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月に虹が掛かる刻  作者: 蒼衣翼


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お茶会への招待

 待ち合わせ場所は虹也にとって全く土地感の無い所ではあったが、端末のマップ機能の使い方に慣れた現在では不安はなかった。

 元々自身でマッピングをするぐらい地図を見るのは得意な虹也なのだ。


「ここがこの世界の学校か」

 正確を期すなら、あちらの世界の小中高校と大学を全て併せた施設と言うべきだろう。

 この教育施設は、十歳から十六歳までは義務教育で、それ以上学ぶ場合は推薦のみで、そこから細かく専門学部に分かれるらしいのだが、一方で、自分の専修課程の他は完全な自由選択で、どんなジャンルをどれだけ学んでも構わないのだと言う事だった。

 元の世界では家庭の事情で卒業寸前に高校を中退せざるを得なかった虹也からしてみれば羨ましい話ではある。


 その学校の校門には、『南州第二学習院』との表札が刻まれ、門扉は無く、完全に開け放たれた状態になっていた。

 学びを望む者に貴賤無しというのがこの国の方針であり、実際簡単な手続きで誰でもが受講出来る無料講座もあるらしい。

「あれっ?」

 虹也は、その門の所で周囲を見渡すと首を捻った。

 校内外を行き来する人や、虹也と同じく待ち合わせであろう人が幾人か居はするのだが、肝心の虹也自身の待ち合わせ相手がいなかったのだ。

「まだ少し早くはあるけど」

 早いとは言っても約束の時間まで10分も無いだろう。

 虹也は下手すると待たせてしまったかもしれないと、初めて一人で利用する気車で手間取った分のロスを気にしていたぐらいなのだ。

「まあ良いか」

 メールを再確認して待ち合わせ場所と時間に間違いの無い事を確かめると、虹也はじっくりと周囲の観察をする事にした。

 時間的に放課後なのか、周囲には多くの学生が行き交っている。

 小学生や中学生の年代は時間が違うのか見なかったが、高校生ぐらいの年代、大学生ぐらい、果てはどうみても肉体労働のおじさんのような人、やっぱり少ないが他種族の風変わりな人々など、実に様々な構成で、この場で虹也が浮くような事態にはなりそうも無い。


「虹也さあん!」

 その声は、虹也が斜め正面のカップルが互いを指でつつき合っているのをじいっと眺めていて、気配に気付いたらしい女性と目が合ってしまい、剣呑に目を細められた時に聞こえた。

 正に救いの女神である。

「あ、青華ちゃんこんにちは」

 妙な疑心に囚われていたらしい女性は、虹也が覗き野郎では無いと納得したのか、元通り彼氏と心置きなく戯れ出した。

「お兄さんは?」

 虹也が待ち合わせの約束をした相手は青華の兄であり青華ではない。

 当然の疑問だった。

「それがお兄ったら虹也さんが来るからって張り切り過ぎちゃって、約束の時間迄に手が空きそうもないの。それで私が代理なのです!」

 ぴしりと姿勢を正してそう宣言する青華に、虹也も背を真直ぐ伸ばして礼を返す。

「お役目ご苦労様です!」

 虹也の答礼がよほどツボに入ったのか、青華は笑い転げた。

「虹也さんったら、ノリ良過ぎ!」

「若い子に付いて行こうと必死なんだよ」

「またそんな事言って、子供扱いは止めてください」

 今度は虹也の言葉に急にぷいっと膨れたりする。

 笑ったり怒ったりと忙しい青華に、虹也は苦笑すると同時にほっとしていた。

 虹也にとって、どこか薄衣一枚隔てたように感じるこの世界で、明るく起伏の激しい彼女の感情は、そんな隔たりを吹き飛ばしてリアルな心を示してくれる。

「もう、そんなふうに笑ってると置いていきますよ!」

 虹也のそんな安心に満たされた笑いに、青華はひとしきり文句を言いながらも、水先案内をしてくれたのだった。


 お茶会の場所は意外な事に屋外だった。

 こういう学校施設にはありがちな造りだが、ここの校舎はお互いを行き来し易いように繋いだ結果、いびつなカタカナのロの形に配置されていて、真ん中に大きな空間を抱え込むようになっている。

 その空間は丸々学生の憩いの為に充てられていて、スポーツ用のグラウンド、広々とした中庭、喫茶施設等が揃っていた。

 どうやら誠志達は、その一つである中庭の東屋のある庭園の一画を借り切っているらしい。

 何かとんでもない話に思えるが、案外、サークルの部室のような扱いなのかもしれなかった。


「あ、虹也、すまなかったな」

 そこに到着すると、開口一番、誠志が虹也を見付けて声を掛けて来た。

 見ると、なにやらバーベキューもどきの設備があり、いくつかの料理が進行しているのが見て取れる。

「お兄!私に言う事があるでしょ!」

 青華はドンと足を踏み鳴らすと、兄に要求を突き付けた。

「ん~ん?任務ご苦労であった、帰って良いぞ」

「馬鹿なの!?きちんと心の籠ったお礼の言葉と具体的な物品を要求します!」

「くっ、……実の妹から報酬を請求されるとは!なんて嫌な時代なんだ!」


 いつもの兄妹漫才を始めた二人を放置して、虹也はそこにいるメンバーを見渡してみた。

 巨大な石造りらしいテーブルの前で、大きな鳥としか思えない存在が、椅子の内側に設置されてある足置きらしきバーに掴まり、なにやらうとうととしている。

 虹也の故郷の田んぼでよく見た鷺という鳥にそっくりだが、人と同じぐらい大きく、胸元から足元近くにレースのような飾りを装着していて、どうやらそれが服らしい事から、この相手も人類の一種なのではないかと考えられた。

(誰かのペットとか……ないよな?)

