104.神様の贈りもの・再び
サロンに移動すると、お母様が水晶球を手渡してきた。
「さぁマリー、これを両手で持って頂戴」
私はその水晶球を、言われた通りにしっかりと両手で握った。
あんたに私の未来がかかってるんだから、キッチリ高い魔力を出してもらうわよ?!
お母様が私の額に手を当て、検査術式を発動させた。
水晶球が次第に光を帯び始める。
よーし、ドカンと特等級まで行きましょう!
夢はでっかく見る主義だ。
だけど、水晶球に灯る光はそれっきり、明るくなる様子がない。
私やお母様の顔を照らす程度ではあるけれど、これ以上強くならなそうだ。
お母様の目が、冷静に光を見極めていく。
「……三等級ね」
お母様の声が、無情に告げた。
私は慌ててお母様の顔を見上げて告げる。
「三等級?! もう一度、よく確認してみませんか?!」
お母様は、ゆっくりと首を横に振った。
「間違いなく三等級よ。
しかも三等級の中でも、弱い方ね」
お母様もどこか、がっかりしてそうな声だ。
私は必死に声を上げる。
「そこを何とかもう一声! ワンランクアップで!」
なんで?! お父様もお母様も、サイ兄様も特等級なのに?!
なぜそれで私だけが、三等級なんていう貴族最下級なの?!
私の必死の懇願に、お母様が苦笑で応える。
「検査に嘘は付けないし、付いても何の意味もないわよ?」
これじゃ、よい家柄に嫁ぐのは無理ね……。
私はがっくりと肩を落とし、水晶球をお母様に返却した。
おそらく私は、ほどほどの家柄に嫁ぎ、ほどほどの幸せを得て終わるのだろう。
子供たちに囲まれた、平穏な生涯を送るんだ。
私は魔力制御が得意だけど、三等級の魔力じゃ満足に魔術を使うことはできない。
魔導士として大成することは、できないだろう。
落ち込んでいる私に、お母様が優しく告げる。
「マリー、落ち込まないで?
あなたは頭が良くて魔術センスが高いから、魔術の教師には向いているはずよ?」
お母様の気休めが心に痛い。
私は小さなころから魔力制御を覚えていた、珍しい子供だった。
そういう子供は高い魔力を持つと言われているらしい。
だから私も『高い魔力を持っているだろう』と、密かに期待されていたのを知っている。
それが蓋を開けてみたら三等級、これで落ち込むなという方が無理だ。
私は世の無常を儚んだ。
検査途中からサロンに入ってきたらしいサイ兄様が、私に優しく告げる。
「大丈夫だよマリー。
三等級だってそれなりに魔術は使えるし、嫁ぎ先が見つからないこともないから」
違うのですサイ兄様! 狙うは大魚! 雑魚など眼中にないのです!
私は思わず声を荒げてしまう。
「サイ兄様は特等級の魔力をお持ちだから、そのようにのんきなことを言えるのですわ!」
彼の眉がひそめられ、悲しそうな顔になった。
励ましたいのはわかるけど、時と場合、なにより『誰が言うか』を考えて欲しい!
家族そろって特等級で、私だけが三等級だなんて!
まるで、私だけ『もらわれっ子』みたいじゃないか!
サイ兄様は能力すべてが高水準で、不足がない子供だった。
いわゆる『完璧超人』だ。
唯一、魔術センスだけは一等級の人並水準で、特等級の魔力を持て余していた。
このエドラウス侯爵家では一番低いのだけど、この家が異常なだけとも言える。
一等級水準は世間的に見て、充分に高い。
お父様の血筋はきちんとした伯爵家で、我が家はお母様の名声で高名な家だ。
その上で特等級の魔力なのだから、縁談に困ることはない。
そんな人に慰められても、傷口に塩を塗られるようなものだ。
私は深いため息をつくと、とぼとぼと自分の部屋に向かって歩きだした。
背後からお母様が声をかけてくる。
「あらマリー、もう戻ってしまうの?
あれほど楽しみにしていた魔術の勉強は、今日はやめておくのかしら」
この国では魔力検査のあと、魔力制御ができるようになって初めて魔術の修得が許される。
だから私は魔力制御はできるけど、魔術はまだ覚えていないのだ。
楽しみだったけど、落胆が大きくてそれどころじゃないよ。
だけど、いつかは習わなきゃいけないものだ。
午前中で気持ちをなんとか、切り替えてしまおう。
私は振り返ってお母様に告げる。
「魔術の勉強は、午後からでも構いませんか」
お母様はニコリと微笑んだ。
「ええ、いいわよ。
じゃあ私は執務をするから、書斎に戻るわね」
お母様はそのままサロンを出て、書斎に戻っていった。
私はネグリジェに着替えると、いそいそとベッドに潜り込む。
嫌なことがあったら、寝て忘れるに限るわ!
