月に虹が掛かる刻(最終話)
虹也が目を覚ますと、目前にあったのは柔らかな毛足の絨毯に覆われた床だった。
(掃除が大変そうだな)
虹也は、前に付き合っていた女の子が、母親が外国産のふかふかの毛足の絨毯を買ったは良いが、汚すのを恐れて結局しまったままだと笑い話のように言っていたのを思い出す。
「目覚めたか。良かったじゃないかまだ運があるようで」
そんなぼんやりとした状態の虹也の耳に、突然声が飛び込んで来た。
はっとして顔を上げた虹也は、新の顔が自分を見下ろしている事に気付く。
「あ、あなたは……」
同時に、虹也はなぜ自分がこの男に見覚えがあったのかに気が付いた。
「俺、あなたを知っています」
「本家で会ったからな」
虹也は起き上がりながら首を振る。
同時に素早く自分の手首の端末に触れて、墨時への緊急コールを弾いた。
新の目線がそれへと動くのを見た虹也は、気付かれた事で何らかのリアクションを覚悟したが、視線はそのまま逸らされる。
「いえ、もっと前に、俺はあなたを見た事があります。そう、今思い出しました。あなたは姉様の婚約者だった、そうですよね?」
ち、と、強い舌打ちが響く。
新はあからさまに虹也から顔を逸らし、掃き捨てるように告げた。
「俺はお前が嫌いだったよ。あいつの愛情を一身に受けて、それを当たり前だと疑いもしない最悪で思い上がったガキだったからな」
その僅かに見える口許を見ながら、虹也は彼に問い掛けた。
「だからこんなことを?俺が憎かったから関係の無い人を犠牲にしてまで俺を部品として売ろうとしたんですか?」
ふ、と、新は笑ったようだった。
「何かおかしいですか?」
「いい加減自分が世界の中心のように考えるのは止めるんだな。お前はただの餌だよ」
「餌?」
「そうだ。大物を釣り上げる為の餌に過ぎない。まあ、良いタイミングで帰って来てくれたのは助かったがな。なかなか尻尾を掴ませてくれなかった相手だったからな」
「どういう事ですか?」
「餌が物を考える必要は無いって話だ」
それ以上この件に関して話してくれなさそうだと感じた虹也は、溜め息を吐いて話を変えた。
「俺も」
虹也は蘇ったすべての記憶に、ふと、目眩に似た物を感じながら言葉を継ぐ。
これもまたあの歌の化身という少女の贈り物なのだろうか?と、虹也は新たに手に入れた真名という慣れない自分の名を記憶の片隅に転がして、どこか疲れたように思った。
「俺もあなたが嫌いだった。姉様は、あなたが来る日はいつもそわそわとして何度も鏡を見て、俺にも見た目が変ではないかって聞いたり、俺の事よりもあなたが大事なんだって、子供心にそう思っていた」
虹也は新が鼻で笑うのを聞いて、唐突に子供時代の不快感を思い出して顔をしかめた。
「ある日、たまりかねた俺は姉様に言ったんだ。『あの人と僕、どっちを選ぶつもりなの?』ってね」
新は振り向く事もしなかったが、虹也は彼が自分の言葉をじっと聞いている事をなぜか知っていた。
「そうしたら姉様はこう言った。『どうして引き算で考えるの?こういう時は足すのが正解なの。お姉ちゃんが取られるって考えるより、シロちゃんにお兄さんが増えるって考えればすごく楽しいでしょう?』ってね。姉様はいつだってそうだった。どんな事でも幸せな方向に、前向きに考える人だった」
虹也の言葉を否定も肯定もせずに、新は言葉を発しないまま虹也を見る事なく立ち続けていた。
虹也は、やはり何故か彼が続きを待っている気がして言葉を続ける。
「だから、姉様は最期にも俺に言った『今、私は自分を誇りに思う。今この時、あなたを救えるのは私だけだから。世界でただ一人、私は私の弟を救う為の術を持っている』そう言って俺に笑い掛けた。とても、綺麗な笑顔だったよ、絶対に忘れられない笑顔だった」
