それは恐るべき多様性社会
白い優美な鳥の姿のつむぎは、虹也からすれば器用な事に、足を巧みに使って食事をしていた。
細く長いその足指は、長い爪も相俟ってどこか扇情的ですらある。
爪には鮮やかな模様が描かれていて、オレンジの色の足首には細い銀の鎖が幾重にも巻き付けられ、僅かな動きにシャラと微かな音を立てた。
彼女は、やや大きい、片側が薄く作られた金属製のフォークを使ってパイを切り、上品にクチバシで啄んでいる。
「やっぱり差別の根幹は食生活だと思うんだ。草食種族は肉食種族を残忍で血なまぐさいと思っているし、肉食種族は他種族を獲物と同等に見下している。多少オーバーな表現ではあるがそれが現状だろ」
「それに胎卵戦争の件もあるわね。あの世界大戦は確実に民族間に禍根を残したよ」
食事中にも関わらず、円卓上では熱い議論が交わされていた。
確実に門外漢である虹也は、当然のようにその場で浮いていたが、その虹也以上に我関せずと食事とお茶を楽しんでいる者もいる。
白い鳥の人、つむぎである。
虹也は、結果としてそんな彼女をなんとなく眺める事となっていた。
よくよく見ると、彼女の使っている茶器は特別仕様で、首長のカップは、虹也が元の世界で一回だけ行った、しゃれたカフェで出されたホットチョコレートのガラス製のカップに良く似ている。
ふと虹也は、互いに食事に招待し合い、互いに不快になるというキツネとツルの童話を思い出した。
そうやってマジマジと見ていたのだから当然だろうが、虹也の注視に気付いたつむぎと視線が交わり、虹也はぺこりと頭を下げる。
「ふふっ、注意した方がよいぞ。その動作を殿方に向けて行なうと挑戦と受け取られるやもしれぬゆえ」
「あ、」
虹也は、自分が文化の違いを全く考慮していなかった事に赤面した。
といっても、そういう無意識の反射的な動作まで意識して行うのは難しい話ではある。
「考え不足でした」
「構わぬよ。そのようなささいな事は互いが理解していればさほどの問題にならぬ事。ところで、虹也殿は我が種族を見るのは初めてであろうか?」
虹也ははいと言うべきかどうか迷った。
鳥のような人なら遠目に見た事があるが、つむぎのような鷺に似た人は初めてだからだ。
「つむぎさんのような人は初めて見ました」
こういう当たり障りの無い言い回しは狡いと思うのだが、虹也はそれ以外の選択も出来ずにそう返す。
「そうか。我ら空の民の多くは地上の者達と交わるのを嫌う傾向がある。それは感情から来るものではなくて身体的な理由がそうさせているのだ。我らは余りに違い過ぎる。そう思わぬか」
言葉は問いであるが、答えを期待したものでは無い。
そう感じて、虹也は彼女の言葉を待った。
「我ら空の者の身体は全て飛ぶ為の物だ。肉も骨も筋肉もその種族魔法すら。相互に理解し合うという言葉は美しかろう。だが、根となる物が異なる同士が真に理解するなど決して有り得ぬ事もまた事実なのだ。それを見誤るでは無いぞ」
その優美な見た目に反して、なかなかに辛辣な意見ではある。
それにしても、と虹也は考えた。
なぜ彼女は自分にそれを聞かせたのだろう?
