魔術師との遭遇
こっちに来て、いわゆる異種族と言えるような、(地球基準で)人外な者達とは何度か遭遇した虹也だったが、あちらでも存在した、いかにもなこちらの世界の外国人と遭遇するのは、何か新鮮な驚きがあった。
「ヤア?君ハユニークだナ」
「えっと、どういう意味でしょう?」
「魔術の使えない場デ先読みヲ使ったネ」
なぜか断定口調で言って来る相手に、虹也は不信感を顕にした。
「いえ、俺はそういうのは無いんで」
「リアリー?ソウ、用心深いノハ大事ダね」
明らかに疑われている。
虹也はそう感じて、このまま話しに付き合うべきではないと判断した。
「あの、俺もう行きますね」
その場を離れようと相手の顔をちらりと見た虹也は、じっと虹也の眼鏡越しの目を覗き込んで来る相手の目とかち合った。
その虹彩を囲むように、ぼんやりとした赤っぽい光が浮かんでいる。
(これはリングの光?って事はこの人は魔術師ってやつ?)
虹也は一気にヤバイ度合いが増したのを感じた。
捜査官達の説明によると、人は誰でもリング器官を持っているが、それと分かる程発光がある場合、生命活動に余剰があると言う事を意味しているとの事だったのである。
要するに、目が光っているのは大体魔術師という認識でいた方が良いのだ。
そして、虹也自身の事情もある。
特殊な伊達眼鏡で隠しているリングの色を知られると、高い確率でトラブルに見舞われるであろうという忠告をされていたのだ。
「オー、警戒しないデくださいナ。出来ればスコオシだけお話しヲ……!?」
怪しい人と関わってはいけませんという事は、極々小さな子供時代に早々に親に習うような大事な事である。
自分が怪しく無いという相手を信用出来る程、虹也は人が良くは無かった。
「ストォップ!」
怪しい外国人の叫び声を無視して、虹也は全力ダッシュで逃げた。
更に追いすがる声と同時に、周囲からざわめきが起こる。
疑問を感じた虹也が何気なく振り返ると、かの外国人の周りになにやら怪しげな光が飛び交っていた。
「おいおい、こんなとこで術を発動しようとしている馬鹿がいるぜ」
「外の奴だろ、はぜろ!とかな」
虹也が驚いた事に、周囲のざわめきは、相手が魔術を使おうとしているという事を理解した上で、それを皮肉るという危機感の無い物がほとんどであった。
「そういえば、おっさんがなんか街中が一番安全とか言ってたな」
逃げる必要は無かったか?虹也は少し迷ったが、様子を伺いながらも逃げの態勢は維持し続けた。
男が指を鳴らすような仕草をして、周囲の光の玉の動きが止まった。と、見えた瞬間、存在した光全てがパッと消え失せる。
見ている虹也からすればほとんど手品のようだとしか思えない。
が、男は自らの行動の結果が現れなかった事を悟ったのだろう。
激しく悪態らしきものを喚き散らしながら、虹也に向かって今度は走り出した。
いや、正確には走り出そうとした。
しかし、その男の体はまるで彫像にでも変わったかのように途中で動きを止める。
動けない男の周囲を、いつの間にか、ゲームで遊んでいたのだろう少年達が囲んでいた。
「へいへい!外苑のおっさんげんきー?」
「うちの国は公共の場での攻撃的な魔術はきんしでぇす!ざあんねんでしたぁ!」
「犯罪者ざまあ!」
正に嬲り者、言いたい放題の大騒ぎである。
これに対して当の男と言えば、白っぽい顔を赤くしたり青くしたりしながら何かわめいているようだが、あまりに周りがうるさくてその言葉は聞き取れなかった。
『魔術的傷害未遂事案が発生しました。警備班が現場に急行いたしますので、お客様は被疑者に近寄らないようにお願いいたします』
場内放送が流れるのとほぼ同時に、銀色の警棒に似た何かを持った、銀色のジャンパーのような物で身を包んだ男達が姿を表す。
ご丁寧に銀色のバイザーらしきものまで装着していて、まるで出来の悪いロボコップの仮装のようだった。
偽ロボコップ達は男を囲むと、銀色の警棒っぽい何かを互いに重ねていびつな円を作る。
すると、その中に囲まれた男は、たちまちその姿を消してしまった。
「うわ……どっかに飛ばしただけだよな。まさかいきなり人を消したりしないよな?一応法治国家なんだし」
自分が狙われたとはいえ、まだ何の被害も受けていなかった虹也は、さすがにこれでこの世から相手が消え去ったのだとしたら気の毒過ぎると思ったのである。
虹也のそんな不安に答えるように、再びアナウンスが流れた。
『不審者の確保にご協力いただき、真にありがとうございます。引き続き当マーケットでのひと時をお楽しみください』
どうやらちゃんとどこかに収監されただけらしい事が分かり、虹也もホッと胸を撫で下ろす。
「そういえば、なんでいきなり魔術を使って来たんだろう?やっぱりこっちの外国人は攻撃的なのが当たり前なのかな?あれがデフォだとしたら、そりゃあ嫌われるよね」
それまで、自分の保護者やその同僚達の外国人嫌いは、ある種の偏見だろうと思っていたのだが、もし海外ではあれが当たり前なのだとしたら、この国の人達の海外嫌いを少しは理解出来る気がした虹也だった。