僅かに、微動だにしなかった新の背が揺れたのを虹也は見た。
「そうか」
低く短い言葉が零れ、沈黙が再び二人の間に横たわる。
だが、不意に新が背けていた顔を虹也に向けた。
「どうやらお迎えが来たようだぞ」
お迎えという言葉に、虹也は身構える。
自分の身柄を確保しようとしていたのが海外の人間だったと既に知っていた虹也は、新自身が自分を使うつもりではなく、雇われた彼が虹也をその相手に引き渡すつもりなのだと思っていたのだ。
なので、その言葉に、てっきり取り引き相手が現れたのだと思った。
しかし、
「虹也ふせろ!」
扉を半ば破壊して飛び込んで来たのは、墨時と、その相棒の彩花だった。
そして、短い時間に様々な事が一度に行われたのである。
虹也の周囲に白い湯気のような物がいきなり出現して押し寄せ、まるでかまくらのようなドーム状に形を成した。
それと同時に、彩花がいつの間にか新の背後を取り、指先から細いナイフのように伸びた爪をその首に押し当てる。
「おとなしくしな、まあ暴れてくれた方があたしとしちゃあ有り難いけどね」
そう警告した彩花の目が物騒な光を帯びた。
「ふ、捜査部は軍のおちこぼれが行き着く先と聞いたが、なるほどな」
そんな彩花の殺気の籠った牽制を、しかし新は軽く鼻で笑い飛ばす。
「あんだって?」
彩花の唇が歪み、その爪が閃いた。
「馬鹿が!挑発に乗るな」
新は、軽く首を傾けてそれを避け、大きく振りかぶる形となった彩華のその一撃は、空を切る事となった。
彩花に注意すると共に捜査員サポート用の端末機能を展開していた墨時だったが、彼が素早く投じたはずの捕縛網の術式は、対象を見失い、一人残された彩花を絡め取る。
「てめえ!わざとだろ!?」
わめく彩花を放置し、墨時は周囲の気配を探った。
ひやりとした気配を左斜め後方に感じた墨時は盾と反射を二重展開し振り向く。
その墨時に向け、蠢くツタのような黒い影が迫り、瞬く間に盾を破壊したが、反射に触れて、しかし反射はせずに消え去った。
「なかなか良い判断だが、まだ甘い」
再び背後に回った声に、墨時は今度は体を回転させると同時に体勢を低く落としての回し蹴りを放つ。
だが、またもや攻撃は空振りに終わった。
「てめ!パターンなんだよ!」
時を置かず、捕縛網を解除した彩花が、今正に墨時の背後に現れようとしている新へと、恐ろしい速度で迫った。
「っ、さすがは半端なりとも吸血種族と言うべきか」
新は、まともに食らいそうになった攻撃を、何処からか取り出した剣で払った。
「えらく古めかしい武器じゃないか?それにこっちの事を良く知ってるようだな?はっ、聞くべき事が増えたぜ」
虹也は、ぼんやりとした磨りガラス越しに見る風景のように一連の出来事を見て、それと同時に各々の意識をうっすらと感じ取っていた。
それゆえにこの戦いの不毛さをこの場でただ一人一番理解してもいた。
「待って!二人共!その人は敵じゃないです!」
「なんだと?」
虹也の叫びに一番に反応したのは墨時だった。
虹也をちらりと見た墨時は新の顔を注視する。
「おい、貴様、虹也の言ってる事は本当なのか?」
新はニヤリと笑うと剣を逆手に返した。
「なるほど、お前も結構器用だな、魔気とアクセスしてこっちの意識を読んだか?だが、それは案外良いやり方かもしれんぞ。読み手の力というのは完全な受動型だ。ただ世界を受け入れるだけだからうっかり融合しもする。だが、自らが動けばむしろ世界と混ざり難いかもしれん。まあ、俺自身はそっちの力は欠片もないから適当な話と聞き流せば良いんだがな」
目前の墨時を無視してのけると、新は朧な何かに守られている虹也に話しかけた。
