第六話:最悪の婚約披露宴(爆発編)
結婚式当日。
会場は、吐き気がするほど煌びやかだった。
シャンデリアの光、貴婦人たちの香水の匂い、そして値踏みするような視線。
その中心で、私の「購入者」である御曹司ピギーが、脂ぎった顔でワイングラスを傾けている。
「おお、来たか! 我が愛しの花嫁よ!」
彼は私の手を取ると、これ見よがしに周囲へアピールした。
その手は湿っていて、不快だった。
「見ろ、この美しい肌を! 彼女の実家からの持参金も素晴らしいが、何よりこの器量は『第三夫人』にはもったいないくらいだ!」
周囲から、下品な笑い声と拍手が湧き上がる。
私は人形のように微笑んだまま、頭の中で計算を始めた。
(……この男の指輪、推定三百万ゴールド。でもセンスは最悪。売っても二束三文ね)
クラウスが、私の斜め後ろで合図を送ってくる。
準備は万端だ。
私のドレスの内ポケットには、昨日盗み出した「裏帳簿」が入っている。
これを突きつければ、この男の社会的地位は終わりだ。
「さあ、誓いのキスを!」
司祭が声を張り上げる。
ピギーの顔が近づいてくる。脂と安っぽい香水の匂いが鼻をつく。
(……今よ!)
私はドレスのポケットに手を伸ばした。
さあ、ショータイムだ。この豚野郎の悪事を暴露し、慰謝料として全財産を――
**「ちょっと待ったぁぁぁぁ!!」**
その時、会場の扉が吹き飛んだ。
真っ赤なドレスを着たローズマリー嬢が、炎を纏った杖を掲げて仁王立ちしている。
「ピギー! よくも私を捨てて、そんな泥棒猫と結婚しようとしたわね!」
「ロ、ローズマリー!? なぜここに!?」
「黙りなさい! 慰謝料よ! 婚約破棄の慰謝料として、貴方の全財産を頂くわ!」
**ドォォォン!**
彼女が杖を振ると、巨大な火球が放たれ、ウェディングケーキを直撃した。
クリームとスポンジが爆散し、会場は悲鳴に包まれる。
「ひいいっ! やめろ! 私の特注ケーキが!」
「あら、いい気味ね! さあ、シャルロット! 貴女もやりなさい!」
ローズマリーが私にウインクした。
ナイスアシストだ。会場の空気は完全に「修羅場」に変わった。
私はニヤリと笑い、懐から「裏帳簿」を取り出した。
「ええ、乗ったわ! 皆様、ご覧ください! これがピギー男爵家の『真実の帳簿』です!」
「な、なにっ!?」
「脱税、横領、違法取引……証拠は全てここにあります!」
私が帳簿を掲げると、貴族たちがざわめき始めた。
ピギーは顔面蒼白になり、震える指で私を指差した。
「き、貴様ら……! 衛兵! 衛兵は何をしている! この女どもを捕まえろ!」
武装した衛兵たちが雪崩れ込んでくる。
ローズマリーが炎魔法で応戦するが、多勢に無勢だ。
くっ、ここまでか……!
その時だ。
**ドガァァァァァァァン!!**
耳をつんざく轟音と共に、今度は会場の**壁**が吹き飛んだ。
悲鳴。粉塵。そして降り注ぐ瓦礫の雨。
私の目の前で、ターゲット(御曹司)が「ひいいっ!?」と情けない声を上げて尻餅をつく。
「な、なんだ!? 今度はなんだ!?」
煙が晴れていく。
そこに立っていたのは、一人の男だった。
ボロボロの布切れを腰に巻いただけの、半裸の男。
鍛え上げられた筋肉は、まるで鋼鉄の彫刻のようだ。背中には身の丈ほどもある巨大な棍棒を背負っている。
男は土足で、王都の最高級絨毯を踏みしめながら、退屈そうにあくびをした。
「あー、テステス。……おい、ここに『繁殖に適したメス』がいるって聞いたんだが」
男の声は、よく通る低音だった。
その場にいる全員が、あまりの事態に思考を停止する。
ローズマリーさえも、杖を取り落として呆然としている。
ただ一人、クラウスだけが、私の前に飛び出し、震える声で、それでも染み付いた職業病で呟いた。
「……壁の修繕費、推定八百万ゴールド。お嬢様、これは豚野郎からふんだくるより、彼に請求した方が実入りが良いかもしれません」
男の視線が、私を捉えた。
獣の目だ。
値踏みするような嫌らしい目じゃない。もっと根源的な、獲物を見つけた肉食獣の目。
「見つけた。……おい、そこの白いフリフリ」
男が私を指差す。
「お前、いい匂いがするな。俺の子を産め」
「……は?」
私の完璧な復讐計画が、音を立てて崩壊した瞬間だった。
「き、貴様! 何者だ! ここをどこだと思っている!」
最初に再起動したのは、やはり御曹司だった。
彼は顔を真っ赤にして、震える指で男を指差した。
「衛兵! 衛兵は何をしている! この不届き者を殺せ! 八つ裂きにしろ!」
御曹司のヒステリックな叫びに呼応して、会場の四方から武装した衛兵たちが雪崩れ込んでくる。
その数、ざっと三十人。完全武装の精鋭だ。
普通なら、これで終わりだ。半裸の男一人に勝ち目なんてない。
しかし、男は面倒くさそうに鼻をほじっただけだった。
「うるせえな。発情期の猿かよ」
男が背中の棍棒を、まるで小枝のように軽く振った。
ただ、それだけ。
それだけで、突撃してきた先頭の五人が、ボウリングのピンのように宙を舞った。
「なっ……!?」
会場が凍りつく。
人間が飛ぶ距離じゃない。彼らは壁に激突し、そのまま絵画のようにめり込んだ。
私は思わず叫んだ。
「ちょっと! その絵画、有名画家の真作よ! 一枚五千万はするのに!」
「下がれ! 私が出る!」
私の悲鳴(損害への)を無視して、一人の騎士が前に出た。
白銀の鎧に、青いマント。王都警備隊長であり、若き天才と名高い聖騎士、レオナルドだ。
彼なら。彼ならなんとかしてくれるかもしれない。
「貴様、何者かは知らんが、これ以上の狼藉は許さん! 神と法の名において、ここで裁く!」
レオナルドが剣を抜き、美しい構えを取る。
私はハッとした。
(待って、レオナルド様のあの鎧、ミスリル合金の特注品よね? 市場価格で二億ゴールド……!)
