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月に虹が掛かる刻  作者: 蒼衣翼


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38/60

思い掛けない出来事

「それは良い経験をしたな。なかなか他の種族の事を真面目に知ろうとする人は少ないからな。他の種族に寿命の違いがある事すら知らない連中が大半だよ」

 夕食時にその日にあったお茶会の話題を出した虹也に、墨時はそう言った。

「元々こっちで暮らしていてもそうなんだ。学校で習ったりしないの?」

「学校ってなんだ?学院の事か?ほら、元々この国は十数年前まで他所と交流してなかったって前に言っただろ?だから、そういう知識はそもそも保有している者が少ないんだよ。お前は気楽に話して来たらしいが、賢者なんて実在を疑われるクラスの希少位階だぞ、お前の友達は全くとんでもないな」

 嘆息して言う墨時に、いまいち実感の無い虹也は、大きなホウレン草を味わいながら適当にふうんと相槌を打つ。

 この家の居候でありながら、今やほとんど立場的には主婦となっている銀穂は、自身は肉食なので野菜の味が良く分からないらしく、野菜料理はいまいち振るわないのだが、料理のノウハウを共有している端末のゾーンで研究しているとかでけっこう頑張っているのだ。

 もうこの家の手掴みの食事にもだいぶ慣れた虹也は、醤油っぽい味のふりかけの掛かったおひたしっぽいそれを摘んで口に入れた。


「実はねコウちゃん、私達も大地の民よりちょっと短命なんだよ」

 そんな虹也の食事風景を嬉しそうに見ながら、銀穂がいきなり爆弾発言をかました。

 全く予想だにしていなかった虹也は、迂闊にも銀穂に動揺に塗れたまなざしを向け、次いでほとんど反射的に墨時の顔を覗ってしまう。

 虹也は自分の失態に気付いて、舌打ちしたい気分で顔を伏せると、銀穂が明るい笑い声を上げた。

「コウちゃんって分かり易いよね」

「酷いですよ、からかったんですか?」

 冗談だったのだと判断した虹也は抗議をする。

「いや、ごめん。でも話は本当だよ。と言ってもね、大した差じゃないんだよ。丁度この人と終わりの時は同じになる程度」

 ぺろりと舌を出した銀穂はそう言ってのけて、墨時はというと、たちまち苦い顔になる。

「それにあたしら草原の民は頑丈で病知らずだし、やわで直ぐに病気になる大地の民は、天命は上と言っても生き切る者が少ないしね。学問的な数字はあんまり当てにしちゃダメって事も覚えておきなさい」

 そんな風に言ってのける銀穂にはひとかけらの邪気も感じられない。

 本当にそれは心からの言葉なのだろう。

 つむぎと良い銀穂と良い、短命の者のどこか後悔の無い誇らしげな生き様は羨ましくすら思える程だ。

「こいつはそれを口実に色々要求するような奴だからな。気にするだけ馬鹿を見るぞ」

 墨時のしみじみとした述懐に、フフフと笑って見せる銀穂。

 どうやら色々と思い当たる節があるようだ。

 なるほど逞しいなと虹也は思った。

 確かに彼等にとっては寿命の違いなどもはやどうでも良い話なのだろう。

(俺も精進しないとな)

 周囲の人々の生き様に羨望を覚えるばかりではみっともないと虹也は思う。

 なにより、いつか自分を育てた人を、世界を語る時、恥ずかしくないぐらいには成長したいと、虹也は思うのだ。



 食事の後、ホロムーヴというテレビのような物を端末で操作していると、墨時がちょいちょいと虹也を呼んだ。

「なに?」

「これ、ちっと着てみろ」

 墨時の示したのは綺麗な紙箱に畳まれて入っている布地だった。

 着てみろと言うなら服だろうか?

 虹也は現在、墨時の古着や普段着を貸してもらって適当に着ていた。

 数センチの差はあるとはいえ、体格が似ているせいで、特に墨時の若い頃の物なら問題無く着れたからだ。

 墨時は教科書の件でもそうだが、意外と物持ちが良いのである。

 もちろん下着等は買ってもらったが、さすがの虹也もそれ以上は出費を考えて遠慮したのだ。

 どうやら虹也の養育費は公費では落ちないらしいと知ったせいでもある。

 ちなみにこっちの下着はTバックみたいなやつが主体で、古風な両親に育てられた虹也はとても困惑したものだ。

 結局ブリーフタイプは見付からなかったが、トランクスタイプはあったのでそれを使っている。


 ともあれ、何気なく墨時からその箱を受け取った虹也は、それを広げて驚いた。

 普通に流通しているナイロンぽい物や綿生地ではなく、異様に手触りの良い生地。

 色は紺地にぼかしの白格子、広げてみると前裾が短く後背部分が長くなっている、いわゆる燕尾服のようなシルエットになっていた。

 違うのは、燕尾服の特長とも言えるツバメの尾に当たる部分が割れてなく、丸く曲線を描いている事と、袖がラッパ袖に似た形で、袖上部にある飾りベルトに金ボタンがあしらわれている所か。

 それに中に着るのであろう白シャツは、こちら風に袖口はベルトタイプだが、一般的なフックではなくカフスのような金のピンで止めるようだった。

 ズボンを広げるまでもなく、これが礼装に近い何かだと虹也は察した。


「え?これなに?」

 虹也は意味が分からず墨時に問う。

 墨時はと言うと、いかにもサプライズが成功した仕掛人の顔でニヤついていた。

「お前、今度の陰の日(一日)に家族かもしれない相手と会うだろ?そんときにまさか俺の古着で行かせる訳にはいかないじゃないか。なにしろ俺の沽券に関わる」

 つまりは、家族かもしれない相手と会うなら良い格好をしろという事なのだろう。

 先日は用心しろみたいな事を口を酸っぱくして言っていた墨時だが、本当に親族だった際の事も考えていたのだ。


 虹也は何か言おうと口を開けて、結局言葉が出て来なかった。

「まあ、吊しの安物なんでな、合わない部分があるだろうから試着してみろ。調整して直しに出すからな」

「ね、ね、早く着てみて。凄く格好良いんじゃないかな?」

 銀穂も、ニコニコと既に試着に備えて巻き尺を構えている。


「あ、ありがとう」

 虹也は、何度かいつもの皮肉っぽい毒舌を振るおうとしたが、それは口の中で音にならず、苦労してようやく搾り出せたのは、そんなありきたりのお礼の言葉だけだった。


 墨時がうんうんと感慨深げに頷いた。

「なんか久々にお前から素直な言葉を聞いた気がする。長い道程だったな」

「おっさん、おっさん臭すぎるぞ」

 あからさまな照れ隠しでしかなかったが、虹也はごく冷淡にそんな墨時を評してみせたのだった。

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