第十八話:握手会の列に並ぶ皇帝陛下
聖都の中央広場。
今日は、我がゴールドバーグ商会(と聖女アリス)が主催する一大イベントの日だ。
「さあさあ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
私が声を張り上げると、広場を埋め尽くすほどの女性客が歓声を上げた。
「本日の目玉商品は二つ! 一つは、あの悲劇の貴公子・ジェラール王子との**『奇跡のハグ会』**!」
「キャーッ! ジェラール様ぁぁぁ!」
「そしてもう一つは、私シャルロットによる**『お悩み相談&握手会』**よ!」
会場は熱気に包まれている。
ジェラール王子は特設ステージの上で、キラキラと手を振っている。
彼は「僕の愛を世界に届けるチャリティーイベントだ」と信じ込んでいるが、もちろん売上は全額私の懐に入る。
「……お嬢様。列の最後尾に、妙な客が」
チケットのもぎりをしていたクラウスが、耳打ちしてきた。
私が視線を向けると、そこには明らかに不審な人物がいた。
深々とフードを被り、サングラスをかけ、マスクをしている。
だが、その体格と、隠しきれない覇気。
……パパだ。
「……また来たのね」
「どうしますか? 追い返しますか?」
「いいえ。客は客よ。金さえ払えば誰でもウェルカムだわ」
私はニヤリと笑った。
父は、震える手で最高額の「プラチナチケット(金貨百枚)」を購入し、列に並んだ。
***
そして、運命の時。
父の順番が回ってきた。
「……次の方、どうぞー」
スタッフ(ルナ)が案内する。
父は緊張した面持ちで、ステージへと上がった。
その手には、汗で湿ったチケットが握りしめられている。
(……ふふ。娘と握手するために変装までして。可愛いところあるじゃない)
私は隣のブースから、少しだけ温かい目で父を見守っていた。
しかし。
父が案内されたのは、私のブースではなかった。
「さあ、どうぞ! 存分に愛を感じてください!」
ルナが案内したのは、**ジェラール王子のブース**だった。
「……え?」
父が固まる。
目の前には、両手を広げて待ち構えるジェラール王子。
「やあ、僕の熱狂的なファンかな? 男性のファンも大歓迎だよ!」
「……は?」
「さあ、恥ずかしがらずに! 僕の胸に飛び込んでおいで!」
ジェラールは満面の笑みで、父に向かってハグの体勢を取った。
父のサングラスの奥の目が、点になるのが見えた。
「……貴様、誰だ」
「え? ジェラールだよ☆」
「……シャルロットはどこだ」
「シャル? 彼女なら隣で握手会をしているよ。でも君が買ったのは『ジェラール・プレミアム・ハグ券』だ。さあ、僕の温もりを……」
**ブチッ。**
何かが切れる音がした。
父の全身から、どす黒い殺気が噴き出す。
「……誰が! 貴様のような! 軟弱な男と! ハグしたいと思うかぁぁぁぁ!!」
**ドゴォォォォン!!**
父の鉄拳が炸裂した。
ジェラール王子は「美しい僕がぁぁぁ!」と叫びながら、星の彼方へ吹き飛んでいった。
「ひいいっ!?」
「王子が飛んだ!?」
会場はパニックだ。
父はサングラスを投げ捨て、素顔を晒して叫んだ。
「間違えた! 私が買いたかったのは娘の券だ! 金は払う! 娘と代われ!」
「ちょ、パパ! 何してんのよ!」
私が駆け寄ると、父は涙目で私に縋り付いてきた。
「シャルロット! パパだ! パパと握手してくれ! なんならハグでもいい!」
「嫌よ! イベントを台無しにして! 賠償金払ってよ!」
「払う! いくらでも払うから、一回だけハグを……!」
その時。
「時間でーす」という無機質な声と共に、賢者が父の首根っこを掴んだ。
「おい、おっさん。ルール違反だ。退場な」
「放せ! 私は皇帝だぞ! この国の支配者だぞ!」
「知るか。ここはシャルの店だ。シャルのルールが絶対だ」
賢者は父を軽々と持ち上げると、会場の外へと放り投げた。
「ぬわぁぁぁぁ! 覚えていろシャルロットォォォ! パパは諦めんぞォォォ!」
父の絶叫が遠ざかっていく。
残されたのは、破壊されたステージと、呆然とする客たち。
そして、星になったジェラール王子(行方不明)。
「……はあ」
私は頭を抱えた。
なんてことだ。
でも、ふと手元を見ると、父が置いていった「金貨百枚」と、追加の「賠償金(小切手)」があった。
「……まあ、いっか。黒字だし」
私は小切手を懐にしまい、気を取り直して叫んだ。
「さあ皆様! トラブルは解決しました! イベント再開です! 今なら『空飛ぶ王子』の目撃情報も募集しておりまーす!」
たくましい。
我ながら、商人の鑑だと思った。
***
**【本日の営業報告】**
**文責:クラウス**
* **売上:** 1200万ゴールド(チケット代+皇帝からの賠償金)
* **経費:** ステージ修繕費、ジェラール王子の捜索費用
* **トラブル:** 皇帝陛下による暴力沙汰(聖域ルール違反ギリギリ)
* **行方不明:** ジェラール王子(空の彼方へ)
**【クラウスの一言メモ】**
ジェラール王子ですが、先ほど「隣町の屋根に引っかかっているキラキラした人がいる」との通報がありました。
命に別状はないようですが、プライドは複雑骨折していると思われます。
(第十八話 完)




