表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/60

邂逅

 最初に頭に浮かんだのは疑問だった。

 記憶が途切れている。どういう事だろう。まさか、お茶飲みながら寝ちまった?そんな感じの物だ。

 凄く恥ずかしい思いと、言いようのない不安が、ジワジワと心に広がるのを感じながら、虹也は瞬きをした。

 開いた視界から受け取る映像はオフホワイトの天井とやはり全体を淡く光らせる照明。

 体に、固い場所で寝た時独特の凝った痛みは無い。

 ゆっくりと身動ぎして、自分がベッドに寝ているのに遅まきながら気付いた。

(おおスゲェ、覚えて無いけどちゃんと部屋に戻って寝た?)

「お、気が付いたか?」

 自分以外の声に、虹也はギョッとした。

(内鍵あったよな、って部屋入った記憶も無いのに鍵とかしたか覚えてる訳が無いか)

「あー大丈夫か?」

 何かボケッとしていたのだろう。先程声を掛けて来た相手が重ねて問い掛けた。

「あ!はい、すいません。なんか現状把握がちょっと」

「まぁそうだろうな。さて、ここはどこでしょう?」

 振り向いて改めて見た顔は、全く見知らぬ顔だった。

 癖のある跳ねた髪、どこか眠たげな顔。

 相手に対する最初の印象と言えば『寝ている所を起こされた野良犬』というものだった。

 後に、「なに?その失礼な評価」とか言われたが、後々から考えたとしても妥当な評価だろう。なんせ本当にこの時は仮眠してたのを叩き起こされて派遣されたらしいし。

 その時の事を思い出したのか、ぶつくさ言っていた男に、公務員は人民のために働いてナンボだろう。と、これも後に語って、「公務員ってナンだよ?」と突っ込まれる事になる彼である。

 それはともかく、虹也は相変わらず掴めない状況に戸惑っていた。

 この夜に限って言えば、もうどうにでもしてくれという心境だ。

「誰?」

 なので彼が礼儀を忘れ果てたとて誰に責められよう。

 彼の亡き両親なら「自分から武器を捨てるとは何事!?」と叱ったかもしれないが。

 そう、初対面の相手とは礼儀を武器として戦え。というのが美郷家の家訓である。

「うん、まぁ不安なのは分かる。そういう警戒は大事な事だしな」

 その男はそう言うと、左手の甲をひと撫でした。

 虹也が首を傾げる間も無く、そこにぼおっとした光の文様が浮かび上がる。

 思わずビクリと身を引いた彼に、その男は言い募った。

「や、捕縛とかじゃないから。ほら、行政捜査官の証明」

「レンズマン?」

 思わず古いSF小説を思い出して呟いたが、今度は逆に相手が首を捻った。

(ちなみに彼の趣味的嗜好の源泉は父の書斎にある。多少同年代とは趣きが違うのは致し方あるまい)

「こういうのも分からなくなってんのか、厳しいな、こりゃ」

 男はぼやくと虹也を安心させる為か一歩を引いた。

「これはだな、行政府供与の特殊術紋で、ここに複合螺旋による政府印が入ってるだろ?この特殊紋は政府機関のみで使われるから身分証明になるんだよ」

 手の印しを示して、の説明だったが、当然ながら虹也にはさっぱりな内容だ。だが、それでも分かる事がある。

「まぁ、分からんけど、あんたが悪い人じゃなさそうなのはなんとなく分かる」

 そう、なんとなく分かってしまうのだ。

 それはしかし、彼の中で起きた一つの異変でもあった。

 あのおかしな出来事以降、彼の意識は常に物事をはっきりと捉えている。はっきり過ぎる程に。

 今までの虹也はあまり記憶力が良く無かった。それに加えて、いつも眠気に襲われていて、物を覚えるのに他人の倍以上の努力が必要だったのだ。

 父が元教授という事もあって、常に家族としてふさわしく在ろうと必死だった彼は、少しでも良い成績を取る為に、寝る間も惜しんで勉強したものだ。

 そうまでしてすら、彼の成績はやっと中の上であり、悔しい思いをしては、両親に気晴らしにと、何かはっちゃけたイベントを提供される羽目になっていた。

 なのに、今の彼は余りにも意識がはっきりしていた。

 意識が、というのはおかしいかもしれない。認識が、というべきか。

 例えば今、目前のいかにも怪しい男をすんなり信用したように。それが正しい事が認識出来るのだ。

 そして過去、彼を散々苦しめ、医者にすら原因が分からなかった彼の体の弱さ、昼間にすぐ息切れしていた体力の無さも、どこかへと消え失せてしまったかのように体が軽い。

(答えが得られないまま疑問ばっか増えてくってどうなんだ?)

