大型ショッピングセンターのような謎空間
地図は手書き風味の大雑把さだったが、きちんと要所を抑えてあった。
単純で分かり易いという理想的な地図である。
「えっと、ここが集いの池。なんか泳いでる奴がいるんだけど、どんなでかさだよ、屋内プールかって」
そんないかにもな疑問にも、親切に説明が出る。
説明によると、池の外周はそぞろ歩きで30分程らしい。
直接距離を表示せずに人の基準に合わせているのは良いのだが、違う種族には却って分かり難いんじゃなかろうか?と、虹也は思う。
種族の多様化にサービスが付いて行ってないのだろう。
「確か人が歩く速さって時速3、4Kmぐらいだよな?とすると池の外周は2kmぐらいになるのか?もはや屋内プールとかいう規模じゃないだろ。ここって確かショッピングセンターだよな?いや、俺があっちの常識に捕らわれすぎなのか」
更に説明を読むと、階下に下りるエスカレーターもどきはどうやら広場の端に出ればそこにすぐ繋がるらしい。
虹也にしてみればそのフリーダムすぎるアクセスが謎である。
「こういう技術も術紋とかを使っているのかな?」
虹也にとっては、姉の得意とした分野であるそれに興味はあるものの、彼自身の常識からすると到底理解し難い技術だ。
虹也からしてみれば、こんな謎技術を理解しろと言われるより、超能力は実在すると言われた方が、まだマシな気分である。
術紋に関して虹也が理解している事といえば、今のところ、図柄に何か意味があるらしいという事ぐらいなのだ。
それはともかく、虹也は改めて地図を一通り眺め、表示されているそれぞれの記号の確認をしてみた。
地図記号などはもちろんあちらの世界と共通しているはずもなく、形から推測出来る物もあるが、ここは困った時の解説頼りである。
この世界のツールは、必ずと言って良い程、全ての物に解説、説明が補足されていた。
元の世界の一般的なパソコンのようにヘルプ的な物が別に設置されていたりはしないのだが、その表示や物自体を円を描くようになぞると説明が出て来るようになっているのだ。
更にこの説明を同じようになぞると今度は文責者名と編集年月日が出て来る。
「玉葱構造なんだよな」
次々と皮をめくるように情報を置くのがこちらの主流なのだろう。
この構造は一見親切なようだが、深度が深い情報が埋もれやすいという欠点があるのではないか?とも虹也は思ったりもするのだが、その一方で、そんな単純な穴はこっちの技術者がそれなりに解決しているのだろうとも思う。
技術の方向性が違うのだから、他の世界の常識しか知らない虹也の考えなどごくごく薄い理解の上に立ったものでしかないのだ。
虹也は便利な物は深く考えずに便利に使う主義なので、大変便利にその機能を使い、地図の記号についての情報を検索していった。
「お、これは転送ポイントか」
見慣れぬ記号の中にあったグラデーションの渦巻模様は転送ポイントのマークとなっていた。
どうやら大きな移動にはこれを使うらしい。
元の世界で言う所のエレベーターの役割なのだろう。
途中にスポーツに興じているグループや、バーベキューのような物をやっている人々を横目に見ながら、目当ての場所に向かう。
正直、虹也は段々ここが屋内であるという確信を抱けなくなっていた。
「よし、到着」
そこにあったのは巨大な銀色を帯びた木であり、よくよく見るとどうやら人工物のようだった。
「これは、地図無くても分かったよ、な?」
なまじ地図を注視していたので却って気付かなかったらしい。
苦笑いをしながら虹也はその転移ポイントらしき物を観察した。
その大木のような物は、およそ小さな家一軒程の幹の太さで、虹也が眺めている内にも次々と人がやって来ては木をノックして消えていく。
説明文によると、ノック2回で転移ルームへ飛べるらしい。
また、一緒に移動したい場合はノックをした者と間接的にでも繋がっていれば良いとの事だった。
図解として手を繋いで輪になった様子が描かれており、また、実際に家族連れや友達同士という雰囲気で手を繋いで消えて行く人達も多い。
どうやら若いカップルらしき男女がお互いに恥ずかしそうに手を繋ぐ様子などちょっと微笑ましいを通り越して羨ましい程だった。
「いやいや、カップルの事は置いておいて」
思わずカップルを目で追ってしまった虹也だったが、頭を一つ振ると、説明の通りに巨大な木に見えるそれの表面を軽く二連打する。
予想に反して、返って来た手応えはごく軽い物だった。
元の世界で最近の建物に多く使われている軟らかいボード板に感触としては近い。
だが、それとは裏腹に、コーンという空ろな木を堅い物で叩いたような音がその場には響き、虹也が一人「音は見た目に合わせてるんだな」などと考えている間に風景が変わった。
この時の移動にはあまり戸惑いが無かった。
周囲の草原の風景を残したままであるし、自分自身が全く動かなかったので、移動したという実感がなかったのだ。
しかし、よく見ると周囲の草原はやや薄っぺらい奥行きの無い物に変わっていて、そこに楽しげな音楽と共にホログラムのアニメーションが展開される。
家族連れが多い事を配慮しての子供向けだろうか、ごく単純な図形のようにデフォルメされた卵がコロコロと音楽に乗って転がり、それがやがて可愛らしいチビドラゴンに変化して跳ね回った。
虹也の足元には彩りの変わる渦巻模様があり、これが転移の文様だとすると、虹也が一度使った捜査官の使う転移用の術紋陣とは似ても似つかない単純さである。
「民間用のは簡易版とか?」
再び、考えても分からない事は放置する事にした虹也は、中空を窺うように目線を上げる。
