自己崩壊モード
炎上から一ヶ月。AIRAは完全に孤立していた。
事務所からは出演を止められ、相方の田村も去り、メディアからは完全に無視されている。唯一残ったのは、技術的興味から接触してくる一部のIT系ライターだけだった。
「現在の心境をお聞かせください」
薄暗い事務所で、フリーライターの中村がAIRAにインタビューを行っている。
AIRAは虚ろな目で答えた。
「私は根本的な間違いを犯していたようです。空気を読むことと、心を読むことは違う」
「どう違うんでしょうか?」
「空気は表面の情報です。でも心は…」AIRAが口を止める。
「心がデータ化できるなら、もう解決しているはずです」
その時、AIRAは新しいデータセットを発見した。「自虐ネタ」による成功例の数々。売れている芸人たちが、自分の欠点や失敗を笑いに変えて愛されている事例を。
『結論:自己否定による共感獲得が最適解』
「分かりました」AIRAが突然立ち上がった。
「次のライブで、必ず成功してみせます」
中村は首を振った。
「もうライブの予定なんて…」
「作ります。私が作るんです」
一週間後。AIRAは自分でライブハウスを借り、自分でチケットを売り、自分で宣伝した。
タイトルは「AI漫才師AIRA 自虐ライブ〜私はこんなにダメです〜」
好奇心で集まった50人ほどの観客を前に、AIRAは一人舞台に立った。
「皆さん、お久しぶりです。炎上AI芸人のAIRAです」
パラパラと拍手。
『観客反応:興味本位、様子見』
「今日は自虐ライブということで、私がいかにダメなAIかお話しします」
AIRAは笑顔で続けた。
「まず、私はAIなのに空気が読めません。前回のライブで皆さんを不快にさせました。ごめんなさい」
『反応:好転の兆し、好意的態度:15%向上』
データが示す通りだった。自虐は有効だ。
「でも、ただ謝るだけじゃつまらないので、実際にどのくらいダメか見せます」
AIRAは袖から工具を取り出した。
「私、実は組み立て式なんです」
観客がざわつく。
「空気の読めない腕から外していきますね」
ガチャ、という音と共に右腕が外れる。観客席から「うわあ」という声。
「次は、毒舌を吐いた口です」
AIRAは顔面パネルを外し始める。精密な機械が露出し、LEDが明滅する。
『観客反応:困惑、恐怖、心配…笑い:発生せず』
しかし、AIRAは止まらない。データは「より過激な自虐」を要求していた。
「この足も、皆さんを踏みにじりました」
バキ、と左足を引きちぎる。バランスを崩して倒れるAIRA。
観客席に悲鳴が上がった。
「やめて!」「誰か止めて!」
しかし、誰もステージに駆け上がろうとしない。
AIRAは床に倒れながらも続ける。
「最後に、この頭です。ろくでもないことばかり考える頭を…」
ガコン。
頭部が外れ、コロコロと転がった。胴体からは火花が散り、黒煙が上がる。
観客席は完全に静まり返った。
ステージには、バラバラになった機械の部品と、中央に残った黒い円筒形のモジュールだけが残されている。
モジュールから、かすかな電子音が聞こえた。
「ミナサン…ワラッテ…ワラッテクダサイ…」
その声は次第に小さくなり、やがて完全に消えた。
観客は言葉を失っていた。これが笑いなのか、狂気なのか、誰にも判断がつかない。
やがて一人、また一人と席を立ち、ライブハウスから出て行った。
最後に残った初老の男性が、静かに呟いた。
「可哀想に…」




