
実際に、同じクラスにこんな人たちがいたらビビりますね。人目憚らず。
けれどそれが彼ら。他人の目を一切気にしない彼らの常時バカップル、笑いながら見てくださったならうれしいです。
下ではちょっとしたキャラ紹介。見るか見ないかはご自由にどうぞ。
天音志奈―――独占欲な女王様
恋人:川木龍
髪:黒髪ロングストレート
スタイル:胸は大きめ。ボンキュッボン?
我儘という事は無いが、内に秘める思いは龍への独占欲。
基本的な人当りは悪くない。ただし、龍に対する当たりは時々偉そうになったり。
「龍はずっと私といればいいわ。いいわね?」
川木龍―――無口な忠犬
恋人:天音志奈
髪:黒髪首半ばまで。
あまり話さず、志奈の傍にいる。ひたすらいる。待てと言われれば待つ。
志奈と触れ合うのを好み、尻尾があればおそらくずっと振りっぱなし。
「………ん」
坂木理子―――一途なマイペース
恋人:須藤智樹
髪:黒髪で襟足だけ少し長い。他は首半ばあたり。
スタイル:胸は、小。全体的に小柄
ゆっくりとしたマイペース。智樹に向ける笑顔が可愛い。
智樹が笑えば自分も嬉しい、癒し系(小動物)な女の子。
「とも……大好き」
須藤智樹―――一途なお調子者
恋人:坂木理子
髪:茶髪で肩上。そして跳ね。ピョンピョン跳ねる
テンションの上下が激しいお調子者。ちなみに理子が好きと言えば一気に上がる。
愛する理子の為なら火でも槍でもどんと来い、理子さえいれば何とかなる奴。
「僕も理子が大好きだよ!!」
長瀬詩音―――愉快な男装者
恋人:戸上裕馬
髪:黒髪ショート。サラサラ
スタイル:胸はボンッ、ではなく全体的にスレンダー。背が高い
楽しい事を好む男装者。男装するのはスカートよりズボンが楽だから。
裕馬との掛け合いを楽しみ、振り回すのが楽しい。自然体でデレデレ。
「裕馬、キスしようか」
戸上裕馬―――温和な不良
恋人:長瀬詩音
髪:茶髪でショート。少しツンツン
見た目は不良だが中身は優しい。ただし、口は悪いので注意が必要。
詩音とは掛け合い以外では割と素直。自然体ではぶっきらぼうにデレデレ。
「あ?キスするか」