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隠されざる歴史

「さて、これをどう見るか」

 東山が口にした途端に交信機の向こうの部下から分かり易い不平の声が漏れた。

「どうもこうも怪しんでくださいと言ってるような要請じゃないですか」

 東山は部下の気色ばんだ顔をありありと思い浮かべながら溜め息を漏らす。

 山中墨時という男は能力的には問題のない優秀な捜査官なのだが、いかんせん被害者に親身に成り過ぎるきらいがある。

 能力的には準六位くらいになっていてもおかしくないのに一向に位階が上がらないのは手柄と同時に問題を起こしているからだ。

「これは本部の要請だし、そこを疑えば自分の拠って立つ場所を失うぞ」

「通信で込み入った話も出来ませんから戻ります」

 キンッと、一方的に切られた事を示すハウリング(自由放射)の反射音が響き、行き場を無くした場が拡散する。

「困ったやつだ」

「確かにうっとおしい男ですが正義を堂々と叫ぶ事が出来る軍人は貴重ですね。私などは恥ずかしくてとても真似出来ません」

「内藤技官、皮肉は本人に頼みます」

「皮肉等ととんでもない。私は彼を評価しているのですよ」

「本人が聞いたら地団太を踏んで喜ぶでしょうな」

 東山は自らの肉付き豊かな顎を撫でた。これは彼の困った時の無意識の癖で、たっぷりとした脂肪の感触で荒れた気持ちを癒しているのだ。

「しかし、彼の言う通り、明確におかしい通達ではありますね、これは」

 その力を抜いた頃合を狙ったように内藤があっさりとそう言ってみせる。

「だが、それをわざと見せると言う事は、むしろ企みの無い証とも言えるぞ」

「それはあの単純馬鹿に理解しろというのは難しいでしょうな」

 やれやれと、東山は再びの溜め息を吐く。

「頭で分かっても感情で納得しないのがあいつだろう。本当に単純だったならどんなに良かったか」

「まあ、本当に馬鹿なら捜査部に配属されたりはしませんよ」

 山中とは逆に、何事も素直には解釈しない男の言葉に、巨人族の血筋である東山の、無駄に重々しい溜め息がまたもや部門室に響いたのだった。




 調べた事実を一つ一つ飲み込みながら虹也は溜め息を吐いた。

 予想はしていたが、この世界における彼の故郷の扱いはある意味植民地以下であった。

 古くからの伝承にもそれらしい名がある通り、行き来自体は太古の昔からあったらしい。常設の接続箇所が世界に数箇所あり、当初は同じ世界の中の魔気が異常に希薄な地域という認識だったようだ。

 その頃から一種の極地、辺境扱いではあったが、まだそれほどの差別意識は無く、それなりの交流の痕跡がある。

 だが、測量技術が進み、魔法研究が進み、地図が描かれ、ゲート魔法が発見されると、そこが地図に無い場所、異世界である事に気付く者が現れた。そして、ゲートの特性を利用して、開閉が一方的に行える事が判明すると、後は容易く互いの立場は変わってしまった。

 簡単に言うと、自らの世界に必要無いと思うモノを捨てる為の、体のいいゴミ箱にしたのである。

 重犯罪者や思想犯、扱いが面倒な者を異世界に放り込んで蓋をしたのだ。

 魔気の無い世界ではこちらの世界の者はゆっくりと枯れ果て数年で自然に死ぬだろう。当初彼等はそう考えていた。

 魔気が身体の維持に必要な要素である事は既に一般的であったので、彼等がそう考えても仕方が無かったが、現実は違った。

 その異なる世界に放り込まれた犯罪者達は生き延びたのだ。

 しかも現地人相手や同じ境遇の者同士で子孫すら作った者までいたのである。

 慌てたのは時の権力者達だ。下手をすると異世界は反抗勢力の拠点となってしまう。いついかなる時に、ゲートを遡って開く術を見出し、反抗の狼煙を上げられるか分からないと考えたのだ。

