第三話:監禁生活の優雅な日常(あるいは内部工作)
監禁生活四日目。
ピギー男爵家の屋敷は、奇妙な熱気に包まれていた。
「お嬢様! 本日のティータイムには、東方の茶葉をご用意いたしました!」
「あら、気が利くわね、マリー。……で、例の件は?」
「はいっ! 旦那様の浮気相手のリスト、および隠し子の住所録です!」
メイドのマリー(昨日まで私を監視していた係)が、満面の笑みでメモを差し出してきた。
私はそれを受け取り、代わりに一枚の金貨を彼女のエプロンに滑り込ませる。
「いい仕事よ。これは『コンサルティング料』の還付金だと思って」
「ありがとうございます! 一生ついていきます、シャルロット様!」
マリーは頬を染めて退室した。
ふう、と紅茶を啜る。
……チョロい。あまりにもチョロすぎる。
***
私たちがこの屋敷でやったことは単純だ。
**「福利厚生の改善」**である。
この屋敷の主、ピギー御曹司は、典型的な「ブラック経営者」だった。
使用人への給与は遅配し、パワハラは日常茶飯事。彼らの不満は爆発寸前だった。
そこに、私とクラウスという「プロの経営コンサル(自称)」が現れたのだ。
クラウスは厨房に入り込み、食材の管理体制を見直して廃棄ロスを削減。浮いた予算でシェフに極上のワインを振る舞い、胃袋とプライドを掌握した。
私はメイドたちの恋愛相談に乗りつつ、「あいつ(御曹司)の財布からチップを抜く方法」を伝授し、心を掌握した。
結果。
現在、この屋敷の実質的な支配権は、監禁されているはずの私たちが握っている。
「……お嬢様。警備兵のトーマスから報告が」
「なに?」
「『旦那様が今夜、カジノで大負けして帰ってくる予定です。機嫌が悪いのでご注意を』とのことです」
「情報が早いわね。トーマスにもボーナスを弾んでおいて」
「畏まりました。……ちなみに、その原資は?」
「もちろん、ピギーの金庫から抜いた小銭よ」
私たちは顔を見合わせて笑った。
敵の金で敵の部下を買収する。これぞ商売の基本(?)だ。
コンコン、とドアがノックされる。
入ってきたのは、屋敷の執事長だった。初日は私をゴミを見るような目で見ていた厳格な老人だ。
「……シャルロット様」
「あら、どうしたの? 執事長」
「申し上げにくいのですが……旦那様が、明日の結婚式の『誓いの言葉』の練習をしたいと仰っておりまして」
「お断りします」
「ですよね。……では、『シャルロット様は極度の緊張により腹痛を起こされており、トイレから出てこられません』と伝えておきます」
「ナイスアイデアよ。あとで胃薬(という名の高級菓子)を差し入れするわ」
「ははっ、ありがたき幸せ」
執事長は恭しく一礼して去っていった。
もはや、御曹司の命令より私の仮病の方が優先されるレベルだ。
「……順調ですね、お嬢様」
「ええ。これで屋敷の中は完全に『こちらの陣地』よ」
私は窓の外を見下ろした。
庭では、庭師たちが「シャルロット様のために」と、明日の式典用の花を最高のアングルで配置してくれている。
彼らは知らない。その花道を通るのが、花嫁ではなく、屋敷を破壊する野獣(賢者)になることを。
「少し、心が痛むわね」
「おや、珍しい」
「彼ら、明日には失業するでしょう? 屋敷が潰れるんだから」
「ご安心を。優秀な人材は、我が商会で再雇用する手はずを整えております。すでに裏面接も完了済みです」
「……あんた、仕事早すぎない?」
クラウスは涼しい顔で眼鏡を拭いた。
恐ろしい男だ。屋敷を乗っ取るだけでなく、人材まで引き抜くつもりらしい。
その時。
廊下から、騒がしい足音が聞こえてきた。
使用人たちの制止する声。そして、ヒステリックな女性の叫び声。
「どきなさい! 私を誰だと思っているの!?」
「お、お待ちください! 今はシャルロット様が休憩中で……!」
「シャルロット? どこの馬の骨とも知れない泥棒猫に、様付けなんて必要ないわ!」
バン! とドアが乱暴に開け放たれた。
そこに立っていたのは、真っ赤なドレスを着た、見るからに気の強そうな貴族の令嬢だった。
「……あら」
私はカップを置いた。
どうやら、優雅な監禁生活もここまでのようだ。
最後の最後で、招かれざる客のご到着らしい。
***
**【本日の営業報告】**
**文責:クラウス**
* **売上:** 0ゴールド
* **経費:** 買収用チップ(全額、御曹司のポケットマネーより捻出)
* **獲得人材:** メイド3名、シェフ1名、警備兵2名(内定済み)
* **現在のステータス:** 屋敷の影の支配者
**【クラウスの一言メモ】**
屋敷の人間を掌握するのは容易でしたが、最後に現れた「赤いドレスの女性」。
彼女の装飾品を見る限り、ピギー男爵家よりも格上の貴族とお見受けします。
……これは、もう一波乱ありそうですね。
(第三話 完)




