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悪役令嬢は性悪執事とお金に溺愛される ~皇女の身分を捨てて商売を始めたら、国家予算レベルの資産と最強の夫が手に入りました~  作者: 蒼山りと


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第一話:タダより高いものはない(ただし回収はする)

 相場の格言その一。『市場マーケットにおいて、リスクのない利益フリーランチは存在しない』。

 相場の格言その二。『だが、暴落ピンチこそが最大の買いチャンスである』。


 私、マクシミリアム=シャルロット・フォン・ゴールドバーグ(通称シャル)は、王都の石畳の上で、その二つの格言を噛み締めていた。

 前者は、私の浅ましさへの戒めとして。

 そして後者は――これから始まる、私の人生最大級の「敵対的買収(復讐)」への狼煙のろしとして。


***


 事の発端は、数時間前に遡る。


 私たち「ゴールドバーグ商会(従業員二名)」は、王都の広場で路面店を開いていた。

 商品は、地方で安く仕入れた「魔除けの壺(ただの壺)」と「幸せを呼ぶペンダント(ガラス玉)」。

 売れ行きは、正直言って芳しくなかった。


「……クラウス。今日の損益分岐点は?」

「壺が一つと、ペンダントが二つ。締めて三百ゴールド。……固定費(宿代と馬の餌代)を差し引くと、赤字です」


 隣で電卓を叩いているのは、私の執事であり、商会の番頭でもあるクラウスだ。

 彼は眼鏡の奥の瞳を曇らせ、重々しく溜息をついた。


「お嬢様。このままでは、今夜は野宿です。キャッシュフローが限界です」

「嫌よ。昨日の野宿で背中が痛いんだから。……それに、あんたは逃げられないわよ」


 私は懐のポケットをポンと叩いた。

 そこには、あの夜に交わした『契約書』が入っている。


「私たちが一蓮托生だってこと、忘れてないわよね?」

「ええ。雇用契約がある限り、地獄の果てまでお供しますよ」


 クラウスは溜息をついた。

 ……鈍感な男。雇用契約だけじゃないってのに。


「……どこかに、金払いのいいカモ(投資家)は落ちてないかしら」


 私が空を仰いだ、その時だった。

 一台の豪華な馬車が、私たちの目の前で止まったのだ。


 扉が開き、降りてきたのは、見るからに「流動資産を持て余しています」という風貌の男だった。

 テカテカに光る頭髪。突き出た腹部。指にはめられた巨大な宝石の指輪。

 王都でも有数の資産家、ピギー男爵家の御曹司だ。


「おや、美しいお嬢さんだ。こんなところで何をしているのかな?」


 男は私の手を取り、ねっとりとした視線を送ってきた。

 普通なら悲鳴を上げて手を洗うところだが、私は商人の娘だ。彼の指輪の鑑定(推定三百万ゴールド)を瞬時に済ませ、営業スマイルを貼り付けた。


「まあ、素敵な旦那様。私たちはしがない行商人でして」

「ほう、行商人! 感心だねえ。私は頑張る若者を応援したいと思っているんだ」


 男はニタリと笑い、とんでもない提案を口にした。


「どうだろう。私の屋敷に来ないか? 君たちの商品を、私がまとめて買い取ろうじゃないか」

「えっ、本当ですか!?」

「ああ。それに、君たちは宿に困っているようだね。我が屋敷のゲストルームを使うといい。もちろん、**宿泊費はタダ**だ」


 ――タダ(Free)。

 その甘美な響きに、私とクラウスの眼鏡が同時に光った。


「さらに、夕食は王都一番のシェフによるフルコースを用意しよう。もちろん、これも**タダ**だ」


 ――フルコース(Dividend)。

 私とクラウスは顔を見合わせた。

 アイコンタクト一秒。脳内会議終了。


 (クラウス、リスク評価は?)

 (ハイリスクです。下心が透けて見えます)

 (でも、リターンは?)

 (……絶大です。経費削減効果に加え、フルコースという現物配当。リスクを冒してでもエントリーする価値があります)

 (採用!)


