不思議な感覚
それは不思議な感覚だった。
喩えるなら、誰かに指で突っ突かれて注意を促される感覚に一番近いかもしれない。
虹也はまるでその出現の瞬間を分かっているかのように、標的の出現と同時にそれを視界に入れ、射出されたばかりの透明な標的に触れた。
途端に「ひゅー、ど真ん中だぜ!」というCVが祝福を述べる音声が再生される。
(タイム制で序盤補足なのにど真ん中っておかしくないか?)
などと心の中でツッコミを入れながら、虹也は片足で中空を蹴り、その反動に乗って膝を抱えて回転して移動の方向を変えた。
別に虹也は短時間でこの空中移動の感覚に慣れた訳ではない。なぜか自身が頭で考える前に体が動くのだ。
まるでそれが当たり前であるかのように、目的の場所が浮かび、それへ向かおうと思うと体が動くという不思議体験真っ最中なのである。
最初に虹也が懸念したように、この浮遊遊技は、水中の動作とはかなり違っていた。
説明とは全く違う。正に看板に偽り有りであった。
水中のような水圧が無く、少しの動きが大きな移動に繋がる。
虹也が推察したように、伝え聞く所の宇宙遊泳の感覚に似ているようだった。
(だとしたら尚更俺がこんな風に動ける理由が分からないな)
当然虹也は宇宙で船外活動をした経験はない。
そもそも地球の大気圏外に出た事すらないのだ。
しかし、戸惑いはしたものの、色々考えて自分の意識が前面に出ると、この不思議な感覚が遠ざかる事に気付いた虹也は、一時的に様々な疑問に蓋をした。
受け入れるにしろ分析するにしろ、より多くの情報が必要だと思ったのである。
次の射出。
やや遠い斜め上側に呼ばれる感覚があり、虹也は体の動きに任せて真横の壁を蹴る。
だが、その足場はふにゃりと撓み、予想を裏切って飛翔力を殺してしまった。
僅かなロスタイム。
しかし、それは数秒の猶予を削り切り、標的の色を青く変えるには十分なロスだった。
「ナイス!命中だ!」
それまでとテンションの違うC∨が響き、パーフェクトを予感してか、ハイテンションに盛り上がっていた見物人達ががっくりと肩を落とすのが、やや紗の掛かった透明な壁越しに見える。
虹也はふっとおかしくなった。
全く知らない、しかも異世界の人々に、我が事のように一喜一憂されている事が、嬉しいようなくすぐったいような変な気分だったのだ。
そんな心の動きに遮られたせいか、先ほどまでの不思議な感覚も消え失せる。
虹也が青い標的に触れて消すと、ずっと流れていた戦闘曲調のBGMが急激な盛り上がりを見せ、透明な壁に沿ってレーザー光線のような青い光が走り、その光が収束して数字を示す。
「65点だ!おめでとう!撃墜王!」
既にお馴染みになったCVが響き渡り、その瞬間、虹也は、まるで見えない布に包まれるようにふんわりと地上に下ろされた。
(もう終わりか、5回なんてあっという間だったな)
虹也はそんな風に感じたが、体の方は短時間とは言え、未経験の激しい全身運動にそれなりに疲労を感じていたらしく、歩き出す時に少しよろけてしまう。
それを恥じる暇もなく、出口ゲートがすうっと壁の一部に現れ、誘導の矢印が目前を誘うように移動していった。
それを追って、虹也がゲートに踏み込むと、背後で扉が閉まり、明るい装飾に飾られた小部屋が現れた。
ここもSF的というか、近未来軍的に機械的な装飾になっている。
直ぐに、平面ではない立体的な、いわゆる3D状態の文字が矢印に代わって宙に表示された。
『お疲れ様でした。今回の記録は大空の勇者プレイヤーレコードとしてお手持ちの元符に保存されます。全国順位に対応させたい場合には紅い星印から接続できます』
「なるほど、この端末にはゲームのセーブ機能もあるのか。オールマイティに便利だな」
つくづく感心しながら説明を読んで、虹也はその文字をちょんと突く。
文字はキューンという電子音と共に砕けた。
このゲームはどうも何から何まで無駄に演出が凝っていると、虹也は思う。そして、それは虹也にとっては好ましいこだわりに思えた。
『賞品が右手の箱に出ています。お取り忘れの無いようにお願い致します。次の挑戦をお待ちしています』
これまでとテンションの違う業務連絡風に表示が終わり、虹也は言われた通り右手の木箱のような物に近付いた。
手前まで一歩ぐらいまで近付くと、木箱の上蓋が自動的に開く。
「おおっ!ちょっと驚いたぞ」
ゲームの宝箱のようだなと虹也は思い、つい、罠があるのでは?という謎な心配をしながら恐る恐る中を覗いた。
そこには小さな指揮棒のようなアイテムが浮かんでいる。
手に取るとそれは何の反動もなく虹也の手に収まり、眺めるとパッケージ裏に取説があった。
それによると、このガジェットは遠隔操作に使うものらしかった。
「ええっと、範囲2m以内、重さ1Kg以内の品物を操作出来ます。安全規定が働いていますので生物に対して使用したり、また、生物への攻撃とみなされる行為にはご使用になれません。……って、え!?まさかこれって念動力?」
正に未知のアイテムである。
最初賞品案内を見た時には、その簡易な説明からリモコンのような物と想像していた虹也は、少なくない驚きと好奇心を覚えた。
そんな風に、どこか上の空で遊具の出口を潜ったからだろう。
虹也は、出口前に立っていたその相手に気付かず、もう少しで相手にぶつかる所だった。
「あ、すいません」
「non、ダイジョブね、キにシナァイ」
おかしな発音に、虹也は慌てて相手を確認する。
金に近い茶色い癖毛、やや濃い青い目の、それはまごうかたなき外国人だった。