第二十五話:王冠を捨てた日
聖都での騒動が落ち着いた頃。
私は大聖堂の最奥、「契約の間」にいた。
ここには、聖都の最高権力者である聖女のみが執り行える、特別な儀式がある。
**『聖絶の儀』**。
神の名において、世俗のあらゆる身分、契約、血縁を無効化し、その人間を「何者でもないただの個人」として新生させる儀式だ。
これこそが、私が聖都を目指した真の目的だった。
「……本当にいいの? シャル」
祭壇の前で、アリスが問いかける。
彼女の隣には、儀式の立会人としてソフィアも並んでいる。
「皇女という身分は、最強のカードよ。それを捨てれば、あんたはただの小娘。帝国の後ろ盾も、パパの遺産も、何もかも失うのよ?」
「構わないわ」
私は即答した。
「そんなカード、私のデッキにはいらない。私が欲しいのは『自由』というジョーカーだけよ」
私は振り返った。
礼拝堂の最前列には、父王が座っている。
変装はしていない。皇帝としての正装で、威厳を保ちながら、けれど悲しげな瞳で私を見つめている。
「……父様」
「……ああ」
父は短く答えた。
止めるつもりはないようだ。
あの握手会での騒動の後、父は私に言った。「お前の覚悟を見届けよう」と。
「始めましょう」
私が頷くと、ソフィアが厳かに祝詞を上げ始めた。
アリスが巨大なハサミ(儀式用)を手に取る。
「では、マクシミリアム=シャルロット・フォン・ガレリア。汝の『王冠』を切り落とします」
アリスがハサミを振るう。
**ジャキン!**
私の長い金髪が一房、切り落とされた。
それは象徴的な行為。
目に見えない「血の鎖」が、音を立てて断ち切られた瞬間だった。
「……宣言しなさい」
アリスが促す。
私は大きく息を吸い込み、父に向かって、そして世界に向かって高らかに宣言した。
「私、マクシミリアム=シャルロット・フォン・ガレリアは、ここに皇位継承権、および王族としての全ての特権を放棄する!」
声が堂内に響き渡る。
「これより私は、ただのシャルロット!
どこの国にも属さず、誰の妻にもならず、己の才覚のみで荒野を往く、一介の商人である!」
光が溢れた。
聖都のシステムが、私の「新しい身分(無職)」を承認したのだ。
「……見事だ」
父が立ち上がり、拍手をした。
その目から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
「行け、シャルロット。……いや、ゴールドバーグ商会の会頭よ。お前の選んだ道が、黄金に輝かんことを」
「ありがとう、パパ。……あ、これ、今月の仕送り(請求書)ね」
私は父に封筒を渡した。
中身は、聖都での滞在費や、これまでの迷惑料の請求書だ。
父は苦笑しながらそれを受け取った。
「……ちゃっかりしているな。だが、それでこそ私の娘だ」
***
大聖堂を出ると、仲間たちが待っていた。
クラウス、賢者、ルナ、レオナルド。
彼らは私の短くなった髪を見て、ニカっと笑った。
「似合ってますよ、お嬢様。……いえ、会頭」
「あ? 髪切ったのか? ま、そっちの方が動きやすくていいな」
「さっぱりしましたね! これで心機一転、稼ぎまくりましょう!」
私は空を見上げた。
どこまでも青く、広い空。
もう、私を縛るものは何もない。
「行くわよ、みんな! 次の目的地は暗黒大陸! 魔王相手に商売よ!」
「「「オーッ!」」」
私が馬車に乗り込もうとした時、袖をクイクイと引かれた。
振り返ると、ソフィアが上目遣いで私を見つめていた。
「あのぉ、すみません……」
「ん? どうしたの、ソフィア」
「お姉様についていっていいですか?」
彼女は頬を染めて言った。
「私、もっと広い世界を見てみたいんです。お金の稼ぎ方も、恋の仕方も、全部お姉様に教わりたいです!」
「……はあ。あんたねえ、私は悪徳商人よ? 聖女がついてきてどうすんの」
「じゃあ、私も悪徳聖女になります!」
ソフィアが拳を握りしめる。
実年齢は私より数百歳上のはずだが、どう見ても妹にしか見えない。
……仕方ないわね。
「……ふふ。いいわよ。採用。ただし、給料は歩合制だからね!」
「はいっ! 頑張ります、お姉様!」
私たちは馬車に乗り込み、聖都を後にした。
ガタゴトと揺れる馬車の中で、クラウスがふと尋ねてきた。
「……しかし、本当に宜しかったのですか? 皇女の身分があれば、結婚相手もよりどりみどりでしたのに」
「バカね。逆よ。皇女じゃ『選ばれる側』でしょ?」
私は窓の外、遠ざかる聖都を見つめながら言った。
「私は『選ぶ側』になりたいの。私の隣に立つ男は、家柄でも血筋でもない。私の眼鏡に適う『最高の商品』じゃなきゃ嫌なのよ!」
そう言って、私はチラッと仲間たちを見た。
鼻をほじっている賢者。
剣の手入れに余念がないレオナルド。
そして、涼しい顔で手帳を開いているクラウス。
「……ま、今のところ在庫は『野獣』と『借金まみれ』と『性悪』しかいないけどね」
「おや、手厳しい」
クラウスが苦笑する。
でも、悪くない。
この自由な空の下でなら、いつかきっと見つかるはずだ。
私だけの、最高の宝物が。
さようなら、皇女シャルロット。
こんにちは、悪徳商人シャルロット。
私の本当の人生は、ここから始まるのだ。
***
**【本日の営業報告】**
**文責:クラウス**
* **売上:** プライスレス(自由の獲得)
* **経費:** 儀式費用(アリス様への謝礼)、散髪代
* **現在の身分:** 平民(ゴールドバーグ商会・会頭)
* **次なる目的地:** 暗黒大陸
**【クラウスの一言メモ】**
お嬢様の切り落とした髪ですが、こっそり回収しておきました。
数年後、「伝説の豪商の髪」としてオークションに出せば、億の値がつくでしょう。
……これは、私の個人的な退職金積立とさせていただきます。
(第二十五話 完)




