第十七話:大聖堂の親子喧嘩(聖域につき暴力禁止)
聖都での生活が始まって数日。
私とアリスの「悪徳コンサル」は順調だった。
『聖女の握手会』は大盛況、『ガチャ形式の祝福』は廃課金者が続出。
聖都の財政は潤い、私の懐も温まっていた。
そんなある日。
アリスから緊急の呼び出しがかかった。
「……ちょっと、シャル。大変よ」
「どうしたの? 売上が落ちた?」
「違うわよ。……とんでもない『太客(VIP)』が来たの」
アリスの顔が引きつっている。
あの不敵な聖女が怯えている?
私は嫌な予感を抱きつつ、大聖堂の礼拝堂へと向かった。
***
礼拝堂の扉を開けると、そこには異様な光景が広がっていた。
最前列の席に、一人の男が座っている。
ただ座っているだけなのに、その背中からは圧倒的な覇気が立ち上り、周囲の空気を歪ませているようだった。
背後には、黒騎士団の精鋭たちがズラリと並んでいる。
男がゆっくりと振り返った。
白髪交じりの金髪。鋭い眼光。そして、私と同じ色の瞳。
ガレリア帝国皇帝、**アレクサンデル・フォン・ガレリア**。
私の父だ。
「……久しぶりだな、シャルロット」
父の声が、重く響いた。
私は思わず後ずさりそうになったが、クラウスが背中を支えてくれた。
そうだ。ここは聖都。聖域だ。
たとえ皇帝でも、ここでは暴力は振るえない。
「……何の用? 陛下」
「陛下、か。他人行儀だな」
父は立ち上がり、私の方へ歩いてきた。
一歩ごとに床が軋むような威圧感。
しかし、彼は私の目の前でピタリと止まり、そして――
「パパが悪かった! 帰ってきてくれ、シャルロットォォォ!!」
その場で崩れ落ち、号泣した。
「「「はあぁぁぁぁ!?」」」
私、アリス、そして隠れていたルナたちの声が重なった。
黒騎士団の面々は「またか……」という顔で天を仰いでいる。
「お前がいなくなってから、パパは夜も眠れないんだ! 食事も喉を通らない! 昨日のディナーもフルコースを三回しかおかわりできなかった!」
「食ってるじゃない!」
「心配なんだよ! こんな野蛮な世界で、お前のような可憐な花が……!」
父は私の手を握ろうとしたが、私はサッと避けた。
「触らないで。……言ったはずよ。私は帰らないって」
「なぜだ! 欲しいものがあるなら何でも言ってくれ! ドレスか? 宝石か? それとも隣国を一つ滅ぼしてほしいのか?」
「そういうところが嫌なのよ!」
私は叫んだ。
「私は自分の力で生きたいの! あんたの用意した鳥籠の中で、着せ替え人形になるのはもう御免よ!」
「鳥籠ではない! 『絶対安全圏』だ!」
「それを鳥籠って言うのよ!」
ギャーギャーと言い合う私たち。
すると、祭壇の奥からアリスが進み出てきた。
「……あの、皇帝陛下。ここは神聖な礼拝堂ですので、大声はちょっと……」
「黙れ小娘! 寄付金なら積んでやる! 金貨一億枚でどうだ!」
「い、一億……!?」
アリスの目がドルマークになった。
ちょ、待ちなさいよ。買収される気?
「アリス! 裏切ったら承知しないわよ!」
「で、でもシャル……一億よ? 聖都の修繕費が十年分……」
「私が稼がせてあげてるでしょ! 目先の金に目が眩むんじゃないわよ!」
その時。
天井の梁の上から、賢者が飛び降りてきた。
**ドスン!**
父と私の間に割って入る。
「おい、うるせえぞ。昼寝の邪魔だ」
「……貴様か。『鉄拳賢者』」
父の表情が一変した。
親バカの顔から、冷徹な皇帝の顔へ。
「我が娘をたぶらかし、連れ回している誘拐犯。……ここで八つ裂きにしてやりたいところだが」
「やれるもんならやってみろよ。ここ、暴力禁止なんだろ?」
賢者はニカっと笑い、父を挑発した。
父のこめかみに青筋が浮かぶ。
黒騎士たちが剣に手をかけるが、アリスが慌てて止める。
「ストップ! ストップです! ここで抜刀したら、国際条約違反で帝国ごと破門にしますよ!」
「……チッ」
父は舌打ちをし、手を挙げた。黒騎士たちが下がる。
さすが皇帝。理性はあるようだ。
「……いいだろう。聖域のルールは守る」
父は私に向き直り、宣言した。
「だが、諦めんぞ。私はこの街に滞在する。お前が『帰りたい』と言うまで、何度でも説得に来る」
「絶対言わないわよ!」
「言うさ。……パパの愛は、海より深く、山より高いのだからな!」
父はマントを翻し、黒騎士団を引き連れて去っていった。
嵐が過ぎ去った後のような静寂。
私はその場にへたり込んだ。
「……疲れた」
「お疲れ様です、お嬢様」
クラウスがハンカチを差し出してくれる。
「でも、厄介なことになりましたね。皇帝陛下がこの街に居座るとは」
「ええ。これじゃあ、うかつに外も歩けないわ」
「……ねえ、シャル」
アリスが金貨の計算をしながら(父が置いていった手付金だ)、ニヤニヤと笑いかけてきた。
「あんたのパパ、いいカモじゃない。この街にいる間、徹底的に搾り取ってやりましょうよ」
「……そうね」
私は顔を上げた。
そうだ。落ち込んでいる場合じゃない。
相手が皇帝だろうが父親だろうが、金払いのいい客には変わりない。
「見てなさい、クソ親父。あんたの財布が空になるまで、この街の経済を回してやるわ!」
聖都での戦いは、新たなフェーズに入った。
悪徳商人(娘) vs 過保護皇帝(父)。
聖域を舞台にした、仁義なき親子喧嘩の幕開けだ。
***
**【本日の営業報告】**
**文責:クラウス**
* **売上:** 0ゴールド(アリス様への寄付金は除く)
* **来客:** ガレリア帝国皇帝陛下(属性:親バカ・過激派)
* **トラブル:** 聖都内でのストーカー被害の懸念
**【クラウスの一言メモ】**
陛下が去り際に「シャルロットの今日のドレス、少し丈が短くないか? 寒くないか?」と心配されていました。
……あの過保護さは、ある意味で最強の防壁かもしれません。
(第十七話 完)