虹也は、はっとして新を見る。
今、新は、虹也を自失の危険から助ける為の助言をしたのだ。
彼にとっては、おそらくは仇そのものと同じぐらい憎い相手だろうと虹也は自身の立場を自覚していたが、それでもそうやってさり気なく気遣ってくれた事に、虹也は大きな慰めを感じた。
一方の墨時は、その様子に何を感じたか、結局は虹也を信じた。
「どうやら、本当らしいな」
「マジかよ?」
墨時と彩花が臨戦態勢を解く。
特に彩花は憎々しげな舌打ち付きだが、それでも彼女は戦闘狂である以前に捜査官だった。
己の嗜好のまま、現場で無為に戦いを求めて動く事は出来なかったのである。
「聞き分けが良いな。だが、そもそもお前たちはこの件に関わる資格は無かったはずだが?」
「なんだと?」
憤る墨時達に向かい、新は両手に持った剣を交差させた。
すると、中空に鮮やかな立体紋章が浮かび上がる。
青い星を抱くように眠る黄金の龍の意匠。
その映像の周囲に、虹也には理解出来ない模様のような文字のような物がちらちらと光りながら浮かび上がっている。
「な、国安!……いや、この称号、帝調か」
墨時が驚愕の声を上げる。
彩花がいっそ呆れたような顔で口笛を吹いた。
「おいおい、国家安全機構自体が幻の部署だろうに、帝室調査部とか笑えるんだけど」
「白々しい驚きは結構。とっくに帝室から調査終了の命令が行っていただろう。どう申し開きするつもりだ?」
珍獣でも見るような二人に、新は冷徹に告げる。
墨時は驚いたように肩を竦めた。
「何の話だ?俺は自分の保護対象が誘拐されたと思ったんで救出に来ただけだ。仕事のパートナーがそれを手伝ってくれた。何か問題があるのか?」
新は片眉を上げてみせると、疑わしそうに墨時と彩花の顔を見る。
「まあいい、そういう事ならそいつを連れてさっさと帰るんだな。丁度俺の仕事はもう終わって帰る所だったから、特別に何もなかった事にしてやろう」
「てめえ」
その言い草に、彩花が押し殺した声で再び臨戦態勢に戻る。
「やめんか、バカ」
墨時はそんな彩花を蹴飛ばすと、新をちらりと見て、虹也に向き直った。
新に目を向けないまま、墨時は言い放つ。
「詳しい話を聞きたい所だが、どうせ話してくれはしないんだろう?俺は無駄な事は嫌いだからな。おい、さっさと帰るぞ、コウ」
ふっ、と、虹也の周囲にあったかまくら型のもやが消え去り、虹也はようやく自由に動けるようになった。
「あ、うん。おっさんも、彩花さんもありがとう」
虹也は、立ち上がって二人に頭を下げる。
そして、その後、新に向き直り、更に深々と頭を下げた。
「詳しい事は分からないけど、助けてもらった事だけは確かだと思う。だから、本当にありがとうございました」
「面白い奴だな、餌にされたのに礼を言うのか?まあ良い。そう長い事じゃないだろうが、せいぜい長く生き足掻くが良いさ。それが先に逝った者へのせめてもの手向けだろうしな」
新の言葉に、虹也は、急激に呼び起こされた強い悲しみを胸の奥に押し留めた。
全ての記憶が戻った今、虹也は自分の失った全てが鮮やかに思い出せる。
新の言葉と共に蘇ったそれらのものは、確かに虹也が絶望に生きる事を望みはしないだろうと思えた。
「そうだね、あなたが悔しがるぐらい長く生き延びてみせるよ」
だから、虹也は鮮やかに笑う。
そうして、自信に満ちた顔を新に向けた。
「ふん」
馬鹿にしたような笑みを向け、背を向けて去りゆくその相手に、虹也は心の内で呼び掛ける。
(それが、姉様をあなたから奪ったせめてもの償いでもあるから。だから、あなたも元気で、俺の兄さんになるはずだった人)
「死ぬ程やな野郎だったな」
彩花が新の消えたドアを睨みつけて吐き捨てるように言った。