「喜んで! お供させていただきます、旦那様!」


 私たちは尻尾を振って、男の馬車に乗り込んだ。

 これが、典型的な「甘いハニートラップ」だとも知らずに。


***


 そして現在。

 私たちは、ピギー男爵家の豪華な客室にいた。

 ただし、外から鍵をかけられた状態で。


「くっ……! 開かないわ!」


 私がドアを蹴飛ばすと、扉の向こうから御曹司の高笑いが聞こえてきた。


「はっはっは! 諦めたまえ、愛しのシャルロット! その部屋は特別製だ、中からは絶対に開かない!」

「ちょっと! 話が違うじゃない! 商品を買うんじゃなかったの!?」

「買うさ! 『君』という商品をね!」


 男の声が、ねっとりと響く。


「君を一目見た時から決めていたんだ。私の『第三夫人』になってもらおう。結婚式は五日後だ。それまでそこで、花嫁修業でもしているんだな!」

「はあ!? ふざけんじゃないわよ! 誰があんたなんかと!」

「嫌ならそれでもいいが……君の連れの執事、彼がどうなってもいいのかな?」


 脅迫。

 典型的な、強引な買収手口(TOB)だ。


 足音が遠ざかっていく。

 静寂が戻った部屋で、私はドレスの裾を握りしめ、ギリリと歯ぎしりをした。


「……不覚だわ。『フリーランチは存在しない』。相場の基本を忘れていたなんて」

「申し訳ございません、お嬢様。目の前の利益に目が眩み、長期的なリスク管理を怠りました」


 クラウスも、壁に手をついて項垂れている。

 私たちは猛省した。

 タダより高いものはない。この世の全ての利益には、相応のリスク(対価)が含まれているのだ。


 だが。

 私たちは、ただ泣き寝入りして損切りするような、弱小投資家ではない。


「……ねえ、クラウス」

「はい」

「この部屋、一泊いくらくらいかしら」

「調度品のグレード、広さ、サービスを含めますと……王都の最高級ホテル並み、一泊五千ゴールドは下らないかと」


 私は顔を上げた。

 部屋の中を見渡す。

 最高級の羽毛布団。銀の燭台。壁に飾られた名画。そして、クローゼットにはオーダーメイドのドレスがずらりと並んでいる。


「……そう。五千ゴールドね」


 私の口元が、自然と歪んだ。


「あいつ、私を『買った』つもりでいるみたいだけど……高くつくわよ?」

「ええ。違約金は高く頂きましょう」


 クラウスが懐から手帳を取り出し、眼鏡の位置を直した。

 その目はもう、死んでいない。暴落相場で買い向かう、勝負師の目だ。


「お嬢様。ここから結婚式までの五日間、あいつの資産を徹底的にデューデリジェンス(資産査定)しましょう。この屋敷の金目のもの、隠し財産、脱税の証拠……全てをリストアップし、結婚式当日に叩きつけてやるのです」

「いいわね。慰謝料として、この屋敷ごと乗っ取ってやるわ」


 私たちは固く握手を交わした。

 これは監禁ではない。

 **「敵地への潜入調査(スパイ活動)」**だ。


 こうして、私たちの「悪名高き結婚詐欺(未遂)」の幕が上がった。

 震えて眠れ、豚野郎。

 お前が招き入れたのは、可憐な花嫁ではなく、飢えたハイエナ二匹だということを、骨の髄まで教えてやる。


***


**【本日の営業報告】**

**文責:クラウス**


* **売上:** 300ゴールド(壺とガラス玉)

* **経費:** 0ゴールド(宿泊費・食費は先方持ち)

* **特別損失:** 自由プライスレス

* **獲得案件:** ピギー男爵家・敵対的買収案件(推定評価額:20億ゴールド)


**【クラウスの一言メモ】**

夕食のフルコースは合格点でしたが、ワインのヴィンテージが三年ほど若すぎました。

お嬢様がこの屋敷のオーナーになった暁には、直ちに地下セラーの在庫を総入れ替えする必要がありますね。


(第一話 完)

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