表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/60

暗転

 一人になった所でなんとなく傍らの簡易ベッドにどさりと腰を下ろし、虹也は大きく息を吐き出した。

「ああっ、もう!」

 分からない事が多すぎて、いっそ全て投げ出してひと眠りしたい誘惑に駆られる。

 だが、苛立って投げやりになったところで得るものは何も無い。

 分かっていながらもやもやとした苛立ちは収まりそうもなかった。

「水周りって、洗面所もあるんかな」

 冷たい水で顔でも洗えば気分も変わるかもしれない。

 そう思って彼は思い切って部屋を出た。

 先ほどは隣の相手とのやり取りで一杯一杯だったのか気付かなかったが、ここの明かりは埋め込み型のパネル照明のようなものらしく、天井からの光は淡く拡散していて、剥き出しの蛍光灯のように無機質なものではなく柔らかで温かい。

 それは虹也をなんとなくホッとさせた。

 端の部屋の扉はレバーで開くスライド式で、彼が足を踏み入れると、スイッチも押さないのに明かりが点いた。

「おお?」

 同時に、入ってすぐの場所にあった、円筒型で彼の背丈よりやや低い高さの機械らしき物も起動する。

 透明の天頂部分で何かが動いていた。

「あ、これってもしかして立体映像?」

 それはお茶やコーヒーが淹れられて注がれる一連の動作を繰り返していて、対応するように、その動きの段階毎に下のボディ部分のパネルが灯っていく。

「もしかして給茶機?茶が出てくんの?スゲェ」

 お金が必要なのかな?などと興味深く思いながらも、ともかくそれは後回しにして部屋を一通り見てみる事にした。

 奥にはまた扉があり、同じくレバーを倒して開けるようになっている。

「トイレね、っとこっちは風呂……じゃなくてシャワーか」

 何かそれぞれに、シャワーヘッドらしき物にホースが無かったり、便器の蓋に見慣れない取っ手のような物があったりと、追求したい部分があったが、今は使うつもりは無いので記憶の引き出しに質問リストの材料として突っ込んでおく事にする。

 そのシャワー、トイレへ続く扉の手前、向かって右にあるのが手洗い兼洗面所だろう。

 やはり蛇口の上にあるのはレバーで、それを軽く押すと水が出た。

 全体の造りが、主要な行動に細かい手先の作業を必要としないようになっている。

「バリアフリー構造ってやつかな?」

 虹也の自宅は純日本家屋で、介護に明け暮れた時期はかなり苦労していた為、この構造に少し感心する。

 伝統ばかりが良い訳じゃないよな、とついぼやいてしまう程だ。

 蛇口から迸る水は冷たく清涼で、ばしゃりと被った顔に馴染みの爽快さを与えてくれて、変わらない一つの真理のように日常のカケラをくれた。

「あ、タオル無かった」

 事前に気付かない自分の間抜けさに突っ込みを入れたが、取り敢えず着ているシャツで顔を拭う。

「母さんに見られたらしこたま怒られたとこだな」

 そのまま振り向いて、いよいよ最初から気になっていた給茶機らしき物に向かい合った。

 それはまだ、天頂でリアルな3Dムービーを展開しながらパネルを光らせている。

「茶の手順はこの順番か?」

 3Dムービーというよりはホログラムムービーかな?と自分の思考を修正しながら、その手順に合わせて光るパネルに順に触れる。

 チチチ……と微かで硬質な音と共に、パネルの埋まったボディ部分の下側になにやらリング状の光の線が走り、上部の映像が確認の文字列に切り替わった。

「緑茶が選択されました。か、やっぱ文字が変だよな」

 読めるけど、と呟いて出て来た○っぽい記号を押す。

 学校で冒険クラブなどというクラブを創立し、好奇心が旺盛で行動派の彼は、こういう時に呆れる程躊躇いがない。

 カタンという音がして取り出し口らしき箇所が開いてトレーが前にせり出して来た。

「はやっ!」

 上にはカップが乗っている。

 一見して紙コップのようだが、取っ手があるし触ると少し硬い。

 内側の緑茶の熱は触れた手にごく微かに伝わり、それに比して口にしたお茶は熱かった。

「なんだ?陶器とも違うようだけど」

 お茶は彼が普段飲んでいるものより少し青さが強い気がする。

 この、一連の具体的な作業で、なんとか理不尽な今迄のあれこれを手元の茶のようにゆっくり飲み込む余裕を取り戻すと、今度は持ち前の好奇心が働いて、虹也は目前の機械の仕様が気になり出した。