どうやら相当むかついているらしい。
「帝調相手にやり合ったら俺等が独房に放り込まれるだけだぞ、ほっとけ」
墨時の言葉に、彩花は凶悪な顔で振り向いた。
「ああん?じゃあ、てめえが相手になってくれるんだろう?なんか誰かを八つ裂きにしないと収まらない気分なんだけど?」
目が釣り上がり、瞳が赤味を帯び、唇から尖った牙が覗く。
戦闘態勢の進化系である變化の状態だった。
「やめろ、馬鹿が、封印すっぞ」
墨時の方も止めてはいるが、言葉に剣呑さがある。
どうやらこっちも怒り心頭状態で放置の憂き目を見た口だったようだ。
虹也は、そんな二人を交互に見ると、ぼそりと呟いた。
「元気なのは良いけどさ、いい加減俺腹減ったんだけど。銀穂さん待ちくたびれてるんじゃないの?」
虹也の言葉に、墨時は「うっ」と詰まった。
銀穂の事を忘れていたらしい。
「まさかとは思うけど、連絡全然入れてないとかないよね?」
墨時がぎくりとした顔を向けた。
虹也は、やれやれとぼやきながら、端末を起動して、その部屋からは通信が出来ないと表示される事に気付いて扉へと向かう。
「あ、待て、お前!一人でふらふら動いたら危ないだろうが」
「もう大丈夫じゃないの?あの人が仕事は終わったみたいな事言ってたし」
「おい!あたしを無視すんな!」
虹也は騒々しい二人を引き連れて何処ともしれない道に出た。
端末を起動すると銀穂へと繋ぐ。
それは、呼び出しなど無きに等しいぐらいの素早さで接続された。
『コウちゃん!今どこ!あの人は一緒!?』
「あ、銀穂さん、俺ちょっと誘拐されちゃったんだけど、無事だから。おっさん連絡してなかったの?酷いよね」
『誘拐って!どいつよ!あたいが行ってぶちのめしてやるよ!これでも結構大きなナワバリの頭だったんだよ。って、あの人いるの?』
「うん、大丈夫、もう全部終わったから。おっさんいるよ」
と、言うが早いか、墨時の端末に呼び出しが入る。
どうやらこの端末は電話とは違い一対一という訳では無いらしかった。
墨時は虹也の顔を恨めしそうに見ると、恐る恐る端末を接続する。
『山中さん、お話があります、早く帰って来てください』
「やべえ、氏名呼びだ、殺される!」
「おっさんが悪いから」
「はっ、ざまあ」
『あら、彩花さんもいらっしゃるんですか?ちょうど良いわ、ご馳走をたくさんつくったんで寄ってくださいね』
にっこりと、笑った笑顔が思い浮かべられるぐらいにあからさまな声。
笑顔と言っても、牙を剥いたリアルな狼の笑顔だ。
戦闘種族ではない一般的な種族なら、おそらく誰もが怖いと感じるだろう。
「あ、ああ、うん、久しぶりだナー」
なぜか彩花の声も上ずっていた。
「彩花さんって、最強種族のハーフなんだよね。銀穂さんが怖いって事あるの?」
「銀穂はな、そんなに頭は良く無いんだが、変な倫理観があって、確信を持って説教してくるんだ。やられた者はトラウマになる」
「やられたんですね、彩花さん」
「ああ、あいつメンタルは結構弱いからな。しかも銀の作るメシが好きなんで、絶対服従なんだよな」
「ははあ餌付けされていると、それは仕方ないね。銀穂さん、野菜が入らなければ料理美味しいし」
「そもそも草原種族やこいつらみたいな吸血種族は自分達じゃあ料理なんかしないのがほとんどなんだ。愛情を持って食事でもてなされるって経験が無いからもう一発よ」
「なるほど、強烈だね」
『二人共、何を端末外でひそひそやってるの?良い事、は・や・く帰ってくるのよ?』
「はい!」
「わかりました!」
飛び上がるように、相手には見えないだろうに敬礼を決めて、二人は端末を切る。
「あんたらのせいであたしまで巻き添えだよ」