 彼等は一計を案じた。自らを偉大なる存在だとして、罪人達を悪しき魔物と呼び、現地人を使って討伐させたのである。

 実際に、捨てられた者達の多くは、条件付きではあるが異世界でも使えた特殊能力を使って、現地で暴虐な行いを働いていたので、話の通りは早かった。

 だが、それは実質的な支配である。不思議な力を操るこちらの世界の者を神の一族と崇めた者達による代理戦争。それにより少なくない犠牲が異界の地に満ちる。

 虹也自身が学んだ歴史と照らし合わせると、いくつか符号する出来事に思い至る。

 宗教戦争や魔女狩り、日本であれば鬼と呼ばれる者達との戦い。

 そして、世界各地に残る異形の怪物の伝説がこの廃棄された犯罪者達だとするのなら、その頃の彼の世界は正に混沌とした暗黒の時代だったのだ。

 ……全ては他の世界からの干渉のせいで。


 実際にはこんな歴史の闇のような出来事が歴史書に赤裸々に書かれている事は少ない。真実を探りだすのは一つの立場からの書物では無理なのだ。

 民俗学者であった父の言葉を聞きながら育った虹也には、そういう場合に、埋もれた事実をどこから見出すのか?という事について、一般の人間よりはやり方を心得ているはずだと自負していた。

「時代の痕跡は娯楽にこそはっきりと残る」

 何かにつけ父はそう話し、民話や童歌、芸能、読み物伝統玩具、それらを時代の流れに嵌め込んでいく事で自ずと歴史的背景が浮かび上がって来ると言っていた。

 当然虹也はこの場でも調べるのに苦労するだろうと予想していたし、そういう資料も持ち出して用意していたのである。

 だが、呆れた事に、それは杞憂だった。異世界への干渉の歴史の多くは、隠されもせずに堂々と残されていたのである。

 それは、いかにこの世界が異世界、虹也の生きた地球世界を軽視し、自らの行為を当然だと思っていたのかという証明でもあった。

 正当性を主張する必要もない程、矮小な存在。それが彼らにとっての地球人類だったのである。





「やっぱりさ、お互いを理解するには会って話すのが一番だと思うんだよ」

「ありきたりで何一つ独自性は無い意見よね」

「……ん?」

 虹也が歴史に埋もれた(というか全く埋もれてはいなかったが)故郷との関わりを探っている間に、なにやら文台(本を読むための台)を並べる兄妹二人の間で、なんらかの話が進んでいたようだ。

 二人の視線が自分に向かっているのに気付いた虹也は、話題が自分に関わりがあるのかと、問うように視線を投げた。

「凄い集中力だったな」

「愚問ね、あの本の山を見れば論じるまでもないわ」

「えっと、ごめん。何の話かな?」

 虹也の言葉に二人は揃って笑った。

「やっぱり何も聞いてなかったな?まあいいや。虹也はさ、今まで単一種族だけの場所で暮らしてたんだろ?」

「あ、うん、そうだよ、みんなその、ここで言う仲間族だった」

 虹也は自分の物思いから意識を切り離して、出来たばかりの友人達に相対する。

「最近、我が国はさ、急速に移民が増えたせいで色々トラブルが多くてな、虹也も慣れて無いせいでトラブルに遭遇するかもしれないだろ」

「そうかもな、実際驚いてばかりだし」

 虹也はいきなり遭遇した異種族の銀穂や、真剣に命が不安になった突然のバトルを思い浮かべた。

 そういう物事は、何の心の準備も無しに遭遇したいものでは無い。それは確かだ。

「だからさ、うちの茶会に参加したらどうかな?というお誘いなんだけど」

「茶会って?」

 虹也には少し古風な響きに聞こえるそれの趣旨を計りかねて、詳しい事を尋ねる。

「楽しいんだぜ、それぞれに家庭で自慢の料理や菓子を作り合ったり」

「お兄はまずは食い意地だからね」

「何言ってんだ!文化風土は食からって言うだろうが!」

 二人の掛け合いに、調べ物の内容のせいで少し緊張していた気分が払拭され、虹也は笑いを漏らした。しかしふと、その顔が真顔になる。

「あのさ」

「ん?」

 空気の変わった虹也の様子に訝りながら、誠志さとしは居住まいを正してちゃんと聞くぞという体勢で向き合った。

「俺とは今日知り合ったばかりじゃないか。それなのにそんなすぐ信用したりするのって不用心なんじゃないか?」

 虹也は真剣にそう聞いた。なんだか自分は不信人物ですと言っているようにも取られそうだが、実際の話虹也は客観的に見て間違なく不信人物である。

「おいおい、俺の志望職を忘れたのか?調整官ってのはまず相手を知る所から始めるんだぜ?結論を出すのはその後だ。だから知る為に話すし、一緒に行動するんだ」

 全く動じた風もなく、笑い飛ばすようにそう言ってのける誠志に、虹也は流石に呆れた。

 他に同意を求めるように動かした視線の先に青華がいたが、彼女はいかにもしょうがないという表情を返しながらも、その口許には嬉しそうな笑みを浮かべている。

(実は似た者兄妹だろ!)