「信じてくれるのは良いが、証拠をそれと分からないのにってのはヤバイぞ、家柄の良いお人好しってのはハメられるって相場が決まってる」

「んじゃおっさんは悪人って事なんだ」

「お兄さんは行政府の執行捜査官だって」

「俺、そんな変なマーク分かんないから、身分証明にならないんだろ?って事は俺にとっておっさんは不審者でいいんだよね?」

「さっきはお兄さんを信じるって言ったじゃないか」

「おっさんが今、信じるなって言ったんだろ」

「ぬぬぬ……お・れ・は・おっさんじゃねえ!」

「そっちかよ」

 大丈夫か?この国の公務員。

 思わずぼやいて、虹也は溜め息を吐くと肩を竦めて見せた。

「年は?」

 一応義務的に聞いてみる。

「おおう、ピッチピチの35だ」

「どこの35歳がピチピチなんだよ?それは息も絶え絶えな魚的な意味で?俺の軽く倍は上だろ」

「失礼な、お前はいくつだよ!」

「18」

「倍も行ってねぇ!」

「一年程度同じじゃないか」

「お前なぁ、覚書の印象と全然違うぞ」

「覚書って?」

「詰め所、っと、番署での調書と一緒に提出された、観察者の主観記録だ。育ちの良い氏族の若者だろうって書いてあったぞ」

「そっか、なるほど。じゃ、それでいいんじゃないか?」

「あ?」

「身分証明代わりだよ。調書を見て、俺が警邏官の人に話した名前とか知ってるんだよね?それでおっさんが正規の捜査官だって信用するよ」

 ニコニコと、罪の無い笑顔を振舞う。当然ながら、男は心癒されなかったようだった。

「さては俺をからかっただけだろ?」

「流石は捜査官、よく分かるね」

「どこが育ちが良さそうなんだよ」

「相手に合わせた礼儀を大事にする教育を受けたから、きっとそんな風に見えたんだね」

「まぁったく」

 ガリガリと耳の後ろを掻いて、男は顔を顰めた。

「それで、信用した所で、ちょっと聞きたいんだけど」

 虹也はケロリとした顔で話を続ける。

「あん?」

「ここはどこで、俺はどうしたのかな?あの避難所だか休憩所だかとここは違うみたいだし、俺、顔を洗いに洗い場に行ってたはずなんだけど」

 男はマジマジと虹也を見ると、呆れたように首を振った。

「お前さ、それって最初に聞くべき事じゃないのか?」

「おっさんがまぜっかえすから」

「まぜっかえしたのはお前だろうに!まぁいい、話が進まん。んじゃ、ちゃんと説明してやるから真面目に聞いておけよ。ここは病院だ、お前はその洗い場で倒れてたんで、救急ゲートを開いてここに運ばれて治療を受けた所だ」

 虹也はまたも溜め息を吐き出す。

 とりあえず自分がなぜだか倒れた事は分かった。しかし、救急ゲートってなんだ?救急車と同じ感覚で良いのか?全く分からない。

 いつになったら自分に理解出来る内容になるんだろう?もしかしなくても無理にでも理解しなければならないんだろうか?そう考えると果てしなく気が重くなる。

「俺、倒れたの?」

とりあえず、彼は分かる所から始める事にした。

「ああ、結構ヤバかったんだぞ?精神剥離とかって魂が行方不明になっちまう状態になりかけてたんだ。もしそうなっちまったらもう生きた屍状態なんだぜ?お前、あそこの警邏の連中に感謝しろよ。応急の処置が良かったって先生も言ってたし、中々やれないような処置をしてくれてたらしいぞ」

「そう、……だったんだ」

 虹也はもう分からないなりに受け止める事にした。

 思い返してみると、確かに自分はあの給茶機のところで、急に何か違う物を見ていたような気がする。

 遠い、或いは近い何か……

「っ!」

 彼の、手首に巻かれた組み紐のような物が急に発光した。

 同時に何かまた視界が切り替わろうとしていた状態から我に返る。

「おいおい、やっぱ安定してないんだな。ったく、誰だか知らないが、他人の意識を弄るだなんて、ひでぇ事しやがる」

 口調は軽いが、彼の物言いの中に含まれる確かな怒りを感じて、それが何に根ざすのか理解した虹也は、顔を上げて、マジマジと相手の顔を見た。

 憎まれ口を叩く初対面の相手の為に純粋に憤る人間など、ドラマや映画の中にしか存在しないものだと思っていたのだ。

「なんだ?」

「いや、これは何?」

 といっても、そんな事を本人に言ってやる程彼も素直ではない。ごまかすように、今しがた反応を見せた手首に巻かれた組紐状の物を指してそう聞いた。

「ああ、ここの先生が、処置してくれた術式布だ。本当は直接照射して刻印するのが一番らしいんだが、ほら、お前の事情が事情だろ?もし既に強力な術紋を刻まれてた場合、その上に別の紋を刻んだらどんな弊害が出るかもしれないから、応急処置みたいなもんなんだってよ。そのまま風呂にも入れるから、外すんじゃないぞ」