 造りは単純な円筒型で、つや消しの銀に藍色の縁取りという単調な配色であり、彼の知る自販機のような華々しさはない。

「まぁ公共機関に置いてある給茶機だからな」

 凹凸も殆ど無く、パネル自体に文字も絵もないので、画像による案内が無かったら操作手順など到底分からなかっただろう。

 虹也はそのいかにもそっけない表面にそっと触れてみた。

 ひやりとした、金属というより石のような質感。

 確かに稼動しているはずなのに、そこにはモーターの唸りを感じ無かった。

 最近の家電は静音が人気だし、とか考えて今一度お茶を口に含む。

 上の透明な部分で展開するホログラムムービーは、どの角度から見ても立体に見える。

 確か既に360度から見れる立体映像投影の装置はあるはずなので、それを使っているのかも?と、そこまで考えて、ふいに彼は自分が既存の技術を元にこの装置を理解しようと考えているのがおかしくなった。

(ここは何処か違う場所なんだよなぁ、きっと)

 それでもやはり、いや、それなら尚の事、知りたいと思ってしまう。

 なぜなら、違ってはいても、ここに在るのは見知らぬ文化ではないと思えるからだ。

 奇妙に歪んで近似ではないが、どこかに確かな縁を感じさせる。

 近くて遠く、にわかには計りようもない距離感を持つ、それでも互いに全くの無関係とは思えない場所だ。

 彼の思いに応えるように、触れた指先が示すものが形を変えて浮かび上がる。

 光の線が弧を描き、途切れた円を形作る。

 飛び交う光が切れた線を繋ぐ。

 視界の全てがクリアになる。

 遮るものは何もない世界。

 遠くも近くも存在しない。

 そこにはただひたすらに沢山な今、そして選択が在った。



 異常を知らせるブザーが鳴る。

 ツィーッ!とでも表現するべきだろうその音は、意識下へ乱暴に叩き込まれる警告だった。

「なんだ!」

「救急警報だぞ!ゲストに異常が起きたんだ」

 二人は慌てて奥の保護シェル区画へ飛び込んだ。

「部屋の確認をたのむ、俺は奥を確認してくる」

「アイサ!」

 余分な会話は省き、彼等は迅速に行動した。

 一人が部屋を確認し、あと一人が奥の水場へと向かう。

 水周り部屋へと飛び込んだ年かさの方の警邏官は、そこに倒れた人影を確認した。

「おい!しっかり!」

 返事が返らない。

 彼は首から頭までを片手で固定すると、倒れた体をゆっくりと正面に向けて横たえた。

 倒れた青年の目は見開いたまま、体はぴくりともしない。

「おい、聞こえるか?」

 反応はやはりない。

 見ると、傍らにカップが転がっている。飲み物を持っていたのだろう。

 口元に手を当てると、呼吸は確認出来た。

 開いたままの目の中で、その独特の色合いの瞳孔は確かに光に反応しているが、その反応はやや鈍い。

 彼は緊張した表情のまま、一動作で一般的に警邏紋と言われる術紋を起動する。

 そのサポートを受けて倒れた青年の体を再び視認した彼は、思わず息を呑んだ。

「いかん、木下!」

 その声に、無人の部屋を確認し終えてそこに向かっていた若い警邏官が足を速めた。

「どうした?」

「まずい、意識体が剥離し掛けている。急いで封印符を持ってきてくれ」

「封印符だって?でもあれは鬼や悪霊を封じるものだろう?」

「本来はそうだが、機能自体を見ればあれは意識体を物体に封じるものだ。こういう場合の緊急措置にも有効なはずだ」

「なるほど」

 木下と呼ばれたやや若い方の警邏官は、自分のベルトに装着しているポーチを探った。

 実は緊急事態の対処の慌しさの中で巡回用の装備をまだ戻していなかったのである。

 彼は薄い、プラチナの光沢を持つ一枚のカードを取り出した。

「これを!」

 受け取った年長の警邏官は、そのカードの表面を素早く剥がす。

 接着部位を剥がされた事でカードの術紋が起動し、淡くその文様を輝かせた。

 彼は、躊躇いなくそれを倒れた青年の額に貼り付ける。

「よし、戻ったな」

 見守っていたもう一人もその言葉に安堵の表情を浮かべた。

「だが、これだと意識が覚醒出来ない状態を保持する事になる。急いで施術院に連絡して救急ゲートを繋げてもらうから、お前は本部に繋いで担当官に連絡をしてもらってくれ」

「アイサ」

 彼等の見守る中、倒れ、意識を失ったままの青年の目がゆっくりと閉じられていく。

「何が引き金になったのか分かれば良いのだがな」

 夜間担当病院を検索しながら、壮年の警邏官は気遣わしげに青年を見たのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