「って感じの事があったんだ。魔術を停止させる何かの仕掛けがあるから街中は安全って事なのか?そういえばゲームでも魔術は使えないって書いてあったな。あれ?でもあのゲームには術が使ってないのか?」
夜も遅くなってから帰って来た墨時と遅くなった夕食を囲んで、虹也は本日の出来事を話して聞かせた。
「喧嘩沙汰でもないのにいきなり魔術を撃とうとしたのかい?とんでもない野郎だね、そいつ」
銀穂が捕まった外苑部の男を蔑んだ発言をする。
どうやら彼女の中では喧嘩なら魔術使用もOKらしい。
「それにしても生活マーケットだっけ?なんだか凄い施設だね」
「あれはね、元々市場だったのが屋内になっただけなんだよ。市場ってのは必ず広場にあって、そこで大道芸やってたり子供遊ばせたりしてたもんさ、今はそういうオープンな市場の方が珍しくなっちゃったね」
「へえ」
銀穂の豆知識に感心していた虹也は、ふと視線を動かして、墨時がなにやら考え込んでいるのに気付いた。
「おっさん、どしたん?」
「おまえ、いい加減そのおっさんってのやめろ。それはともかく、いくら外苑部の人間でもいきなり他人に魔術をぶっ放したりは普通しないもんだが、そいつはきっとそういうのが当たり前の環境で生きてる輩なんだろうな」
墨時は肉で巻いた寿司のような形のご飯を口に入れながらそう説明する。
酢飯ではないので味としては肉を巻いたおにぎりだろう。
形が細長いのでおにぎりらしくは無いが。
「そういうのが当たり前の環境ってどういう場所なんですか?お・じ・さ・ま」
ぐほぉ!とか、げはぁ!とかいう聞き苦しい音を立てて、墨時はせっかく口に入れた食べ物を吐き出した。
「きたねぇ!」
「ちょっと、あんた!もう、仕方ないね」
銀穂はテーブル越しに手を伸ばすと、墨時の口をふきんで拭う。
「待て!ちょ、やめろ!そんなんで拭くな。ってか、虹也!おじ様はやめろ!俺を殺す気か!」
「なんだ、やっぱりおっさんもおっさんが良いんじゃないか。おっさん、良いオトナなんだから食い物を粗末にしちゃ駄目だろ」
「もうなんでも言ってくれ、俺の身が持たん。ああ、それで魔術を反射的に使っちまう環境についてだったな」
「うんうん」
墨時はふうと息を吐くと、茶を一口すすった。
「外苑部は戦争やら小競り合いやらが絶えない場所なんだが、それゆえにそれを生業にしている一族とか部族とかがゴロゴロしてるんだ。そういう連中は力を振るうのに躊躇わないんで、場違いな時に術を放つ連中は結構多い」
「う~んと、それって傭兵って事?」
元の世界の知識で虹也はそう尋ねる。
「うん?そういう呼び方はあんまりしないかな?遊戯兵って呼ばれる事が多いな、あとは待遇が劣悪な連中は戦奴とか呼ばれてたりする」
「えっ?奴隷とかいるの?」
「いや、昔からの名残だろうな。現在は奴隷は国家間協定で世界的な違法行為だ。戦奴ってのは戦争が無くなったら死ぬしかないって皮肉から来てるんだろう」
「どうやらあっさり理解出来るような話じゃないっぽいからその事は後で勉強するとして、それじゃああの男の人はそういう仕事をしている人って事?」
「その可能性が高いって話さ」
墨時は浮かぬ顔で眉間に皺を寄せる。
しばしの間を置いて、何か周囲が静かな事に気付いた墨時が顔を上げると、その鼻先に蒸かして潰して、胡椒と炒めたミンチ肉と混ぜて団子状にした芋が出現していた。
「うお!?」
それはふよふよ浮いている。
墨時は一瞬呆気にとられたが、すぐに虹也が手にしている棒状の物に目をやった。
「なんだ?それは」
「えっとね、ゲームの景品。操作杖っていうんだってさ。近くにある小さいものなら好きに動かせるんだ」
「最近のおもちゃはとんでもないな。こら、食事時にやめろ、食いもんで遊ぶな、今お前が言ったんだろうが」
「あいさ」
虹也は素直にその芋団子を皿に下ろすと、杖を仕舞う。
「そうそう、街中の安全装置の話は機密事項だから明かせないが、そのゲームの仕組みなら分かるぞ。大体のゲームでほとんど同じ仕組みだからな」
「へえ、それじゃ、あのゲームの中で能力ってのは絶対に使えないんだよな?」
「ああ、魔術は例外なく魔気を使う。あの手の装置は特定の魔術で空間をコーティングするようになっているんだ。だからそこで魔術を使おうとすると魔気の奪い合いになってどっちかが破綻する事になる。つまりゲームが遊べなくなるか、魔術が失敗するかどっちかって事だ」
ふむふむと、口の中の物を咀嚼しながら説明を聞いていた虹也は、自身もお茶を飲んで口をさっぱりさせるとにこりと笑った。
「おっさん、凄いぞ、全く分からん」
「お前なあ。まあ、とにかく中で動作している魔術以外は使えないって事だけ覚えてれば良い」
「ふ~ん」
(じゃあ、俺のあれはやっぱりタダのヤマカンか。良かったような残念なような複雑な気持ちだな)
虹也はあのゲーム中に感じた不思議な感覚を思い出して少しだけ口元を綻ばせる。
千里眼とか使えたら面白そうだったのになと気軽に考えたのだ。
そんな虹也の様子を伺いながら、墨時はやはり浮かない顔でため息を一つ零すのだった。




