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月に虹が掛かる刻  作者: 蒼衣翼


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遠くから微かに響く雷鳴

 覆いの被った巨大な鏡。

 肉付きは良いくせに妙に節ばった神経質そうな手がその覆いを払うと、そこに光が生じた。

 その向こうには、まるで別の世界でもあるかのようにくっきりと違う風景が広がっている。

 そうとなればその正体は知れる。

 それは鏡ではなく交信の為の道具なのだ。

「今回の不手際はこちらに責はありますまい?我らの仕掛けは間違なくなく発動した訳ですからな」

 鏡のような風情の交信機の向こう側、そこにいる人物が何事かを告げた。

「タイミングですと?馬鹿な、屋敷から十分離れた山道、ここを越えれば居住地域というギリギリの地点だ。これ以上ないタイミングでしょうに。それよりも結界に不備があったのではありませんか?そうでなければあそこに捜査官が現れた理由が分かりませんからね」

 鏡のような交信機がびりりと震えた。

 どうやら相手が声を荒げたらしい。

「なんと言われましても、今回便宜をはかったのは我らの方でしょう?いえ、確かに我らに益が無いとは申しませんが、事が成った暁にそちら様の得る物の大きさは金銭に代えられるものではありますまい?いえ、違いますよ?ええ、運命共同体、はい、はい、承知しております。ええそれはもう。はい、了承いたしました。お待ち申し上げております」

 あちら側にリアルに広がっていた映像が消え、ぽかりと闇の深遠が口を開けた。

 唐突な消失に伴う静寂を、男の含み笑いが破る。

「失敗も成功も得とする。それが取り引きというものよ」

 その自分の言葉に一人悦に入り、鏡のような通信機に丁寧に布を被せ直すと、設えられた"当主の椅子"に、ゆっくりと腰を下ろした。

「こちらの手駒は一つ潰した。無駄遣いに見えるが、どうかな?廻り回って当初の目的を果たすかもしれん。相手が女子供であろうとも、我が前に存在する以上は叩き落とすまでの事。舞台でしか生きられぬ身であるのなら、せめて主役をはりたいと思うのは当然の事ではあるまいか?」

 言って、また笑い。椅子深く身を沈めると指を鳴らしてワインを所望したのだった。





 虹也は、当然ながら今回の事件についての事情聴取があると思っていたのだが、随分な時間を待たされた挙句、聞かれたのは別の事で拍子抜けした。

「しばらくここと家の往復になるけど良いかな?」

 だから、そう言われた時、虹也は思わず墨時の顔を凝視してしまった。

 虹也からの強い視線に晒された墨時の方は、一切の表情を消して虹也を見詰めている。

「なんで今そんな話?事件の事はどうなったんだ?」

「事件の捜査権は軍本部に移った。被害者が氏族関係だからだ。ここはあくまでも臣民の安全を守る為の組織だからな」

 墨時の言葉は、事件の概要を聞かれない理由を虹也を納得させなかった。

「それならそっちの事情聴取に出頭しなきゃならないんじゃないの?俺」

 虹也は駆け引き無しで率直に尋ねる。

 それへ、墨時は少し首をかしげるような風情で答えた。

「実を言うと、何故かお前はあの件に関係が無い事になっている」

「え?」

 虹也は、多少間抜けにも聞こえる声を上げ、何事かを考えるように目を閉じる。

 関係が無い訳がない。

 どこからどう見ても、あの事件は虹也こそを狙ったものであり、運転手は巻き込まれただけだ。

 だが、国の組織であるはずの軍や捜査部を抑えられるような何者か、或いは何処かは、それに目を瞑り、あえて虹也を事件から引き剥がそうとしている。

 そういう事なのだろうと虹也は理解した。

「もしかして、俺の親族だと言っていた方達の指示なんだろうか?」

「俺にはわからんし、詮索する気もない。お前は会って話したんだろ?自分で納得するように考えとけば良いんじゃないか?間違ってても困るのはお前だけだし」

「俺が困るのは駄目だろ」

「知らん。それより、さっきの話だ。お友達がいるんだろ?そいつ等に当分会いに行けなくなるが、悪いな」

「ああ、」

 そういう話だったのか、と、虹也は呟き、また考えた。

 事件と虹也を切り離すという事は、今回の件の解決が虹也とは関係なくなるという事だ。

 という事は、この事件の終わりの定義はどこにあるのかの明確な指標はなくなる。

「困る。でも仕方ないのは分かる。でもな、それなら何がどうなったら自由行動出来るようになるんだ?」

 問われて、墨時は自分の顎を削るかのようにガリガリと指で掻いた。

 そのままムッとした顔になると、目前の虹也の皿に残った団子を手掴みで自分の口に放り込む。

「あ!」

 虹也の抗議を聞き流し、今度はその向かいのカウチにどさりと座った。

「それは俺が知りたいぐらいだ。だがな、終わりが来れば分かる。それは確かだ」

「へえ?」

 虹也は全く感銘を受け無い様子で残った菓子皿を眺め、テーブルを指で叩く。

 墨時は負けじと足でリズムを取る。

 それは一般には貧乏揺すりと言われている動作だ。

「通信は良いよね」

「ああ、心配するだろうから連絡は取るべきだろうしな。下手に騒ぎ立てるとそいつらが巻き込まれる可能性もある」

「う……」

 虹也はその可能性に思い至り、僅かに胃の辺りに痛みを感じて手でそこをさすった。

 いくらなんでも誠志や青華を巻き込む訳にはいかないという思いがある。

 そして、通信と口にした事で、虹也は忘れ去っていた大事な事を思い出し、すっくと立ち上がった。

「おっさん、ええっと」

 立ち上がった所で、それをこの場で口にするとマズいかもしれない事を思い出し、虹也は一瞬立ち竦んだが、すぐに言葉を続けた。

「今回、色々、考えてくれてありがとう。おかげで助かった」

 虹也としては、結界をものともしないエマージェンシーコールを持たせてくれた事に感謝をするつもりだったのだが、はたと、それがどうやら非公式な行いであった事に思い至り、こんな言い回しになったのである。

「おう、出来れば役立たずで終われば良かったんだが」

 正確にそれを理解した墨時は、そう応えて笑うと、手を振って虹也を座らせた。

「きっとまた来る」

 お互いに腰を落ちつけた所で墨時は顔を近付け、声を潜めて虹也に断言する。

 襲撃の事だと虹也は理解した。

「捜査官の勘ってやつ?」

 言いながらも、虹也は自分が墨時の言葉を、恐怖も無く、当然のように受け止めている事に気付く。

「連中の掛け金がデカイ。取り戻すか破滅するまで止まらない。おそらくな」

「ふ~ん」

 虹也は自分の拳に目を落とした。

 来るのが分かっているのなら備える事も出来るだろう。

 人をモノとしてしか考えていない連中に、どうにかして痛みを教えてやりたい。

 虹也はそう思い、拳を固めた。

 死者への手向けというのは傲慢かもしれない。

 だが、殴りかかられたものを殴り返す権利ぐらいはあってもいいだろう?と、今まで血を見るような喧嘩もした事もない身でそう思った自分を、虹也は少し嗤ったのだった。


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