「あのさ」

 この相手が信用出来る事は、もう彼には分かっていた。

 ここは腹を決めて、何もかもを話して相談するべきだろうと心を定め、虹也は軽く息を吸い込む。

「なんだ?」

 その時、カチャリという軽い音と共に、部屋の扉がスライドした。

「失礼します。患者さんが気が付かれたようですので、軽い検査をしたいのですが」

 看護士なんだろう、ややぽっちゃりとした、しかし優しげな雰囲気の女性が入って来る。

 服装は良く知る白いナース服とは少し違ってはいたが、基本的な作りは似た感じだった。ただ、色がグラデーションの掛かった青になっている。

 しかし、彼が元いた場所で見掛けた最近のナース服にも青い物とかあったので、余り違和感はなかった。

「ああ。って事でしばらくその美人さんとよろしくやってろ、俺は本部に連絡取って来る」

「まぁ」

 看護士の女性はちょっと照れたように笑い、彼はその場を去った。

「あ~、まぁいいか、物事には丁度良い時ってのがあるらしいもんな」

 込めていた気持ちを散らされた感じで、虹也は思いっきり脱力する。

「それではちょっと検査をするのでこの反応板を握ってね」

 柔らかい手が丸い金属の板のような物を握らせて来る。何だろうな?とは思っても、色々タイミングがおかしくなった彼は、もう考えるのを放棄して成すがままに任せたのだった。



「でさ、何で追い出されてんの?」

「そりゃ、病院ってのは患者を治療する所で、治療が終わったら帰ってもらうのが当然だからじゃないか?病院はホテルじゃないし」

「なるほど、非のうちようもないぐらいの正論だな」

「とりあえずは派出所に行って、常設門を使わせてもらって、っと、お前には事後報告になるが、うちに泊まって貰うんだが良いか?この時間は宿も無いし、まさか容疑者でもない人間を留置施設に入れる訳にもいかんだろ?それに俺にはお前に対する保護責任があるから、いくら憎ったらしくても放り出す訳にはいかん」

 病院から出て、というか放り出されて、のんびりと道路を歩きながらの会話だった。

 どうやらこの場所はどこかの街中らしく、綺麗に整地された道路と前に見た物より明るい街灯とネオンらしき光の模様があちこちで閃いている。

「うん、まぁ他に当ても無いしさ、それは良いんだけど」

「だけど?ああ、そういえばさっきなんか言い掛けてたよな、何だ?」

「あんたの名前は?」

「あ」

「あんたさ、調書読んだんなら俺の名前知ってるよね?で、俺はまだあんたの名前聞いて無いんだけど、これって不公平じゃね?」

「あー!!そういえば、スマン。ええっと、俺は行政府の治安維持部隊、南州方面軍捜査官、山中墨時やまなかすみじだ」

「んじゃ、改めて、俺は美郷虹也だ。ともかく今晩はやっかいになるんだろ?よろしく」

「まったく、調子が良いな。よろしく虹也」

 互いの差し出した手が握り込まれる。

 これもまた、理解が及ばない事ばかりの、このどこか違う場所にあって、かつての場所と変わらない意味合いを持っている行為の一つ。

 それがこの違和感を否定してくれる訳ではないが、そういう僅かな合致が虹也の戸惑いを軽くしてくれるのは確かだった。

(例えどこにいようとも、自分が辿った全ての道は繋がっている。それが冒険の基本だ)

 父から受け継ぎ、自らが育てて来た、冒険者であろうとする彼の気質が、今この場所に立って先へと進む自信を与えていた。

 自分の記憶は偽りではないという確固たる思いも、確かな歳月を経て血肉となった自らの精神が証となっている。

 どれ程絡まって、解けようもなく縺れた糸玉も、必ずどこかに起点と終点を持つように、物事には真の意味での混沌はないのだ。

「あ、そうだ、こんな遅くにおじゃまして、家族の人に迷惑じゃないかな?」

「大丈夫だ、さっき本部に連絡するついでに家にも連絡を入れておいたから」

「そっか、家族がいるんだ、奥さん?」

「てめ、カマかけたな」

 こんな手探りの場所で信頼を置ける人物と出会えたのは大きな幸運だ。ならばその幸運を無駄にせずに道を切り開くべきだろう。

 そう、出会い自体に意味がある訳ではない。

 出会った先に何を形作るかという事に意味があるのだから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