「なんてこった!つむぎが膨大な量の言葉をしゃべっているぞ」
「やべえ、天変地異が発動する!」
虹也とつむぎのやりとりを見ていた他のメンバーは、おおげさな程に驚いてみせた。
(そんなに普段寡黙なのか)
そんな些細な事で盛り上がる彼らのノリに少し引きながら、虹也は思った。
しかし考えてみれば、つむぎには饒舌な様より押し黙って佇んでいる方が似合ってはいそうである。
「馬鹿を言うな、そのような大規模魔法など使えるものか。龍でもあるまいし」
龍は天変地異を起こせるらしい。
虹也はその恐るべき情報を脳内メモリーにそっと書き込んだ。
「そも、お主らが綺麗事ばかりを並べるから我が釘を刺したまで。空人は空を飛ぶもの。同じように戦士は戦い肉食む者は狩りをする。この世には決して同列に並べてはならんものがあるのだ」
「さすがは賢者、語る言葉の重みが違う」
誠志は真面目にうなずいてそれを受け入れる。
そして顔を上げるとニカリと笑った。
「俺はでも、いつも言っている通り、難しい事はどうでも良いんだよ。せっかくみんな似たような競技をやってるんだし、ルールの擦り合わせさえ出来れば世界中の色んな奴等とゲームをやれるだろ?その為の糸口を作れればそれで良いのさ」
拳を握って口にする夢は、小さいのか大きいのかまるで見当がつかない。
あらゆる理屈を凌駕する誠志らしい言いようではあった。
「馬鹿だが、案外こういう馬鹿が時代を作ったりするものだからね、面白い連中だろう?」
つむぎの言葉は、まるで長く生きて達観した者のように聞こえる。
虹也はその部外者的物言いを不思議に思った。
「つむぎさんはどういう立場なんですか?賢者って言っていたけど」
「そのまんまさ、修学士の単位を修めて更に上級試験をパスすると賢者位を取得出来るんだ。そうなればもはや国の要人クラスに匹敵する位持ちだ。それで泊付けにうちのサポーターに来て貰っているって訳」
サポーターと言うのは助言役とかだろうか?と虹也は思い、実はかなり偉いらしいつむぎに尊敬のまなざしを向ける。
「そう威張れる事でもないな。同族からすれば人生の大半を無駄な思想に費やす愚か者でしかない」
人生の大半という言葉に引っ掛かりを覚えて、虹也は尋ねた。
「えっと、大変失礼だとは思うのですが、つむぎさんは今お幾つですか?」
「ふむ、なるほど失礼だが、世間に疎いとの事だからな。よかろう」
どこか悪戯を仕掛ける子供のような雰囲気を纏いながらつむぎはおごそかに宣言した。
「我は齢二十と一に過ぎぬ。しかし我が種族の天命は三十余年よ。ゆえに人生の大半は既に生きたと言えようか」
虹也はぎょっとして、次に自分を恥じた。
女性である以前に、気軽に出すような話題では無かったと感じたのだ。
「ふむ、虹也よ、今我を憐れんだか?」
「え、いえ……」
違うと言い掛けて、虹也は今の自分の気持ちを吟味してみた。
自分はなぜ恥じたのだろう?
短命種であるつむぎにとってそれは辛い事ではないか?と思ったからではないだろうか?
それは憐れむ事と何が違うのだろう?
「そうかもしれません」
つむぎは優美な首を傾げると、巨大な白い翼を軽く広げる。
「別にそれは責められるべき事ではない。だが、間違いではあるのだよ。考えてみよ、竜種はおおよそ三百余年、龍族は千年を越え、吸血族に至っては転生の法により半永久的に生きる事も出来るのだぞ。そやつらがお主等大地の民の寿命を憐れむのは当然だろうか?」
それは虹也にとっては全く未知の知識であったが、なるほど短命の種族がいれば長命の種族もいるという事だろう。
納得出来る話ではある。
最後の吸血種族のデタラメさは驚くべき事であったが。
そして、自分たちの寿命について憐れまれるという可能性を全く考えた事もなかった虹也はしばし考えた。
確かに長生きというのは素晴らしい事だろう、歴史がはっきりと動くのを感じられるだろうし、その多い時間で様々な事が出来る。
だが、一方で、だからといって自分達の生きる長さが短いと憐れまれるというのは違うのではないかと思った。
長かろうと短かろうと、人の生きた価値というのはその行いに集約される。
人としては寿命を生き切ったとも言える父母にも、もっと長く生きて欲しかったという虹也自身の気持ちはあるものの、その死を悼むのではなく憐れまれるのは違うと思うのだ。
「違いをそういうものとして受け止めるべきだ、とおっしゃりたいのですね?」
「うむ、だがな、そう改まる必要もないぞ。まあ実際はどうであれ、我も学生達と同年代なのだ、もっとふれんどりーでよい」
つむぎの言葉に、虹也は訳知り顔で頷いた。
「なるほど、分かりました。どの種族でも女性はやっぱり女性、若いと思われたいものだという事ですね」
虹也の応えに、つむぎは翼を閉じてクルルと声を出した。どうやら笑ったらしい。
「我にも分かった事があるぞ。虹也よ、お主はデリカシーが足らぬな」
「そんな、まさか」
驚愕したように虹也は否定した。
人様のラブシーンをあからさまに眺めるような虹也であるが、自分がデリカシーに欠けるという自覚は全く無かったのである。




