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夢と現実

 街灯の穏やかな光の下を辿り、言葉少ないながら(警官らしき相手は常に周囲を警戒していた為、あまり詳しい話しはしなかった)確認した所によると、この相手が夜間巡回中であった事と、今から彼を詰め所(交番?)へと連れて行くらしい事は判明した。

 それ以外にも虹也には気付いた事がある。

 この警官?が拳銃も警棒も携帯していない事だ。

(なんか規定が変わったのかな?そういえば警官が拳銃奪われたり、拳銃自殺した事件があったっけ?)

 つらつら考えるも、今の段階で正解が分かるはずもない。

 とりあえず相手の観察は一時保留して他の事実の検証に入った。

 今、彼が置かれている状況のほとんどにはあまりにも外的な要因が絡んでいて、彼単独の手持ちのカードではまともな判断は望めない。

 だが、一つだけ自分の内部要因のみで解決しそうなものがあった。

 そう、月に掛かった虹を見た時に急に思い浮かんだ記憶だ。

 急激な周囲の変化にしばし保留にしていたが、取り敢えずそっちは後回しに出来る状況になったのだからきちんと検証しておくべきだろう。

 彼に分かった事は、あれは間違いなく自身の記憶だという事だ。

 今までおよそ12年程、全く思い出さなかった拾われる以前の記憶だ。

 炎というよりは赤い熱の壁に囲まれていたような凄まじさだったが、場面としては火事の記憶に違いない。

 古い記憶にしては余りにも鮮明過ぎたが、恐らくフラッシュバックというものだろう。

 トラウマになるぐらいの強すぎる感情を伴った記憶が、ふいに圧倒的な存在感を伴って思い出される症状だと、どこかで読んだ覚えがあった。

 発見された当時の自身の状態を考えれば、恐らく記憶を無くす直前の出来事に違いない。

「って事は少なくとも虐待の挙げ句捨てられた訳じゃなかったんだな」

 小さく呟いて、思った以上にほっとしている自分に苦笑する。

 吹っ切っていたつもりだったが案外そうでもなかったらしい。

 別段嬉しい訳ではないのだが、胸に転がっていた黒い固まりが融けていくような、そんな変な心地だった。

(姉様)

 あまりにも鮮やかな恐怖の記憶の中、只一人の助け手として自分がすがっていた相手。

 ただ、思い出した記憶に、居たはずの他の家族への想いは薄い。

「着いたぞ」

 声に、物思いから覚めると、街灯に照らされて浮かび上がるように、半球の、ドーム型の建物があった。

 民家からは少し離れていて、舗装された道路脇にぽつんと建っている。

 月の光の下では本来の色はよく分からないが、なんとなく明るい色調の建物のようだ。

 交番にしては変わった形だなとは思ったが、以前テレビでもっと怪しい交番を見た事があったので、そのこと自体は別段おかしく思わなかった。

 しかし、それが自宅の近くの交番ではないのは間違いない。

 今の居所の手掛かりにはなりそうになかった。

(う~ん、トワイライトゾーンだな)

 あまりの不可解さに、父が好きで集めていたホラー系映画のコレクションの一つを思い出した。が、途端に眉根を寄せる。

 それは架空の怪奇現象のオムニバス物なのだが、どの話も、あまりメデタシメデタシで終わってなかった記憶があるのだ。

 なんとなく嫌な符合ではあった。

「ドンマイ俺、気にすんな」

 ちょっとだけ弱気になり掛けた自分を励ましてみる。

「定期巡回より帰還しました。途中男性一名を保護」

 横スライドで開いたドアから入ると、中にはもう一人同じ制服の警官らしい男がいた。

 虹也を連れて来た方の男は、報告をしながらなにやら壁をいじって操作をしていて、その手元のパネルらしき物に幾つかの光が瞬く。

(おお、ハイテク)

 最新式の交番なのかもしれない。

 そう思えば外観の奇異さも納得出来た。

「民間人の保護だって?その格好は、まさか……誘い出し案件じゃないだろうな?吸血族ならここの結界では対処不能だぞ」

 迎えた警官の深刻そうな応答は、虹也の理解の外だった。

(きゅうけつぞく?けっかい?ええっと、本格的にホラー系?)

 相手は真剣ではあるが、何かの言葉遊びなのかもしれない。

(深夜の交番なんて退屈だろうし、そんな遊びがあったって不真面目だとは……)

 そこまで考えて、虹也は自分をごまかすのを諦めた。

(ああもう!いいよ!認めるんだ!おかしいだろ?絶対。さっきだって護符って言ったんだろうし、この人達はどう見ても真剣だ。交番の赤ランプもなかったし)

 現実から目を背け続ければ、対処を誤り、いつか必ずしっぺ返しを食らう。

 取り返しの付かない過ちを防ぐには正確な情報が必要なのだ。

 虹也が、己の意識的逃亡をしようとする気持ちをねじ伏せている間にも、警官のような男達の話は進んでいる。

「いや、調べたが意識誘導の痕跡は無かった」

「しかし、そんな軽装で深夜に徘徊するなど」

 言い掛けた相方に、ここまで虹也に同行して来た警官が耳打ちする。

(う~ん、確かに俺ってどう考えても不審人物な気がする。職質レベル?)

 色んな謎要素をさっ引いたとしても、任意同行を求められて当然だと理解出来る。

 むしろ、そういう不審さからすれば、扱いは丁寧で親切だった。

(でもさ、ああやってこっちをチラ見してヒソヒソやられると、さすがに何か辛い物があるぞ)

 ちょっと傷付いたかもしれない。

「それじゃ、すまないが話を聞かせて貰えるかな?」

 相手は日本人のようだし、言葉もそんなに違わない。

 何か独特のイントネーションがあって、ちょっと戸惑う部分もあるが、意思がちゃんと通じる。

 それでも、ここはきっと違う。

 自分がかつていた場所とは何かが違うのだ。

 それを彼は認めた。

 認めざるを得なかった。

 だが、それを認めた途端、胸中に溢れたのはシンとした恐怖だった。

 それは、見知らぬ町で迷子になった子供の気持ちに一番近いのかも知れない。

「君?」

 警官のような相手が彼を訝しげに呼ぶ。

「あ、はい」

 何を言えば良いのだろう?

「とにかく目の前の現実を一つ一つ」

 何かの呪文のようにそう呟いて、虹也は相手の待ち受ける机の前に座った。

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