第三十九話:鏡の中の悪魔と、愛と憎しみの定義
S.G.(分身)は、私を取り囲むように立った。
その瞳には、冷徹な理性の光と、狂気じみた執着の炎が混ざり合っている。
「気づかないか、シャルロット。君がやっていることと、我々がしていることは、鏡のように対比していると」
賢者の姿をしたS.G.が、静かに語りかける。
「君は金で人を動かし、システムで世界を変えようとした。我々も同じだ。
君は光の側から、我々は闇の側から、同じ頂を目指している。
だからこそ、我々は惹かれ合う。同類だからな」
「幸福こそが市場を歪めるのだよ。満たされた人間は金を生まない。
だから我々は、世界に『欠乏』と『恐怖』を与え続ける。それが経済を回す唯一の方法だ」
「……同類?」
私は反論しようとしたが、言葉が詰まった。
否定できない。
私もまた、人の欲望を利用し、時には非情な決断を下してきた。
彼らのやり方は、私のやり方の延長線上にあるのかもしれない。
「我々の目的は『光と闇の融合』だ。
光だけでは腐敗し、闇だけでは荒廃する。
君の『正統な血(光)』と、我々の『強大な力(闇)』を混ぜ合わせることで、完全なる調和が生まれる。
そう、これこそが恒久的な平和だろ?」
S.G.たちは手を差し伸べた。
「さあ、来い。我々と一つになれば、世界は救われる」
その言葉は、甘美な毒のように私の心を侵食した。
世界平和。絶対的な支配。
それは、商人が夢見る究極のゴールだ。
私が彼らの手を取れば、全てが終わる。全てが手に入る。
その時。
「……違います」
クラウスが、私とS.G.の間に割って入った。
彼は眼鏡を外し、かつての師匠であるS.G.を真っ直ぐに見据えた。
「愛も憎しみも、執着という意味では同じだと言うつもりですか?」
「ほう。わかっているじゃないか、弟子よ」
S.G.が嘲笑う。
「愛の反対は無関心であり、憎しみの反対も無関心だ。
エネルギーのベクトルが違うだけで、本質は同じだ。
だから我々は、世界を憎みながら愛している。破壊しながら救済しているのだ」
「詭弁ですね」
クラウスは断言した。
「確かに、愛と憎しみの反対は無関心です。ですが、愛と憎しみは違います」
「何が違う?」
「愛は『生かす』力であり、憎しみは『殺す』力です」
クラウスは私を振り返った。
「お嬢様は強欲です。非情です。悪徳です。
ですが、お嬢様は決して人を殺しません。
生かして、働かせて、搾り取る。
その結果、関わった人々は皆、以前より逞しく、生き生きとしているではありませんか」
私はハッとした。
ピギー男爵。ジェラール王子。ソフィア。
みんな、私に巻き込まれて酷い目に遭ったけど、死んではいない。むしろ、それぞれの場所で(変な方向に)輝いている。
「対して、貴方達は奪うだけだ。命を、尊厳を、未来を。
それは商売ではない。ただの略奪です」
クラウスの言葉が、私の迷いを吹き飛ばした。
そうだ。私は商人だ。
商売とは、価値の交換だ。一方的な略奪なんて、私の美学に反する!
「……よく言ったわ、クラウス」
私はS.G.の手を払いのけた。
「聞いたでしょ? あんたたちとは決定的に違うのよ。
私は『生かす強欲』。あんたたちは『殺す強欲』。
同類なんて言わないで。虫唾が走るわ!」
S.G.たちの表情から、笑みが消えた。
「……残念だ。理解し合えると思ったのだが」
「交渉決裂だな。ならば、力ずくで融合させてもらう」
S.G.から、どす黒い魔力が溢れ出す。
空間が歪み、城が震える。
「総員、戦闘準備!
この『不良債権(S.G.)』を強制執行(ぶっ飛ば)して、世界の市場を開放するわよ!」
私の号令と共に、最後の戦いが始まった。
***
**【本日の営業報告】**
**文責:クラウス**
* **売上:** 0ゴールド
* **契約:** S.G.との交渉決裂
* **獲得:** 迷いのない心、および「愛」の定義
* **現在のステータス:** 最終決戦開始
**【クラウスの一言メモ】**
師匠。貴方は計算を間違えました。
愛とは、数字では測れない「無限の価値」を生み出す投資なのです。
……この私が、こんな青臭いことを言うようになるとは。お嬢様の影響ですね。
(第三十九話 完)




