円卓に座る者達
「彼女は空の民、白き羽根の紡ぎ風だ」
バタバタとした準備が終わり、全員が席に着いた所で誠志によるその場の面子の紹介が始まった。
その筆頭が、虹也が気になっていた、席で一人居眠りをしていた鳥の姿をした人であったのだが、そこでいきなり理解の追い付かない事象にぶつかる事になる。
(どこが名前だ?)
その一見大きな鳥が人族だった事にホッとしていた虹也に、またしても新たな試練が訪れた瞬間であった。
しかし、
「えっと、なんて呼んだら良いのかな?」
分からなければ聞く。それが虹也の主義であった。
『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』という、古くからのことわざに従い、虹也はこの手の事に躊躇いはない。
「つむぎとお呼びください。古風な風習の名ゆえ戸惑われる方が多くて申し訳無いのですが」
その鳥の彼女の声は、虹也の密かな予想に反して甲高くはなかった。
むしろやや低いぐらいで、その言葉遣いには、詩歌を詠み上げるような独特のイントネーションがある。
「古いからと言って否定する事は無いですよ。歴史が重ねられるにはそこに何らかの意味があるからだと、父などは良く言っていたものです」
「なかなかに思慮の感じられるお言葉です。ありがとう、新たな友よ」
まるで古典劇のような話し振りだなと虹也は思い、よろしくと頭を下げた。
「早速馴染んでくれたようで嬉しいぜ。な、俺が言った通り気持ちの良い奴だろ」
誠志は虹也を推してそう誇らしげに言った。
「なかなか面白い方ですね。内家殿が威張る必要はありませんが」
「誠志はすぐ調子に乗るからな!」
「お前ら」
鳥の人、つむぎの言葉に乗っかるように小さい人が誠志を囃立てた。
それに対して、誠志はにやりとした笑みを浮かべる。
「そうかそうか、お前らのあーんな事とかそーんな事を虹也君に暴露しちゃって良いんだな。ん、早く馴染む為にはお互いを良く知る事が大事だからな」
不穏な誠志の宣言に、周囲から盛大なブーイングが乱れ飛んだ。
「主座の横暴に断固抗議する!」
その中でも最も声が大きいのが、先程もつむぎの尻馬に乗っていた小人らしき人である。
どうやらその小さい人は随分とお調子者であるらしかった。
「という事で、次はこの馬鹿者の大地の民、小人族、明野松莉だ。見ての通りのどうしようもない奴だが、まあ悪い奴じゃないよ」
「おい!フォローそれだけかよ!かりにも主座なんだからメンバーを立てろ!」
「よろしく明野さん。ところで主座って何の事なのかな?」
虹也が挨拶がてら気になった事を尋ねると、たちまち誠志に向けていた表情を改めて真面目な顔で虹也に向き直る。
ギャップの激しい相手だ。
「主座ってのは集まりの主催者の意味で、狭義ではグループリーダーの事でもある。場所によっては部族長や王様をそう呼ぶ場合もあるね」
「なるほどありがとう」
とっさの物なのに、説明が簡潔で分かりやすい。
単に騒がしいだけの人ではなさそうだった。
「どういたしまして。なるほど、主座の言う通りこれは良いかもしれないね。他種族に相対して質問が出来たり礼が言えると言うのは対外的に通りが良い。しかも氏族独特の雰囲気もあるとなれば、表看板に育てると美味しいかもしれないぞ」
どうやら彼の脳内では、既に虹也の利用法を検討されてしまっているらしい。
虹也はその逞しさに舌を巻いた。
「ったく、相変わらずせこいんだよ、お前は。んでこっちの大人しそうなのが大地の民、仲間族、佐竹勇。完全に名前に負けているけど、地道な頑張り屋で意外な時に力を発揮したりするぞ。大人しいからって軽んじたりしたら俺が鉄拳制裁を施すからそのつもりで」
「やめてよ主座!それじゃ俺が主座の庇護下にあるみたいだろ?」
途端に勇本人から抗議の声が上がる。
「おお!すまん!ハッ!お前に迷惑を掛けたという事はここは俺が自分に制裁する流れか!」
