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戦う者達

 そこは孤高の(むろ)

 しんと空気も動かぬその場所に、深い場所からようやく絞り出されたような声が響く。

「やっと」

 それへ、まるで深遠な森の木霊のように、ただそこに在る影が応える。

「やっと」




「大丈夫?災難だったわね」

 そう言う声は酷く明るかった。

 そんな、拍子抜けするような軽さで慰められて、虹也は「そうですね」としか返せない。

 考えるまでもなく、この場にいる者からすれば人が殺される事など日常茶飯時なのかもしれない。

 なにしろ元の世界で言えば警察に当たる組織なのではあるし。

 しかし、虹也からしたら、どれ程縁が薄かろうと直前まで言葉を交わした人が悪意によって害されたり、自分を物品のように扱われたりされた事実は、あまりにも刺激の強い経験だった。

 正直な気持ちで言えば、どこか安心出来る場所で心身共に癒したい所だったのである。

 だが、自分の存在が危険を招くかもしれないと承知で行ける場所などそう有りもしない。

 結果的に墨時と彩花の所属している組織である捜査部にまた保護される形になってしまったのだった。


「あったかいお茶と甘い物。口にするとちょっと元気が出るよ」

 いらないと言おうとして顔を上げた虹也は、じっと自分を心配そうに見る視線と間近で向き合う事となる。

「ありがとう」

 その瞬間、虹也の口からするりと零れたのは、拒絶ではなく礼の言葉であった。

 陰りの無い純粋な善意を撥ね除けるような行為にはむしろ気力が必要なのだと、虹也はその時思い知ったのである。

 その女性が、以前にもそうやってお茶を出してくれた相手だと虹也は認識し、相手の態度が以前より柔らかくなっている事に気付いて、その事は少しだけ嬉しいと思ったりもした。