「レオナルド様! 逃げて! その鎧が傷ついたら保険が下りないわ!」
しかし、私の忠告は遅かった。
男はあくびを噛み殺しながら言った。
「話がなげえ」
「なにっ」
「強い方が正しい。それだけだろ?」
男が地面を蹴った。
速い。巨体に見合わない、爆発的な加速。
レオナルドが反応して剣を振るうより早く、男の拳が、聖騎士の自慢の盾を捉えていた。
**ゴォォォォン!!**
鐘を突いたような音が響き、聖騎士レオナルドが、二億ゴールドの盾ごと水平に吹き飛んだ。
彼はそのまま御曹司のテーブルに突っ込み、ウェディングケーキまみれになって沈黙した。
「……嘘でしょ。私の二億が……」
私は呆然と呟いた。
あの聖騎士が一撃? 魔法も使わずに?
この男、本当に人間なの? いや、それよりあの鎧の修理費、誰が払うの?
「さて」
男は邪魔者を排除すると、一直線に私の方へ歩いてきた。
誰も止められない。止める勇気がない。
男が私の目の前に立ち、ニカっと笑う。野性的だが、不思議と愛嬌のある笑顔だった。
「迎えに来たぞ、メス。俺の巣へ行こうぜ」
「ちょ、ちょっと待っ……!」
私が抗議する間もなく、男は私を米俵のように肩に担ぎ上げた。
視界が反転する。お尻のあたりに、男の硬い肩が食い込んで痛い。
「きゃあああっ! 下ろしなさいよ! このドレス、レンタルじゃないのよ! 破いたら弁償させるわよ!」
「暴れるな。落ちたら死ぬぞ」
男は私の抵抗(と請求)など意に介さず、出口ではなく、さっき自分が破壊した壁の大穴に向かって歩き出した。
「お、お待ちください!」
その時、私の足にしがみつく者がいた。
クラウスだ。
彼は顔面蒼白で、それでも必死に男の腰布(!)を掴んで引き止めようとしていた。
「お嬢様を……お嬢様を離してください! 彼女は商品ではありません! 私の大切な……!」
「あ? なんだお前。弱い奴はすっこんでろ」
男が鬱陶しそうに足を振るう。
それだけでクラウスは転がり、壁に頭をぶつけた。
眼鏡が飛び、額から鮮血が散る。
「クラウス!!」
私は叫んだ。
ドレスの値段も、復讐計画も、頭から吹き飛んだ。
私の計算機が壊されたからじゃない。
私の世界で一番大切な人が、傷つけられたからだ。
私が叫ぶと、クラウスはよろめきながらも立ち上がった。
額から血を流し、眼鏡が割れている。
それでも、彼の目は死んでいなかった。
「……お嬢様。私はもう、計算を間違えません」
彼は懐から何かを取り出した。
それは、店の権利書でも、帳簿でもない。
ただの、護身用の小さなナイフだった。
「店が潰れようが、世界中を敵に回そうが……貴女を失う損失に比べれば、安いものです!」
クラウスが叫び、無謀にも男の背中に飛びかかった。
もちろん、勝てるわけがない。
男は「チッ」と舌打ちし、私を担いだまま、片手でクラウスの襟首を掴み上げた。
「しつけえな。……ま、いいか。荷物持ちくらいにはなるだろ」
男はクラウスを小脇に抱えると(私は肩、執事は脇)、そのまま壁の大穴を飛び越えた。
「ちょ、ちょっと! どこ行くのよ!」
「俺の巣だ。ついてこい、弱っちいオマケども」
風が吹き抜ける。
眼下には、混乱する王都の街並みが広がっていた。
私は遠ざかるパーティー会場を見つめながら、心の中で絶叫した。
私の完璧な復讐計画。
私の平穏な結婚生活。
そして、私の黒字人生。
すべてが今、音を立てて崩れ去った。
残ったのは、半裸の野獣と、傷だらけの執事と、そして莫大な借金だけ。
***
**【本日の営業報告】**
**文責:クラウス**
* **売上:** 0ゴールド
* **経費:** 0ゴールド(強制退去のため)
* **特別損失:** 復讐計画の頓挫、および社会的信用の喪失
* **獲得案件:** 鉄拳賢者(推定危険度:Sランク)
**【クラウスの一言メモ】**
お嬢様。どうやら私たちは、とんでもない「不良債権」を拾ってしまったようです。
ですが、ご安心を。この損失は、必ず彼(賢者)に働かせて回収させます。
(第六話 完)