 間違っていたら大変な事になりそうなので、とりあえずその可能性は意識の隅で待機させておく事にした虹也は、次に、焼き網の上で肉を焼いているトカゲそっくりの人を見た。

 こちらはこの間ショッピングセンターで見たトカゲな人とそっくりで、間違いなく人類だろう。

 ふと、目が合った為、虹也は軽く会釈した。

 相手は初見の虹也に疑問を持ったのか、少し不思議そうな顔を見せる。

(不思議そうな顔って分かる所がなんか凄いな)

 実際彼らは元の動物と違って、表情が豊かだ。

 ショッピングセンターでも虹也は思ったのだが、姿形は虹也の知る人間とかけ離れているものの、ふとした時に見せる表情は人間臭さに溢れていて、野生の動物だと言われる方が違和感があるのではないかと思われる程だった。

 異形の人はそれだけで、その他は普通の人間、こちらで言う所の大地の民の仲間族が三人程度。

(いや)

 三人の内一人が、やたら小さい事に気付いて虹也は考えを改める。

 その人は一見子供にも見えるが、体のバランスは大人のものに近い。

 小人族という種族なのかもしれなかった。

 誠志の妹である青華がこの集まりのメンバーでは無いのなら、ここにいる六人、虹也を入れて七人で全員だろうか。

 目的の割には思ったより異種族の人が少ないように思われた。


「おい!」

 虹也がそんな風にこの集まりを一人評価していると、突然横から声を掛けられる。

 誰かが近付いて来ていたのは虹也も気付いていたので驚く事は無かったが、振り向いた先にトカゲの獰猛な顔を見て、思わず一歩引いてしまった。

「あ、すまん、驚かせたか」

 独特の、擦過音混じりの声だったが、聞き取り難くは無い。

 ハスキーな声だと思えば味があると思えるぐらいだ。

 驚いて身を引いてしまった虹也は少しバツの悪い思いをしながらも相手の顔をまっすぐ見て返事をした。

「いえ、こんにちは。俺は誠志の友人の美郷虹也と言います」

「お、これは丁寧に、俺はヴォヴ・ナダだ。この茶会の一員であり、蹴球同盟の一員でもある。お見知りおきを」

 蹴球同盟という言葉に、虹也はふと誠志から以前聞いた事を思い出す。

 そもそも誠志が他種族との交流を願ったのは、そのゲームを種族の枠を超えてプレイし合いたいと望んだからだったはずだ。

 という事は、彼もその同じ望みを抱いていると見て良いのだろうか。

 異種族というものにまだまだ慣れない虹也であったが、そういういかにも情熱的な話を聞くと、やはり自分も胸が熱くなるのを感じる。

(ちぇ、誠志の奴はカッコイイな)

 彼と比べると、まだ足場の定まらない自分に焦るような気持ちが虹也に生じる。

 状況に流されるばかりでオタオタしている自分をカッコ悪いと思ってしまうのだ。

(父さんや母さんに見られたら怒られちゃうよな)


「コウヤはこの間、大空の勇者をやってなかったか?」

 ヴォヴは、どうやら虹也に聞きたい事があったらしい。

 しかし、最初、虹也はそのあまりに大仰な名称に思い至らず、変な事を言っている変な奴を見る目で相手を見てしまった。

 が、ふいに、それが数日前に遊んだゲームのタイトルであった事を思い出す。

「あ、ああ、ショッピングセンターのゲームだろ、それが?」

 そういえば、と、虹也は相手を見なおした。

 彼の種族の個体識別が出来る自信は虹也には全く無いが、それでも、なんとなくあの時出会ったトカゲの人に似ている気がする。

「やっぱりそうか!俺も普段はあんまり仲間族の見分けは付かないんだが、知らない相手に突然声を掛けられたり、その相手があと一歩でパーフェクト取りそうだったりしたから覚えてたんだ。やっぱりそうだったのか!」

 何かやたらとテンションを上げている相手に、虹也は大人しく頷くしかない。


 そうこうしている内に妹と話を付けたらしい誠志が虹也に声を掛けて来た。

「悪い、放って置いて。うちのバカが同席する事になったけど我慢してくれ」

「お兄!またそんな事言って。言っておきますけどね、私よりお兄の方がバカだっていう証拠はいくらでもあるんですからね」

 二人の微笑ましいやりとりをにっこりと一歩引いた所で見守りながら、「という事は全員で八人か」と、なんとなく一人呟く虹也であった。

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