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与え与えられるという事

「虹也はいつになったら体が空くのかな?」

 誠志はリビングで配信番組ホロビジョンをなんとはなしに眺めながらぼそりと口にした。

 その番組では、祭りの準備に勤しむ人々の様子を映している。

 祭りの中心である神輿に乗る少女に施される化粧の模様が今年はどのような柄かの図解紹介は、彼等にとっても参考になるものだ。

 毎年の干支や縁起物、その年の色等が複雑に関連しているので、プロの化粧師を雇えない学生は、自分達で試行錯誤しながら柄を決めていくのがいつも大変なのである。

 下手すると揉めた挙句に雰囲気がギスギスになってしまう。

 お祭りなのにそんな事になったら最悪だ。

「あいつ祭りに来れないのかなあ」

 最近友人になった相手を誠志は案外気に入っている。というか、あまりにも物を知らないので、色々と教えてやりたくなるらしい。

 世話焼き体質の面目躍如という所か。

「せっかく仲良くなったのにね」

 淡いコケモモのジュースをストローで吸い上げながら、青華もまた残念そうにぼやいた。

 青華にとってはまた話が違う。

 年が近い異性で遠慮がいらない相手などそう滅多に出会えるものではない。

 しかも彼女はある種の問題を抱える身だ。

 普通に友人と接してくれる同族の友人は、実はあまりいないのだ。

「あのさ、お兄」

「ん?」

「あたしさ、子供の頃はこの魔眼()のせいで一生友達なんか出来ないって決めつけててさ、お兄を困らせてたじゃない?」

「あー、そう言えばそんな頃があったな」

 誠志は軽く応えたが、それは実は彼にとって決して忘れられない思い出であった。

 だが、その痛みを今さら言葉に乗せて、今は落ち着いた妹にまでその痛みを分け与える必要はないという思いが、誠志にどこか飄々とした言動を取らせる。

「でもさ、ちゃんと友達は出来たね。お兄の言う通りだったよ」

「そうだろうとも。なんせ俺は万能だからな」

「それって万事に能無しって意味だよね?」

「なぜ分かった!」

「そりゃああたしはお兄の妹だからね」

 真剣さを混ぜっ返した兄に更におふざけ返して、ふふんと無駄に威張る青華。

 これが彼ら兄妹のスタイルだ。

 そんな妹に、誠志は素早くデコピンをかます。

「痛い……」

「ふ、我に隙を見せるなど甘いわ!」

 だが、ただ黙ってやられっぱなしの青華ではない。

 彼女はすかさず誠志の前に袋を開けた状態で置いてあった菓子を強奪した。

「卑怯な!」

「はっ!この私に隙を見せる己の甘さを呪うが良いわ!」

 しばしガサガサと音を立てて菓子をあさった後、青華はぽつりと呟いた。

「お兄ちゃん、ありがとう」




 ダン!と、床を蹴る音が広い屋内練習場に響く。

 重力調整の無い空間では、彼の巨躯はその自重だけで動きを阻害しそうなものだが、冷鱗族ならではのしなやかさで軽々と空中で姿勢を御して身を翻す。

「あいつ、虹也って言ったな。あの勘の良さ、一度やり合ってみたいものだ」

 ヴォヴの足に触れたボールはスピードに乗り、直線的にゴールに突き刺さった。




 繊細な細い肢が分厚い本のページを捲る。

 鋭すぎる爪が、柔らかで脆い紙を破らないように、彼女は細心の注意を払った。

「面白い。この国は本当に面白いな。此度の祭事も、収穫祭の体をしていながら龍を祭る巫女を仕立てて舞いを奉納する物だ。そうそう、この間の、確か虹也と言ったか、あの者なども、見てくれはいかにも氏族然とした顔立ちで、隠しておったが、あの封印具の奥の目はノーブルリングの光を帯びていた。あのような氏族の秘蔵っ子が外に出るなど有り得ないはず。なのに、なぜか目的も無く市井に在るようであったし。あの子からももっと色々と聞ければ良いのだが。ああ、謎を知り、それを解き明かす事のなんと甘美な事よ」

 空の民、白き羽根の紡ぎ風と呼ばれる者は、楽しげに思索の海へと飛び立った。




 良い香りが辺りを包む。

 それは、食欲をいや増す料理の匂いだった。

「あの人とコウちゃんはいつ頃帰って来るんだろう?今日は根モノ野菜を使ったスープを作ってみたんだけど、味が合うと良いな」

 ふりふりと、彼女の背後で見事な白い尾が揺れる。

「コウちゃんが来てからあの人が家庭的になった気がする。あの人はいつも優しいけど、表立ってそういう素振りを見せない人なのに、最近凄く色々気遣ってくれるし、このまま婚姻の儀を結んでくれたりとか……ああ!そうなったらどうしよう!もちろん、そうなったらコウちゃんを養子にするよね?考えてみるとコウちゃんとはまだ会って一年しないんだよね。でも、あたしが墨時に惚れたのもほとんど一瞬だったし、こういうのは時間じゃないからね。うん、縁って本当に不思議だよ。もうこうなったらあたしらって家族って事で良いよね?これって絶対世界の因果がそうなってるんだよ!種族違いだと難しいらしいけど、あたし達の間に子供がもし生まれても、コウちゃんなら良いお兄ちゃんになりそうだし、……えへへ、良いなあ、こういうのが幸せなんだよね。……あ!マズイ!スープが凄い減ってる!こ、こういう時って、えっと、ああ!落ち着け、あたし!」

 大地の民よりやや短めの指に握った玉しゃもじをあやうく取り落とし掛けて、銀穂は調理窯の火を弱めた。

 焦りながら端末を立ち上げて項目を操作する。

 この料理の作り方を紹介していたゾーンを呼び出して緊急時の対処を確認するつもりなのだ。




「コウ!!くそっ!コウ!どこだ!」

 暗い道に街灯の魔除けの光が注がれる。

 その中を、疾走する男の姿が周囲の人々の耳目を集めていた。

 墨時は人影が途切れた場所で専用端末に呼び出しコールを掛ける。

「くそ暴力女!」

『ああん?お前は挨拶とか知らない野蛮人か?』

「コウが、虹也が消えた!」

『ぷっ、おまえ!あんだけ啖呵切っておいてガード相手を掻っ攫われたのかよ?しまんねぇな相棒』

「俺を罵るのは後にしろ!手を貸せ!」

『手を貸してください、だろ?くそったれ野郎』

「手を貸してください、下衆女」

『へえ、素直じゃん。良いよ、てめぇの弱った顔を見たいしな、そっち跳ぶから周囲に邪魔者入らないようにしとけよ』

 ブツン、と、通信が強制切断される。

 独特の耳障りな反響音が墨時の耳を叩いた。

「くそっ、緊急回線が開いてないって事は意識が無い状態って事か?無事でいろよ、コウ!廃人にでもなってたら承知しないからな!」

 強い意思。



 人々の持つ一人の人間のパーツが魂という形の無い意識に集約される。


 混沌の海から浮かび上がるように、虹也は“自分”を意識した。

「俺、俺は……」

 だが、その足掻きは溺れる者のそれに似ている。

 身を支えるにはその魂の欠片はささやかすぎた。

 また沈む。

 虹也の意識がぼやけて来た時、周囲に柔らかな輝きのような、或いは遠い木霊のような何かを感じた。

「こっち」

 柔らかで温かい手が自分の手を握った。

 虹也は確かにそう感じて、その瞬間周囲への認識を失ったのだった。

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