ぼやく彩花は、しかし、先程までの殺気は消え、なんとなく嬉しそうですらある。
「ところでここどこ?」
「地域内の倉庫街ってとこかな?もうちょっと賑やかな通りに出たら車拾って帰ろう」
「あたし飛んで行こうかな?」
「飛行許可取ってんのかよ?条例違反で現行犯逮捕すんぞこら」
「あー彩花さん飛べるんだ。人が飛ぶにも飛行許可がいるんだ」
「当たり前だろ?」
「地上十メートルまではいらないんだから低空飛べば良いじゃん」
「街灯にぶつかって死ね」
「ああん?」
「あはは」
笑って、虹也は何気なく空を見る。
街灯だけにしてはやたらと周囲が明るいと思っていた虹也だったが、空に丸い月が浮かんでいた。
「あ、満月?」
「ばっか、今日十四日だろ、満月は明日だ明日」
「あ、そうか」
こちらの世界は、というか、この国は陰暦なので月齢と日にちが合っているのだ。
「明日は祭りだぞ?お前どっか参加する所あるんじゃなかったか?」
「あ!やばい!学院に招かれてた!」
「へー、学校か、いいね、いっそもう通っちゃえば?」
「お!それ良いぞ!早速今夜銀と話そう!」
墨時が喜色を露わに賛成する。
虹也はうろんな目でその様子を見た。
「俺をダシに怒られるのを回避しようとしてるよね」
「ああーん?あ、そうだ、コウ、知ってるか?」
「なに?」
急に話題を逸らそうとする墨時に、虹也は疑わしげに目を向ける。
「お前の名前、虹って字が入ってるだろ?ごくたまーにさ、月に虹が掛かる時があるんだけどな、それは凄い吉兆なんだぞ。だからその名前を聞いた時、良い名前だ、家族に愛されてるんだなと、思ったんだ」
「……へえ」
虹也は、少し言葉を詰まらせた。
満月に虹が掛った夜、虹也は異界に飛んで両親に出会い、そして彼のそれまでの家族は炎に包まれた。
そして、再び月の周りに虹が現れた時に、虹也は慣れ親しんだあちらからこちらの世界へと飛んだのだ。
単純に吉凶を判じる事の出来ない複雑な想いがそこにはある。
だが、確かに、その名を付けてくれた両親は虹也を深く愛してくれた。
「ノリが悪いな。本当だぞ?ほら、目の魔気の反射光を今は海外と合わせてリングって呼ぶようになったけどな、昔は虹彩って呼んでたんだぞ。今は瞳孔の周辺をそう読んでるんだが、本当はリングの事を月の虹に例えて呼んでたんだ」
虹也は少し驚いて墨時を見た。
あちらでは瞳孔の周囲を単純に虹彩と読んでいた。
虹也はその謂れなどは知らないが、おそらくこちらの理由とは違うのだろうとは思う。
だが、もしかしたら、こちらの世界から伝わってそのまま使っているのかもしれない。
そう思うと、なんとなく虹也は心が暖かくなるのを感じた。
『生活の中に普通に存在するものが意外と歴史の真実を伝えているものだよ』
父の言葉を思い出し、この二つの世界が争いだけではない繋がりを持っているのかもしれないと思う事でこれ程に慰められる自分を笑う。
「お、笑ったな。そうそう、世の中面白い事、楽しい事、良い事もあっちこっちにいっぱい散りばめられてるのさ」
「ふ、そしてごまかしに使うネタもな」
彩花の言葉に墨時がその脇腹に肘打ちを入れる。
「貴様……」
「ほら、また、二人共、急ぐんだろ?知らないぞ、銀穂さんの怒りが治まらなくても」
「おお!」
「あっ!」
道を知らないままに駆け出す虹也を年長者二人が慌てて追った。
白い月の光が降り注ぐ中、人々はそれぞれの営みを続ける。
そして、月のゲートを始めとした異界へと続く扉は微睡みの刻を続けていた。
世界に響く、小さく微かな一つの歌に守られながら。
「月に虹が掛かる刻」完結いたしました。
今までこの物語をお読みいただいてありがとうございました。
心より御礼申し上げます。