「……やめてって俺言ったよね?」
勇の声が急激に低くなる。
元がやや高めの声だけにその変化は顕著だった。
「よろしく佐竹くん……で良いのかな?幾つですか?」
間にするりと入り込むように、虹也は何事も起こってないかのように挨拶をして勇に年齢を聞く。
「え?あ、18だよ」
「じゃあ同い年か。改めてよろしく、佐竹くん」
誠志に食って掛かっていた勢いは何処へやら、勇は虹也を前にすると、しおしおと頬を染めて照れてしまい、言葉も不明瞭な物になってしまった。
これはいわゆる内弁慶というやつだなと虹也は思い、当たり前だがまだ自分が余所者なのだと理解した。
同時にこのメンバーが和気あいあいとしている事に、心暖まるものも感じていた。
「さて、これで最後だが、その勇の横で自分を猛アピールしているのが同じく大地の民仲間族の松本衣央だ。勇とは逆に自己顕示欲のかたまりで、勇がこんな風になった原因の一旦はこいつにあると俺は見ている」
誠志のこの紹介に、当然ながら衣央は激しく異議を申し立てた。
「ちょっと!乙女に対してこいつとは何よ!」
そこか!?と虹也はツッコミたいのを抑えた。
勇の件に関しては異議が無いのだろうか?という疑問が胸中で渦巻いているが、いかに虹也が恐れ知らずでも、初対面の女の子にそんなプライベートな事で突っ込める程強心臓ではない。
苗字が違うという事は勇と衣央が兄妹という事も無いのだろうし、二人の関係が気になる所だ。
「よろしく」
結局、今は何も聞かない事にして、虹也は大人しく頭を下げた。
衣央も誠志に対してそれ以上異議を申し立てる気もないのか、まだ少々憮然としながらも虹也に礼を返す。
「じゃあ、虹也の方を正式に紹介するぞ。んっと、……あれ?族名なんだったっけ?」
いきなりポカをやらかす誠志に、周囲から再びブーイングが飛ぶ。
虹也はどこかほのぼのとした気分でその様子を眺めていた。
しきりに飛んでくる誠志からの目配せに“頑張れ!”という意思を込めて目配せを返す。
ちなみに族名とは苗字の事だ。
虹也は誠志にフルネームを教えたし、端末に名前登録もしているはずなのにすっかり忘れている誠志に対してそれなりに優しくない虹也であった。
「もう、お兄ったらそういう所抜けてるのよね。虹也さんの族名は美郷だったでしょ!」
こちらはきっちり覚えていたらしい青華がフォローする。
なんだかんだ言って、良い兄妹だった。
「ん、ごほん、そうそう、美郷虹也な。こいつは最近まで他と交流が無い場所で暮してたんだ。それで一般常識が抜けてる部分もあると思うんで、その辺は頭に入れて付き合ってやってくれ」
二人には出身が異世界であるという一点を除いて詳しい事情を話していた虹也だったが、誠志は当たり障りの無い言い方で虹也の立場を説明してくれている。
虹也としては別に彼らにした説明程度を他の人に明らかにされてもどうとういう事もないのだが、そういうさりげない気の使い方は、流石に小集団といえど、誠志がリーダーたる所以なのだろう。
「今ご紹介に預かった虹也です。改めてよろしくお願いします。誠志と青華ちゃんにはとてもお世話になっています」
虹也はぺこりと頭を下げる。
周囲の反応はさまざまだが、特に悪感情は感じられなかった。
既に目前の食べ物の方へ意識が行っていて、あまり虹也に関心が向いていない者もいる。
と、そこで、すいっと一人の腕が上がった。
「ん?ヴォヴどした?」
それはトカゲ男、ヴォヴだった。
誠志が水を向けると、彼は虹也の方を見ながら発言をする。
「そいつ、虹也は、蹴球の選手としてスカウトしたんじゃないのか?俺はてっきりそうだと思ってたんだが」
「え?蹴球?いや、むしろなんでそう思ったんだ?」
誠志は心底驚いた風にヴォヴを見返す。
「ほら、こないだ、『大空の勇者』であと少しでパーフェクトだった仲間族のやつがいたって話したじゃないか」