 虹也は胸の内で激しいツッコミを入れたのだった。





「ほら、正式な文書が転送されて来たぞ」

 東山が手渡した巻紙を、墨時はやや乱暴に受け取る。

「公文書だぞ」

 やる気の無さそうな声で一応咎めたのは、墨時の不始末に巻き込まれる仕様の相棒だ。

「公文書破損は三か月三割の減棒だな」

 東山がうんざりしながらも口頭説明をする。それが部下がなんらかの過失を犯した、或いは犯しそうな場合の正式な手順なのだ。

「破ってないでしょう!ほら!」

 墨時は書面を広げてムキになって抗議した。

 公文書というのは特殊な書面で、梳き紙に蝋を流し込み、文字形を紙自体に活版を押したように記録させて仮想の符とし、その上に普通にインクで文字を乗せる。

 符術というのは使い捨ての術であるが、だからこそ一つ一つが偽造の出来ない唯一の徴を持っていて、それを利用した内容証明文書なのだ。

 そして、公文書とは、符としての機能を持ちながらも決して発動されない術式という特殊な存在でもある。

「たかが身元不明者の調査に、こんなものが出て来る時点で不信なんですよ」

「山中捜査官」

「なんですか?」

「君とてもう理解しているのだろう?これは上層部からの勧告だ。この件を深く探るなという事だ」

 墨時はグッと詰まった。彼とて軍人である以上は上官の命令は絶対なのだ。

「それは……しかし説明ぐらい」

「軍人は国家の(しもべ)だ。問いなどというものは許されない。それに悪い方に捉え過ぎだ。我々の予想が当たっていれば、単なる氏族のお家騒動では納まるまい。上が、いや、国が保護に動いているなら心強い話だろう」

 しかし東山のその正論も、墨時の憂慮を晴らす事は出来なかった。むっとした顔のまま視線を合わせようともしない。

 このような状態の時の墨時は必ず何かやらかす。それを知る東山は、更に言葉を重ねた。

「逆に考えて見るが良い。この公文書の存在は大きいぞ」

「コウの、あの坊やの存在を無かった事には出来ないって事でしょう」

「なるほど」

 隣りで面白そうに事の推移を眺めていた墨時の相棒、彩華が、その意味を理解して声を漏らした。

「公文書は改竄出来ない。つまりはそこに書かれた事を国は認めざるを得ない。という話だな」

「確かにそれは利点ではあります。しかし氏族内の物事に行政府は手出し出来ないという不文律がある限り、その利点は意味を成さない。あの事件は最も守りの堅い所で起きて、しかも未解決だ。それが何を意味するか分かるでしょう?せっかく救われた者をこの手で死地に送り出すようなものです!」

「それは確かに懸念して当然でしょうな」

「内藤技官」

 常に無く山中に同調をみせる内藤に、東山はいぶかしむような視線を向けた。なぜならこの男、決して他人に同調するような性格ではないからだ。

「国の宝ともいうべき氏族の主家を丸々失い、しかも帝をその心労で失いながら、何の成果も上げられず、あまつさえ他国からの圧力に屈し他国人を国民として受け入れる。そのような行政府が信用ならないのは当然、むしろいっそ国家をわたくしせんとする上層部にはご退陣願うべきと……」

「内藤技官!」

 さすがに反逆罪に問われかねない。いや問われるであろう内容に、東山は慌ててその流れるような口上を止めた。

「なにか?私はただ山中捜査官の心中を語っただけですが?」

「そんな大それた事、考えてる訳ねえだろうが!」

「おや?外れましたか、かなり自信があったのですが」

 東山はグッタリと彼専用の椅子に身を沈めた。

 要するに内藤は山中を利用して自身の鬱憤を晴らしただけなのだ。

(俺はなぜここにいるのだろう?)

 巨人族と言えば場所によっては神とも崇められる種族である。それが薄給で自らを養い、部下の暴走に胃を痛めている。

「ままならないものだ」

 他者に聞き取れ無い声でそう呟くと、彼は自身の波打つ顎を撫でた。

 心なしかその脂肪が薄くなった気がして、東山は更に悲しい気持ちになったのだった。


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