 そして、そんな気持ちの余裕が持てた自分にむしろ驚く。

 女性が出してくれた菓子は和菓子風の物で、半透明の被膜越しに餡のような赤茶色の芯が見えるお団子のような物だった。

 一口サイズのそれを竹の楊枝で口に運ぶと、ほの甘い皮が解けるようにほぐれ、上品な漉し餡が舌に触れる。

 お茶は口許に寄せた途端にふわりと香りに包まれるような豊かな香りと味わいの緑茶だ。

 おそらく以前に出してくれた良い方のお茶と同じ物だろう。


 虹也は、ふと、子供の頃菓子と言えば和菓子だった事を思い出した。

 高齢な両親は、それでも洋菓子が嫌いという訳では無かったが、和菓子の繊細な味わいの方を好んでいたのである。

 両親の選んだ菓子は安物では無い専門店の物か、母自身が手作りをした物で、その全てが本当に美味しかった。

 虹也が若いのに和菓子派なのはなるべくしてそうなったという事だ。

 バレンタインデーになぜかもみじ饅頭をくれた女子と付き合った事もある。

 恋人同士というよりも段々親友同士みたいになってしまったのは、きっと相性が良すぎたのだろう。

 たゆたう湯気を透かし見るように思い出した記憶の優しいひと時は、疲れた心を癒してくれた。

「そうか」

 ここの人達が深刻な顔を自分に見せないのは、むしろ今まで沢山の人の傷を見てきたせいなのかもしれない。

 虹也はそう思い至って、ふっと体の力を抜いた。


「それにしたって、今日だけで何もかも一辺に来過ぎだろ」

 虹也は、ここの来客用のカウチに寝転がって何もかも投げ出したい誘惑に堪えるように、がっくりと頭を抱えたのだった。






「懸念通り死ぬ程厄介な事が目白押しだぞ。どれから聞きたい?」

 すっかり艶を失った肌を弛緩させ、東山部長は力無く言った。

 そうやって椅子にへたりこんでいると、盛り上がった排泄物にそっくりだとは、誰もが思っても口にしない。

「最悪なのからお願いします」

 間髪を入れず、墨時はそうオーダーした。

「いいねえ、そういう所は気が合うよな」

「てめえと気が合うと大概ろくでもない結果が待ってるけどな」

「そりゃああたしのセリフだ」

 ゴホン!と、咳払いで不毛な言い合いを止めると、東山は説明を始めた。

「圧力が掛かった。確保した容疑者は本部送り、この件についてのウチの独自調査は禁じられた」

 東山の言葉に墨時と彩花の顔がうんざりとした表情になった。

「お約束すぎませんかね?」

「まあ、氏族絡みだ、むしろ当たり前過ぎる処置だわな」

 そうは言ったが、彩花はいかにも納得しかねるという風情で言葉を続ける。

「ちっ、こんな事なら存分にアイツをいたぶっておくんだったな。危険だからって凍結を解除しないとかてめえが言うから、せっかくの上等の獲物に触れないままだったし、最悪」

「てめぇの趣味の為に仕事してんじゃねえよ」

「次に悪い話だが、どうやら帝室が動いているようだ。軍部全体が動きが鈍い」

「ああ?実務能力の無い帝室がしゃしゃり出てどうする気だ?」

 フンと彩花が鼻で笑ってみせる。

「おいおい」

 流石に周囲を見渡して墨時がそれを抑えた。

 帝室侮辱罪が成立すれば首が飛ぶレベルである。

「ですが、どうしてそれが最悪ではないんですか?」

 帝室が仕事に絡んでくるような事は今までほとんど無い話だし、なにより権威で言えば軍本部の遥か上、逆らえない順で言えば帝室の方が強者なのだ。

 どちらかというと予想が付いた本部の介入より、こちらの方が重大事に思える。

 墨時の疑問に、東山が皮肉げに笑った。

「ところが帝室介入のおかげで逆に上層部の締め付けが弱まっている。どこに圧力を掛けて良いか戸惑っている感じだな」

「ははあ、なるほど、お互いに牽制しあっててうちみたいな末端に構っている場合じゃないって事か。動くなら今ですかね?」

「独自調査は禁止されてはいるんだぞ?」

 東山は釘を刺す。

「そりゃあ今回の件についてでしょう?氏族の内家来と車両が襲われて、その家来の人が亡くなった。確かに氏族の事件で俺らのようないち治安部隊が乗り出すような事件じゃないですよね。だけどそれとは別に、虹也の保護責任は俺にある。あいつの身に危険があるのならそれを排除するのは俺の役目でしょう?」

「それだ」

 墨時のある意味屁理屈に、意外な事に東山が反応した。

「それって?」

「今回の件で唯一うちが持っている自由な札だ。あの坊やについては全くどこからも言及されてない」

「ははあ」

 墨時はニヤリと笑う。

「ヤバすぎてどこも手を出せないって事ですかね?そりゃあ願ってもない話だ」

「だが危険だ」

 東山はぴしゃりと言った。

「いいねえいいねえ、ゾクゾクするぜ」

 それへ、彩花が身悶えるように声を上ずらせる。

 唇を舌がなぞり、その目は興奮に赤らんでいた。

「黙れ変態女」

「いい子ちゃんぶるんじゃないよ山中。あんたが表に見せる程正義漢じゃないって事をあたしは知ってるんだよ?あんたはただ、自分の大事なモンが判断の基準なだけさ。手元に抱え込むモノだけを守れれば他は何を壊そうとどうでも良いんだろ?あたしよりもっとずっと質が悪いんだよ、あんたは」

「知った風な口を叩くな、そのみじけえ牙を使い物にされたくないなら黙っとけ」

 ぴくりと彩花の口が吊り上がる。

「ああん?言うじゃないか?てめえみたいに攻撃よりも防御って奴にあたしをどうこう出来るとでも思ってるのか?」

「やる前から型に嵌めてる時点でダメダメなんだよ、てめえは」

 ドン!とどっしりとした部長の机が音を立てた。

「ケンカなら訓練所ででもやれ。俺の保護圏内でやりやがったら二人共壁の飾りにするぞ」

 普段温厚な部長の恫喝に、常に仲の悪い相棒同士である墨時と彩花も思わず息の合った動作で背筋を伸ばすと、「はっ!」敬礼を返して従属の意を示したのだった。

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