と、即案内が出て来た。つくづく感度が良い案内である。
表示それぞれのメニューは色分けされていて、目的地毎になっているようだった。
上から赤が手水、青が屋内市場、黄色が浮遊広場(元に戻る?)、緑が遊技場:屋外、オレンジが遊技場:屋内、白が食事処、金色が光画絵巻館となっている。
手水がトイレである事を虹也は既に学習済みだったが、最後の方にある光画絵巻というのが分からなかった。
「光の画面、絵巻……もしかして映画の事かな?」
そちらもかなり気になった虹也だったが、その前にここを検索した時に目に付いたゲームセンターらしき場所に行ってみる事にする。
遊技場:屋内がそれっぽいと当たりを付けて、空中にあるオレンジの項目を指で触る。
広がる波紋のような光のエフェクトと共に足元の渦がオレンジ一色に染まり、たちまち周囲の風景が変わった。
―…チャリーン、ガチャ!ピピピピピ…
煩さに苛立ちを覚える一歩手前の音の本流が周囲に溢れた。
「ゲーセンが賑やかなのって世界が違っても共通なんだな」
妙な感心をしながら虹也はその場所を改めて見渡す。
青い光の帯として意匠化された文字が、空間をまるで魚が回遊するように漂っていた。
ふわふわと漂っているシャボン玉のような光が、現在どこどこで何が行われているかをがなりながら通りすぎて行く。おそらく移動式のスピーカーなのだろう。
誰もがそれらを平気で突き抜けて歩いているので、害は無いのだろうが、やたらシュールな光景だった。
花びらを浮かべるように円状に並んでいる機械はそのほとんどが円筒形で、ゆっくりと回転している物があると思えば、電子音を響かせながらズズッと床に沈んでいく物もある。
入ってすぐに目に付く場所にあって、一番場所を取っているゲームがあった。
巨大な円卓の真ん中に、天井まで届いている透明な円筒のガラスのような物があり、その中で色とりどりのボールが跳ねまわっている。
それを囲む円卓には、何やら制御盤のような物がいくつもあって、その前の椅子には思い思いに人が座って何か操作をしていた。
「あれってもしかして賭け事みたいなものかな?」
雰囲気的に映画等で見た外国のカジノを思い出して虹也は呟き、少し遠巻きに見学してみる。
賭け事を何かいかがわしい物のように感じる文化の中で育ったので、こういう場面では若干おっかなびっくり気分になってしまうのだ。
そのマシン(?)では、やがて跳ねまわっていた全てのボールが下に落ちると、突然音楽が響き、光が穏やかなフラッシュのように一斉に瞬く。
どうやらそれが開始の合図だったようで、色とりどりの沢山のボールが竜巻状に一挙に舞い上がり、それと同時に円筒の外側に内部を部分的に隠す色の付いた光の帯が巻き付いていった。
周囲のテーブルで人々は興奮して腕を振り上げ、帯が消え去ると同時に中心でグルグルと回っていたボールが拘束を解かれたように周囲に弾けた。
そのまま透明な円筒の内部を思うがままに跳ねまわったボールは、空中のいくつかのポイントを通ると、動きを止めてそこに留まる。
やがて真ん中に色付きの様々な数字が並び、周囲のテーブルでは悲喜こもごもの声が上がった。
「えっと、立体的なルーレットみたいな物かな?ボールとスポットの数が多いけど、これってつまり勝ち幅に余裕があるって事だよな」
少し興味はあったが、とりあえず先へ進む事にして虹也はそこから離れた。
やがて比較的年齢が若いと思われる(同族っぽい相手以外の年齢は、到底虹也には推し量れない)人達が集まっているエリアに出た。
おそらく虹也と同じか少し若いぐらいと思われる世代が目に付く。
そこには、輪投げっぽいゲームや、ハンマーで叩いて力を計るゲーム、指で動いていく光を辿るゲーム等、あちらのゲーセンにあってもおかしくないようなゲームが並んでいた。
元の世界よりはどちらかというと体を動かすゲームが多い感じがするが、一方でそれと同じぐらいホログラム映像のゲームが多い。
元の世界では筺体を2台使ってそれぞれの画面で対戦していた、いわゆる格ゲーも、ホログラムを使って透明のドーム内の立体映像で行われていた。
どれも面白そうだったが、虹也の興味を引いたのは、奥の方にかなりのスペースを取って設置してある遊具だった。
卵型のふわふわした透明のピニールのような遊具の中で、人間が空中浮遊していたのである。
「へえ、風の力で浮く遊具は確かあっちにもあったけど、俺やった事ないんだよな。これはどんな仕組みなんだろう」
生身で空を飛ぶというのは、多くの人にとって憧れである。
虹也もその例に漏れず、飛べる機会があれば是非試したいと思っている人間であった。
吸い寄せられるようにその遊具に近付いた虹也は、横に表示されている説明書きを読んでみる。
説明には、簡単に以下のように書かれていた。
内部は特殊な術式が使われており、この中では一切他の術は使えません。
中では空中で水の中のように体を動かす事が出来ます。当然呼吸は通常通り行えます。
射出穴から打ち出される幻影球をキャッチしよう!
射出直後の透明状態でのキャッチは15点、カウント10までの青い状態なら5点、消滅直前の赤い状態なら10点のポイントがそれぞれ加算されます。
総ポイントに応じて素敵な景品が出ます。
1巡のチャレンジ回数は5回です。
「へぇ、面白そうだな」
景品はパーフェクト賞、55ポイント以上満点未満、50ポイント、30ポイント以上45ポイント以下、25ポイント以下、それぞれに存在し、特にパーフェクトと50点の景品に光のエフェクトが付与されていて豪華さをアピールしている。
「何事もやってみなくっちゃ分からないよな」
虹也はこれに挑戦してみる事にしたのだった。