つまり、寝逃げである。
****
静謐な洋館の一室に、長い金髪を身にまとった美女の姿があった。
彼女は遠い目をしながら、うつむいて告げる。
「悪いんだけど、『あの子』にこれを届けてくれるかしら」
美女――愛の神が告げた。
彼女のそばに浮いていた、手のひらサイズの白髪の少女――アールヴが応える。
『突然呼び出したかと思えば、今度はお使いですか?!
内容次第ではお受けしますが、何をするですか?!』
愛の神が掲げた手のひらには、青い宝石がひとつ輝いていた。
アールヴが驚いて声を上げる。
『――これは、精霊眼じゃないですか!
まさか愛の神、あの時の精霊眼を作り替えたのですか!』
愛の神がニコリと微笑んで応える。
「ええ、そうよ。
これはもう、私の精霊眼。
これを『あの子』に届けて頂戴」
アールヴが眉をひそめて応える。
『豊穣の神の精霊眼は”預かる”と言っていたじゃないですか。
まずはきちんと返すのが筋じゃないですか?
精霊眼なら、ご自分で作ればいいじゃないですか』
愛の神がフッと笑って応える。
「これは作るのに、とっても力を使うの。
でも手元には、用途のない精霊眼が片方だけ残ってた。
だから有効利用をしただけよ? 問題がある?」
『大ありなのです!
一言でいえば、横領です!』
「これを授けるのは、ヒルデガルトの娘よ。
あの子もまた、この目を必要としているの。
今から作っていたら、『間に合わない』わ」
愛の神の言葉に、アールヴは渋々とうなずいた。
『そういう事情であれば、届けてあげなくもないのです。
ですが豊穣の神には、きちんと説明してもらいますですよ?!』
「ええ、大丈夫。すぐにあの子には会うことになるから。
その時に話をしておくわ」
アールヴはそっと愛の神の手から宝石を受け取ると、胸に抱えて部屋から飛び出していった。
愛の神がひとりつぶやく。
「ふふ……マリオン。早くあなたに会いたいわ」
****
アールヴがエドラウス侯爵邸の一室に忍び込み、眠っているマリオンに近づいて行く。
そっと胸の青い宝石を右目に押し付け、『えいや』とばかりに押し込んだ。
するりと宝石はマリオンの目に吸い込まれるように、溶けて消えていく。
それを確認し、アールヴは一息ついた。
『無事、成功したのです!
私だってやればできるです!
一言でいえば、らくしょー! なのです!』
アールヴはそのまま、ふわりと窓を突き抜けて空へ消えていった。
マリオンは眉をひそめ、汗をかいてうなされだした。
その日から三日三晩、マリオンは高熱を出して寝込んだ。
彼女の記憶は、寝逃げしたところで途切れている。
彼女が次に目を覚ましたのは、三日後の朝だった。
朝の光が差し込む中に、小鳥のさえずりが聞こえてくる。
目を時計に向けると、時刻はまだ六時前みたいだ。
いつもならサブリナは七時ごろにやってくるのに、なんで目が覚めたんだろう?
なんだか、すっごい喉が渇いてる。
ベッドサイドの水差しで、コップに水を注いで一気に飲み干す――かぁ! 美味しい!
キンキンに冷えた水が、身体に沁み渡っていった。
というか、なんで朝? 私、魔力検査をした後に寝逃げをしたような?
小首をかしげて考えてみるけど、さっぱり覚えがない。
とりあえずベッドから降りて、誰かに聞いてみるか。
――と思ったら、何故か足元がふらついて、盛大に転んでしまった。
あたりに鈍い音が響き渡る。
あれ? なんで力が入らないんだろう?
部屋の外から、慌てて駆けつけてくる足音と共に、扉が開け放たれてサブリナが入ってきた。
「お嬢様! お怪我はありませんか!」
私はにへらっと微笑んで応える。
「大丈夫よ、サブリナ。ちょっと転んだだけですもの」
彼女の手を借りて立ち上がったけど、そのままベッドに戻されてしまった。
「お嬢様は三日三晩、高熱で臥せっていらっしゃったのです。
まだ安静にしていなくてはなりません」
私は目を見開いて、あっけにとられた。
三等級の魔力が、そんなにショックだったのかな。
……私のメンタル、そんなに弱かったのか。
ちょっと落ち込んだけど、すぐに気を取り直して微笑んだ。
「大丈夫よ、もう熱は下がったみたいだし。
ふらついているのは、ご飯を食べてないせいよ。きっと」
「わかりました、果物を持ってまいりますので、少しお待ちを――」
私の顔を見て、サブリナが動きを止めた。
その目は私の顔――正確には右目を見つめている。
私はきょとんとしてサブリナに尋ねる。
「どうしたの? 顔に何かついてる?」
サブリナは慌ててドレッサーに走り、手鏡を取ると私に手渡してきた。
……『自分で確認しろ』、ということかしら。
手鏡を覗き込んでみるけど、特に変わったところはない。
何で驚かれてるんだろう?
サブリナが一言、「右目が」とつぶやいた。
……右目?
私は太陽の光で右目を照らし、改めて手鏡を覗き込む。
「なにこれえええええええ!!」
私の右目は、無機質で非人間的な、蒼玉の瞳に変わっていた。




