第10話 第十話 全ては咲良のために
何を言わなくても、このまま咲良と結ばれる。
小さい頃から憧れだった咲良と結ばれ結婚する。そしていずれ子どももできる。咲良に似た可愛い子どもたちだろう。三人は欲しいと願望を語っていた咲良。28歳までに独り身だったら、そんなことは今は無意味になった。咲良が望むなら、大学卒業後、いや、子どもができ次第入籍し、夫婦になるのでもいい。
すべては僕が咲良の小指に赤い糸を結んだから──
しかし、それだけだ。僕は何もしていない。選んでもいない。ただ、咲良に選ばれただけだ。
地獄への選択肢を選ばなかった。ただそれだけで咲良の横にいる。
はたして、僕に咲良の横にいる資格があるのだろうか?
抑えきれない気持ちに蓋をできずに毎年、咲良にプロポーズしていた幼い頃の自分の方が誠実なのではないだろうか?
近くにいる為にと自分の気持ちに蓋をして、そして僕は何をした? 何を成した?
咲良の横にいる資格はあるのだろうか?
咲良の愛を受け取る資格はあるのだろうか?
咲良の気持ちも、咲良の初めても、今なら傷つけずに引き返すことができる。
そう、それが一番良いことだとわかっている。なのに、何もしないでいる。
現状の自分が一番卑劣で最低な人間だと自覚している。それでも動けないのだ……
愛を求め、自ら動き傷つく、咲良の方がよっぽど健全だ。今の僕に咲良の愛を受け入れる資格はない……
しかし、今更、以前のぬるま湯のような状態には戻れない。
拒絶して関係を断つか、全てを受け入れ身を任せるか、それとも……
「ねえ、咲良?」
「どうかしたの?」
ゆっくりと顔を上げて、僕に向かって微笑む咲良は女神のようだ。時折、鬼のようにツノが見える事もあるけれど、それを含めて咲良なのだ。僕の可愛い婚約者。
「咲良の気持ちは十分に伝わってる。僕も咲良を愛している」
「もう、いきなりどうしたの? 嬉しいけれど、愛し合いたいならもう少し我慢してね──」
「そうじゃなくて、僕の気持ちも伝えておかない──卑怯だと思って」
「あら、私の目に映る駿河はいつだって立派よ。そうじゃなきゃ、選ばないわよ」
「──そう、咲良に選ばれた。それは嬉しい。でも、それだけだ。僕には咲良に選ばれる自信がない。
告白も咲良から、両親への報告も咲良から、僕は──何一つ、何もしていない」
「そんな事はないわよ、立派だわ。私が暴走しても、にこやかに受け入れてくれる。そんな人、滅多にいないじゃない?」
「滅多にいないだけで、まったくいないわけじゃない。たまたま咲良の近くに僕が居ただけだ。もっと咲良に似合う人がいるかもしれない──」
「そんな事ないわよ」
「それに、咲良から告白も本当はちゃんと聞き取れていなかったんだ。咲良に抱きつかれてるのが嬉しくて、聞き返すのを躊躇っただけなんだ──」
「何だ、そんな事? 知ってたわよ」
「ふぇ?」
「あざとく迫れば、駿河が拒否できないだろうと思って計算してたんだけど、見事に策に嵌ってたわよね」
「計算だったんだ?」
「そうよ。初体験のも、覚悟して行ったんだから──少し飲み過ぎけど。あくまで計算して動いてるから、全てを駿河のせいにするのは違うし、駿河が責任を感じる必要はないのよ──」
「そうだったんだ」
「一番大事なのは、私が駿河の事を大好きで、駿河が私の事を大好きだって事じゃないの?」
「──」
「もしかして、私の事、好きじゃないの?」
あまりに突然の事に固まっていると、咲良が泣きそうな顔でこちらを見上げてくる。
咲良の言葉を借りればこの行動ですら計算の内になるけれど、拒絶するという選択肢はない。
優しく咲良を抱きしめた。
「大好きだよ。例え、全てが咲良の手のひらの上で踊っていたのだとしても。愛しているよ、咲良」
「私もよ」
一拍置いた後に咲良が口を開いた。
「それで、覚悟は出来たのかしら? 駿河の事だから、色々と悩んでいたんでしょう? お姉さんはすべてお見通しよ」
「ははは、咲良には敵わないな」
「今からしっかりと、旦那様をお尻に敷いておかないといけないもの」
微笑む咲良の目が笑っていない。それでもすでに覚悟を決めた僕には何の障害にもならない。咲良と家庭を作る。それは、僕が選んだ未来だ。
「大切な大好きな咲良にお願いがあるんだ。まさか、断るとか言わないよね?」
「あら、どうかしら? お願いにもよるけれど、駿河のお願いなら聞いてあげるわよ」
「僕の初めてをもらって欲しい。そして、咲良の初めてを僕にください。いいだろう?」
「ふぇっ!?」
「嫌なのかい?」
「ちょっと待って! どういう事!?」
「多分、咲良の考えてる通りだよ」
「つ、つまり──」
「まだ二人は清い関係ってことだよ。愛しの婚約者さま」
「騙したのね!」
「これでお互い様だよ。僕は咲良に愛されてるなんて知らなかったんだからね」
「もう馬鹿──」
「身体をいたわらなくていいのだから──って冗談がすぎたね。でも濃厚なキスくらいはいいだろう?」
「駿河の馬鹿!」
そう言いながらも咲良は逃げなかった。
10年分の思いを込めて、いや、咲良に思い知らせる為の口づけを交わした。




