第五話:安物のドレスと隠し武器
結婚式前夜。
ピギー男爵家の客室に、明日の式で着るウェディングドレスが届けられた。
「……お似合いですよ、お嬢様」
「クラウス、目が腐ったの? よく見なさい、この真珠。全部イミテーションよ」
「おや、本当ですね。市場価格で一粒五ゴールドもしないでしょう」
背後で私の髪をセットしているクラウスは、スッと目を細めてドレスを鑑定し、そして悲しげに眉を下げた。
「……見積もりが甘かったです。まさか、王都でも有数の貴族である彼らが、婚礼衣装までケチるような相手とは」
「笑っちゃうわよね。私の値段なんて、所詮この程度ってことよ」
私は鼻で笑うと、ドレスの裾を乱暴に捲り上げた。
そこには、純白の布地とは不釣り合いな、物騒なものが隠されている。
「準備は?」
「万端です。お嬢様の太もものガーターベルトには、純金の短剣(五万ゴールド)。コルセットの隙間には、無記名の小切手(ヘソクリ全額)。そして……」
クラウスは、ドレスの内ポケット(私が勝手に縫い付けた)に、一冊のノートを滑り込ませた。
昨日、彼が命がけで盗み出した「裏帳簿」だ。
「これが、明日の式の『主賓』です。誓いのキスの瞬間にこれを掲げれば、会場はどよめき、御曹司は顔面蒼白になるでしょう」
「そしてその隙に、私が金庫から『貿易権の権利書』を頂く」
「完璧なシナリオです」
私たちは鏡越しにニヤリと笑い合った。
これは結婚式ではない。
**「公開処刑」**であり、**「資産強奪ショー」**だ。
……でも。
ふと、鏡の中のクラウスの顔を見て、私の笑顔が消えた。
彼は満足げに微笑んでいる。いつもの、優秀な番頭の顔だ。
でも、違う。私が見たいのは、そんな顔じゃない。
私はふと、声を震わせた。
「ねえ、クラウス」
私が幼い頃の呼び名で呼ぶと、彼の手がピクリと止まった。
「……はい」
「私は明日、あいつと結婚するふりをするけど……本当にいいの?」
鏡越しに、彼の目を見つめる。
「計画が失敗したら、私は本当にあいつの妻になるかもしれない。……あなたは本当に、それで納得しているの?」
空気が凍りついたようだった。
さっきまでの、威勢のいい「悪だくみ」の熱気が嘘のように冷めていく。
私は、彼の「商人の仮面」を剥がそうとした。
「嫌だ」と言ってほしかった。「店なんてどうでもいいから逃げよう」と言ってほしかった。
クラウスは数秒、沈黙した。
その瞳が揺れ、唇が何かを言いかけて――そして、また「執事の仮面」を被った。
「……この計画は、商会にとって最大の利益をもたらします。番頭として、これ以上の良策はございません」
嘘つき。
あんたの手、震えてるじゃない。
「……そう。あんたがそう言うなら、そうなんでしょうね」
私は唇を噛み、立ち上がった。
もういい。これ以上聞くのは野暮だ。
私たちは「愛」を選べなかった。だからせめて、「利益」という名の絆で繋がるしかないのだ。
「行きましょう、お嬢様。明日は早い。……どうか、幸せになってくださいとは言いません。ただ、生き抜いてください」
「ええ。見てなさい、あの豚野郎の家を乗っ取るくらいの勢いで、長生きしてやるわ」
私はドレスの裾を蹴り上げ、ベッドに潜り込んだ。
眠れるわけがない。
枕の下で短剣の柄を握りしめながら、私は天井を見つめた。
明日。
明日ですべてが終わる。
私の人生が「豚の妻」として終わるか、それとも「悪名高き女商人」として始まるか。
運命のルーレットは、もう回り始めている。
***
**【本日の営業報告】**
**文責:クラウス**
* **売上:** 0ゴールド
* **経費:** 0ゴールド
* **仕入:** 安物のウェディングドレス(推定価格:3,500ゴールド)
* **在庫:** 殺意
**【クラウスの一言メモ】**
お嬢様のドレス姿は、たとえ安物であっても、この世のどんな宝石よりも輝いて見えました。
……この言葉を口に出せなかったことが、私の生涯最大の「機会損失」となるかもしれません。
(第五話 完)