戸惑って二人の話を聞いていた虹也だったが、ヴォヴの言葉で大体の流れが見えた。
ただ、虹也は蹴球というスポーツを具体的に知らないので、あのゲームで必要な能力がどの程度蹴球という競技に影響するか分からないのと、ゲームをやった時のどの辺りを基準に判断されているのかが不安ではある。
何しろあの不思議な感覚は魔法などでは無いと教えて貰った事もあり、その辺を期待されているなら虹也自身にもそれが何なのか見当も付かない才能なのだ。
「ああ、あれな。凄いと思ったけど、それが?……っておい、まさか」
誠志が話の流れを読み、驚きの視線を虹也によこす。
虹也は、これにどう対応して良いのか分からずに、向ける顔は曖昧な表情となってしまった。
「そうなんだ、こいつ、虹也がそうだったんだよ!まるで的の軌道が最初から見えてるような凄い動きだったぞ。あの勘の良さは十分一線で使えると思う」
「そりゃ凄い、意外な特技があるもんだな、虹也」
誠志は話をそのまま虹也に振る事にしたらしい。
虹也も直接ヴォヴにも答えているような形で、誠志を挟んで言葉を返した。
「んー?俺にもよく分からないけどね。初めてやったんだし」
だが、その虹也の言い訳に、むしろ他のメンバーが食い付いた。
「初めてでパーフェクト寸前だって!」
「すげぇ!」
「ね、その大空のなんとかって何?」
順に松莉、衣央、青華である。
一番男っぽい発言が女性のはずの衣央というのが何やらその独特のキャラを感じさせて痛い。
そのゲームを知らなかったらしい青華に、よく知っているらしい衣央が説明をしている間に、誠志が虹也の乗り気で無さそうな言動を受け、ヴォヴに話を向けた。
「そういう事なら俺からも虹也に頼みたいぐらいだが、まあ今はさっきも言った通り、まずは周囲の環境に慣れる事が必要な状況なんだ。もし虹也がやってみたいって事なら良いが、そうじゃないなら今はその話はやめておこう」
虹也が、その身内らしい相手と来月の頭に会う予定である事も相談していた事もあって、誠志は虹也が今は他の事に意識を向けれるような場合では無いと判断したのだろう。
とりあえずそうヴォヴに説明すると、虹也に向けて頷く。
「うん、済まないけど、誠志の言う通り、俺は今、自分の事で精一杯なんだ。その、蹴球自体を知らないし、ちょっとそういう余裕無いしね。でも、正直そういう才能があるかどうかも自分ではさっぱり分からないけど、褒めて、認めてくれたのは嬉しかったよ。ありがとうヴォヴ」
虹也が自分でヴォヴに向けてそう断ると、ヴォヴは慌てて頭を下げて謝罪をしてきた。
「いや、俺が先走った。わりい、どうもこう、考える前に行動しちまう質なんで、困らせたみたいで悪かった」
「いや、さっきも言ったけど、褒めてもらったんだし、謝るような事じゃないだろ。実を言うと、俺はヴォヴみたいな人に慣れてないんでちょっと怖いとかも思ってたんだ、ごめんな」
お互いに謝り合い、ちらりと上げた目を合わせて笑みを浮かべる。
「気に入ったぜ、虹也。今後は俺の“輩”を名乗って良いぜ」
「ともがら?」
「身内の次に親しい相手の事だ。よろしくな」
「ああ、友達って事か。俺で良ければ喜んで。ありがとう」
がっちりとお互いの手を握る。
が、堅い鱗と恐ろしい程の握力が虹也の笑みを強ばらせた。
「男同士って暑苦しいけど、羨ましいよね」
「戦闘系民族は特に暑苦しいんだよな」
何か意気投合したらしい衣央と青華がヒソヒソと囁き合っている。
「ヴォヴ、ちょっと痛いんだけど」
「お!スマン!加減したつもりだったんだが」
慌てるトカゲ男に、すっかり抱いていた恐怖が抜けた虹也が吹き出した。
「みなさま、そろそろお食事を始めませんこと?」
茶器を片足に掲げ、少し羽根を広げて不機嫌をアピールするつむぎに注意されるまで、色々とあちこち脱線した話が乱れ飛び、しばらく場が治まる事は無かったのであった。